元嫁は、妖精姫と対峙する
周囲の注目を集めてしまった。マグノリア王子が、別室で話をしたほうがいいと、移動を促す。
向かった先は、王族専用の休憩室。家具や壁紙は白で統一された、シックな部屋だった。
テーブルにはワインが冷やされ、紅茶なども用意されている。
人払いをしたあと、扉が閉ざされた。
ヴィオレットは微妙に、居心地の悪さを感じる。一人、部外者のように思ってしまった。
マグノリア王子は、扉に近い壁に寄りかかり、見物人を装っている。一方、ハイドランジアはどっかりと長椅子に腰かけ、腕を組んで偉そうにしていた。
カナリアは弾む声で、話しかける。
「私、ローダンセ卿の論文をすべて読みまして、魔法に対する考えや姿勢に感銘を受けておりまして、ぜひ、お話したいなと!」
カナリアはハイドランジアに、熱い視線を向けていた。
どうやら、彼女は魔法に精通しているようだ。
カナリアは奇跡のような美少女だった。その場にいるだけで、周囲の空気が浄化されるような、奇跡の美貌の持ち主である。
それに対するは、同じように奇跡の美貌を持つ男、ハイドランジア。
二人が対峙する空間は、別次元である。まるで、童話の世界のようだった。
麗しいエルフの王と、姫君。その物語に、ヴィオレットの入る場所はないように思えた。
ぼんやりと眺めていたら、カナリアと目が合う。にっこり微笑んでいた。
「あなたが、魔法師団に入団した、史上初めての女性でしょうか?」
「え、ええ」
すると、カナリアは目を輝かせ、早足で近づいてくる。それだけではなく、手を握りしめてきた。
「素晴らしいことです。魔法を習得しただけでなく、第一線で魔法師団で働いているなんて!」
心なしか、ハイドランジアに話しかける時より熱っぽい。だが、気のせいだと思うようにした。
「本日、ローダンセ卿に、お願いがございまして」
カナリアはヴィオレットの手を握ったまま、ハイドランジアに話しかける。
「なんだ?」
「ニグラ・バニララン王国では、女性が公の場で魔法を使うことを認めておりません。それで、図々しいことは承知の上なのですが、私を、魔法師団の団員として、置いていただけないかと」
「何が目的なんだ?」
ヴィオレットから離れ、カナリアはまっすぐハイドランジアを見る。
「ローダンセ卿が目指す、魔法文化の保存に、協力したいなと」
「断る」
即答だった。カナリアは断られるとは思っていなかったのだろう。大きな瞳をさらに大きくしていた。
カナリアが何か言う前に、マグノリア王子がもの申す。
「ハイドランジア、残念ながら、拒否権はありません。彼女は、我が国に輿入れします。その条件として、魔法師団に在籍することを望みました」
「我が国というか、お前と結婚するのだろうが」
「王族の結婚は、個人の問題ではありませんから」
「ああ言えばこう言う」
「同じ言葉をお返ししますよ」
ハイドランジアが深いため息をつくのと、カナリアが涙目で謝るのは同時だった。
「申し訳ありません。魔法師団が女性の受け入れをしたという話を耳にして、それだったら、私も在籍できるかもしれないと、思ったものですから」
「しおらしくしても、無駄だ。魔法師団に入りたいなどと、輿入れに条件を出して、何か企んでいるに違いない」
「もう、諦めます。婚姻も、受け入れますので」
カナリアはふらつき、絨毯に膝を突く。こういう時、傍にいた男性が助けの手を差し伸べるものだが、ハイドランジアもマグノリア王子も助けようとしない。
仕方がないので、ヴィオレットが助けてあげることにした。
カナリアに手を差し伸べると、躊躇いながらも細い指先を重ねてくる。
「ああ、ヴィオレット様、ありがとうございます」
「あら、わたくし、名乗ったかしら?」
「あ、いえ。失礼いたしました。女性で初めての、魔法師団の団員ヴィオレット様のお話は、お聞きしておりましたから」
「わたくしのことが、噂になっていますの?」
「ええ。女性の社会進出に消極的な我が国では、衝撃的なニュースとして飛び込んできました」
「そう、ですのね」
「ここの国ならば、魔法を使う私を受け入れてくれると思っていたのですが……」
目を伏せ、背中を丸める様子は、かつてのヴィオレットを見ているようだった。父親や兄から外出を禁じられ、魔法についても学ぶことを禁じられていた。子ども時代を思い出し、胸がぎゅっと締め付けられる。
彼女に、助けの手を差し伸べたい。ヴィオレットはそう思い、ハイドランジアへ直談判する。
「ハイドランジア様、今一度、考え直していただけませんか?」
「おい、ヴィオレット。本性がわからない女の、味方をするというのか?」
「別に、味方をするつもりはありません。思い返したら、わたくしもハイドランジア様のコネで魔法師団に入団したなと思いまして」
そこで、提案をしてみる。
「わたくしとカナリア姫に、入団試験を行ったらいかがでしょう」
「は?」
「それで、合格した者を、団員として認めたらいいのではありませんか?」
ヴィオレットの思いがけない提案に、ハイドランジアは目が点となっていた。




