プロローグ エルフ公爵が誕生するまで
──昔々の物語である。
ある魔法が廃れた国があった。いにしえの時代にあった魔導戦争が原因で、魔法使いが悪逆非道の限りを尽くしたのである。そのため、魔法は呪われし力であると認識されてしまったのだ。
異端審問官が魔法使いを狩り、魔法書を燃やして回る。魔法の存在は忌むべきものと扱われ、たくさんの魔法使いが処刑された。
結果、善きものも、悪しきものも、まとめてなくなってしまった。
魔法は悪の力で、触れるべきではない。人は人の力で、文明を切り開くのだ。
そんな信条の中で、人は百年、五百年、千年と暮らしてきた。
人々は魔法を使わずに、己の力だけで歴史を刻んでいく。
そんな中で、想定外の事態が発生した。魔王が現れたのだ。
魔王は魔物を率いて、次々と人を蹂躙して回った。魔王の引き連れる魔物には、人の武器が通用しなかったのだ。
大都市が次々と廃墟となる。そんな中で、魔物は魔法でしか倒せないということが明らかとなった。
魔法と魔法を使える者は、この千年の歴史の中でいなくなってしまった。
絶望の縁に立たされる中で、一人の青年が立ち上がる。
リリフィルティアの第二王子ディセントラだった。彼は言う。森の賢者に頼るべきだと。
森の賢者とは、エルフとも呼ばれている魔法に長けた一族である。人里に現れることはなく、童話の世界の住人とも云われていた。
周囲の反対を押し切りディセントラ王子は禁書となっていた魔法書で召喚術を学び、王城の地下に残っていた魔法陣を使って大精霊ポメラニアンを召喚した。
そして──ディセントラ王子はポメラニアンを連れ、旅に出る。
長い旅の末に、森の賢者が住む森の集落にたどり着いたものの、すぐに追い返されてしまった。
森の賢者はへんくつで人嫌いというのは通説である。この展開は想定済だったのだ。
王子は森の賢者に交渉を持ちかける。魔王を倒した者には、国で二番目の権力を与えようと。
その条件に乗った変り者がいた。名を、シオン・ローダンセという。
彼は王子と協力し、魔王を倒す。そして、公爵位を与えられ、国一番の美女と結婚した。
以上が、リリフィルティア国に森の賢者の公爵が存在する所以である。
以降、人々の魔法に対する意識は和らいだ。
正しい魔法の在り方を、シオン・ローダンセが説いたのだ。
しだいに、魔法は人々の生活に溶け込むレベルに至る。
人と生きる道を選んだエルフであるローダンセ家にも、ある変化が見られるようになった。
長い月日を経て人と交わった結果、長命種としての血を薄くしてしまったのだ。
通常、エルフは千年から二千年ほど生きる。しかしローダンセ家の者は、見た目はエルフであるものの寿命は人と変わらない。
ただ、魔王に匹敵するほどの魔力と魔法の知識は健在で、リリフィルティア国の者達はローダンセ家に敬意を示していた。
そんなローダンセ公爵家がリリフィルティア国に誕生してから千年の月日が経った。
先代が病気で亡くなり、二十六歳の若き公爵が誕生する。
公爵となった青年の名を、ハイドランジア・フォン・ローダンセという。
その美貌は神話時代の天使ですら片膝を突くとも云われている。
輝く銀の長い髪に、神秘的な紫の双眸は切れ長で、彫刻のように整った顔立ち。上背があって、引き締まった体は魔法使いには見えない。
誰もが認める、リリフィルティア国一の美しい青年である。
若年ながらも魔法師団の師団長を務め、一万名の団員をまとめ上げる優秀な魔法使いである。
完璧を体現したような人物であったが、ハイドランジア青年は──いささか曲者であった。