元嫁は妖精姫の暗黒微笑を目の当たりにする
「ヴィオレット、何を言っているのだ?」
「他の団員も、採用試験を受けているのでしょう? ならば、わたくしも受けたほうがいいのかと思いまして。試験に合格した人は、すべて入団できるのでしょう?」
「それはそうだが……!」
ここで、マグノリア王子が口を挟む。
「そういえば、カナリア姫に侍女を用意しなければならないのですが、ヴィオレット嬢にお願いしてもいいですか?」
「は!?」
先に反応を示したのは、ヴィオレットではなくハイドランジアだった。
「なぜ、私のヴィオレットが、他国の姫の侍女なんかしなければならぬのだ!」
「わたくしはハイドランジア様のものではありませんけれど」
「ええい、黙れ。ヴィオレットがなんと言おうと、ヴィオレットは私のものだ!」
真面目な顔をして、おかしなことを主張する。ヴィオレットは思わず額を押さえた。
「わたくしは、構いません。もちろん、カナリア姫が望むのであれば、という前置きがありますが」
「嬉しいです」
カナリア姫はキラキラした瞳で、ヴィオレットを見上げて言った。
「この国には来たばかりで、知り合いもいないものですから、ヴィオレットさんが侍女をしてくださるのであれば、心強いです」
「だったら、決まりですね。ハイドランジア、ヴィオレット嬢をカナリア姫の侍女にします。これは、国の決定ですので、さすがのあなたでも、反対できないので」
「こ、この野郎……! 権力を笠に着おって、卑怯な……! 父王に、言いつけてやるぞ!」
「幼い子どもみたいなことを、言わないでください。仕方ないでしょう。他に、侍女を頼めるような人はいませんし」
「なぜだ? 侍女ができそうな女など、大勢いるだろうが」
「そういうわけにもいかないのですよ」
マグノリア王子は憂鬱そうにため息を一つ落とし、国が抱える事情を語る。
「国は現在、難しい局面の中にいます。トリトマ・セシリアの起こした騒ぎのせいで国の中核ともなる内部は分裂状態にあります」
「ふむ?」
国王の危機は、周囲を固める政治家が金欲しさにさまざまな者を内部へ引き入れたことが原因である。人員を入れ替えたほうがいいと訴えるのは、騎士隊の代表らだ。
一方で、国王の危機は、騎士隊が守らなかったせいだと訴え、騎士隊の上層部の見直しを訴えるのが政治家達である。
国王と王族は、板挟み状態になっていた。
「そんな中で、各陣営の奥方や娘をカナリア姫の侍女として引き入れたら、王家がどちらかに味方をすると勘違いさせることになりますので」
魔法師団は、政治的諍いには参加せず、中立的な立場にある。そのため、ヴィオレットに侍女を頼むことが、最適なのだ。
「バカでもわかるように説明しましたが、ご理解いただけましたか?」
「くっ……! 師匠を、バカ呼ばわりしよって……!」
「すみません。あまりにも、わけがわからないことを主張していましたので」
ハイドランジアは涙目で、マグノリア王子を睨んでいた。なんだか可哀想になってきたが、ここで甘やかしたら調子に乗るだろう。ヴィオレットは奥歯を噛みしめ、涙するハイドランジアを見ないようにした。
「侍女をすると言っても、もちろん、我が家から通うんだよな?」
「通いの侍女なんて、世界のどこにいるのですか? ヴィオレット嬢は、カナリア姫の離宮に部屋を与えます」
「お前は酷すぎるぞ!」
「妻でもない女性を囲う上に所有権を主張するほうが、酷いと思うのですが」
マグノリア王子がヴィオレットを見て、視線で「もう行け」と命じる。
ヴィオレットは会釈して、カナリア姫と部屋を出ることにした。
扉を閉めると、ハイドランジアがヴィオレットの名を叫んでいるような気がした。
しかし、聞かなかったことにする。
ハイドランジアの一連の行動を目の当たりにしたカナリア姫は、クスクスと笑い始める。
「すみません。恥ずかしいところをお見せしてしまって」
「いいえ、なんだか、スッキリしました。あのように、すがる男性を冷淡に扱うなんて、爽快でした」
そう言って浮かべるカナリア姫の笑みは、どこか黒さが滲んでいた。
「あんなこと、祖国では絶対にできません。私の国は、酷い男尊女卑で、女は物のように扱われるのです。意思なんて、最初からないように思われているのですよ?」
それは、根深い問題のように思える。ヴィオレットは返す言葉が見つからず、黙り込んだ。
カナリア姫は、話を続ける。
「歴史を振り返ったら、偉人は男性ばかり。それは男性が優れているのではなく、女性の活躍の場がなかっただけなんですよ。体力、社交、子育て、出産と、女性には不利なことが多すぎると、思いませんか? 男性と同じ場所に立ち、同じように働いたり、勉強をしたりしたら、女性にも同じように活躍の場があると、思いません? 女性の偉人だって、たくさんいるはずです。それなのに、いつだって女性は、男性がしたくないと思うことを無理矢理押しつけられて。皆、悔しい思いをしているはずです」
「……」
人にはそれぞれ、役割がある。
男と女、性別に関係なく支え合って生きてきた。
どちらが偉いとか、偉くないとか、考えるべきではない。ヴィオレットはそう思っている。
「不平等なんです、この世界は」
小さく呟かれた言葉の端々に、深い憎しみが滲んでいるような気がした。
カナリア姫は、この世の男性すべてを憎んでいるのかもしれない。
ヴィオレットは、そう感じた。




