第八話 光陰は矢のごとく
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フェート家の庭にある訓練場。夕日をバックにセミがジイジイとわめき、暑さを加速させる。
そこでシルバとリエナの二人は対峙していた。
二人が和解してから十年が経過し、両者は見違えるほどに成長した。
今年でシルバは十五才、リエナは二十九才になる。
シルバの解析結果がこれである。
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シルバ・フェート 十五才
種族 妖狐
魔力 956
妖気 535
アビリティ
転生(転生数1)
魔法
妖術
称号
転生者
次期族長
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シルバの外見は英雄時代と酷似してきた。尻尾は妖気の上昇に比例して増え、いまや九本だ。
リエナは、不死鳥族にしては驚異的な成長速度を見せ、外見年齢十二歳ほどになっている。
心理的な変化で稀にこういう事が起こるようだが、何かあったのか聞いても顔を赤くして黙るだけなので、シルバには何があったのかわからない。
ただ、なぜか嬉しそうにしていたのは事実である。
その二人が、訓練場にて対峙していた。
「シルバ。わかってるわね?」
「ああ。俺が負けたらプリンを奢る。お前が負けたら俺に今日の晩飯、カレーを引き渡す」
「よろしい」
リエナはシルバの返答が満足のいくものだったのか、上機嫌で頷く。
「じゃあ…………三、二、一、零!」
シルバのカウントが終わると同時に、両者が動き出す。
リエナは前に、シルバは後ろに。
近づいて近接戦闘に持ち込みたいリエナとは裏腹に、近接戦闘が苦手なシルバはバックステップで距離を取ろうとする。
もちろん距離があれば遠距離攻撃のできるシルバのほうが有利で、狐火を変化させて作ったシルバ人形を、爆散の呪いで次々と爆破することで、一方的に攻撃している。
その淡々とした戦法は、作品的な面白さなんて知ったこっちゃないと言わんばかりだ。
しかし、爆風の中を突き抜けたリエナは、まったくと言っていいほど無傷だった。
それはシルバにも予想できていたのか、慌てることなく追撃を放った。
魔法で急成長した植物が、時間差でリエナに襲い掛かる。
リエナはその尽くを躱していくが、植物の槍たちはその尖った先端で、辛うじて彼女の細腕を切り裂くことに成功した。
「翼も使わねえとは。なめやがって」
「飛んでも的にされるだけじゃん」
話している間に、切り裂かれたはずの腕は逆再生するように癒え、元通りになってしまった。
不死鳥族の持つアビリティ、再生である。
訓練によって鍛え抜かれた彼女の再生力は、ほとんど消耗せずに傷を癒す。
故に、串刺しにして再生を阻害するのが彼女に勝利する一番手っ取り早い方法だったのだが、十年でさらにキレを増した彼女の体術が、なかなかそれを許してくれない。
戦闘が再開され、再びシルバが逃げ、リエナが追いかけるという構図が出来上がる。
このままでは埒が開かないので、シルバは呪術を用いることにした。
シルバは右手の人差し指と中指をぴんと立て、二指を密着させると、その先端をリエナに向ける。
呪術は強力な代わりに、発動に当たって条件が必要な場合がある。
爆散の呪いのように、相手の耐性が極端に低くないと使えないなどというのは可愛いもので、相手の髪の毛を媒体にして十年かけて呪い殺したり、自分の視力を犠牲にして相手の五感を不能にしたりと、本当にやっちゃ駄目な奴も混じっている。
そして、今回シルバが使うのはやっちゃ駄目な奴だ。
呪術もカテゴリー的には妖術に分類されるので、妖気を指先に集める。
左手を魔法の発射に使っているので、魔法と妖術の同時使用にはかなりの集中力を要するのだが、元英雄とはよく言ったものか、シルバはそれを難なくこなし、呪術を発動する。
黒い、禍禍しい何かが指先から現れ、その一端をシルバの腕に巻き付け、もう一端をシルバを追うリエナへと纏わりつかせる。リエナは異変に気付き、振り払おうとするが、何かはそれをすり抜け、リエナの胴へと巻き付いた。
「なっ!?」
リエナが驚愕に声を上げるが、もう遅い。
黒い何かは、そのままシルバの腕と、リエナの胴を同時に切断した。
血しぶきが舞い、シルバの腕がどさりと落ちる。
リエナの下半身は崩れ落ち、遅れて上半身が落下した。
痛みをこらえながら、シルバが笑う。
「俺の勝ちだな」
「……そうみたいね」
上半身だけになったリエナが、冷静にシルバの勝利宣言に応じる。
「それにしても、ちょっとひどくない? 仮にも婚約者を真っ二つにするなんて」
「おいおい、こうでもしなきゃプラナリアみたいに再生するだろ?」
責めるというよりかは、からかうような口調でそう告げるリエナに対して、シルバは首を振った。
切断されたリエナの下半身は炎に包まれており、上半身の切り口もまた燃え盛っている。
どういう原理かは定かではないが、再生時には切り口が炎に包まれるらしく、服もまとめて再生されるらしい。
先ほどからシルバの腕の出血量が著しいので、リザレクションの魔法で新しい腕を生やしておく。
本来教会で勇者を復活させるための魔法なのだが、シルバには魔力が多すぎて他人の魔法が効かなかったため、特例で習得したのだ。
それから十秒ほどで、リエナは完全に回復した。
ただ、さすがに体力を消耗したのか、息が荒い。
「はあ、はあ、それで? その腕は、はあ、どうすんの?」
呼吸のために途切れ途切れだが、リエナは何とか言葉をひねり出すことに成功した。
その戦士というにはあまりにも華奢な指は、切り落としたシルバの腕に向いている。
「まあ、こうするな」
そう言って、シルバは手のひらを天に掲げ、そのまま何かを投げるように振り下ろす。
数瞬のタイムラグの後、上空から一筋の光が降り、地面に転がっていた腕を直撃した。
ソーラーレーザー。
太陽光を凝縮し、被対象物を焼き尽くす魔法。
エネルギー源は太陽光であるため日中でしか使えないが、魔力消費が少ない便利な技である。
用済みの腕は高熱で炭化し、ソーラーレーザーの余波で開いた穴に半分ほど埋もれている。
シルバはそれに足で無造作に土をかけ、完全に埋めてしまった。
「ほんと自分の体に、はあ、執着ないわねー。はあ、トカゲのしっぽみたいに完全回復するし」
土をかけて柔らかくなっているところをガスガスと踏んづけて、痕跡の完全抹消を図っていたシルバに、リエナは呆れた声で言った。
「お互い様だろバーサーカー。顔面吹き飛ばしても生きてんじゃねえのか?」
「無理無理。再生は万能じゃないから、ふー」
事実、有力な不死鳥族は皆この方法で討ち取られている。斬首されても再生するほどの強者でも、頭部を破壊されれば死亡し、二度と再生することはない。故に、いかにして頭を守るかは彼らにとって最重要課題なのだ。
一汗かいたシルバたちは、慣れ親しんだ我が家へと入っていく。
家の中にはすでにカレーの臭いが充満しており、シルバは空腹で腹を鳴らした。
カレーはフェート家に伝わる料理で、各種調味料に様々な具材を混ぜて作られる。その味は、転生前に師匠が作ったカレイパンというものにとても似ており、シルバは懐かしさと美味しさでついついおかわりしてしまうのだ。
「あらシルバ、リエナちゃん。お疲れさま。もうすぐできるからね」
「わかりました母上。では、僕はこれで」
「…………」
待ち切れず台所に行くと、カレーを作っていた母、カミナがそう言いながらカレーをかき混ぜていた。狐火によってじっくりと熱せられたカレーが、なんとも言えない良い香りを放っている。
シルバは相変わらずリエナ以外の前では猫を被り丁寧語になるため、話すたびにリエナに引かれてしまう。
料理などは下女にやらせれば良いのだが、彼女は自分でやると言って聞かない。シルバとしては食事が美味しいので文句はないのだが。
もうすぐできるそうなので、シルバたちは、一足先に居間で待っていることにした。




