第七話 やっぱりお菓子
やったね!
ストックだいぶ使っちゃったよ。
リーダー格の男が、顔面をさすりながらゆっくりと立ち上がる。
敵の数は四人、全員が人間である。
「てめえらよくもやってくれたな……!」
シルバ・フェートは怒っていた。
知り合いを泣かせ、奴隷にしようとしたのだから、当たり前なのだが。
密入国者共にはリエナを泣かせた報いを受けてもらうことにする。
しかし、さしあたっての問題が一つ。
身体強化で魔力を使い切ってしまったため、魔法が使えない。
魔力欠乏による頭痛で、先ほどの間の抜けた声を出すのも苦しいほどに。
というわけで、シルバは妖術のみで戦うことにした。
とりあえず、この場にいる全員に幻術をかける。
幻術は強者にはかからないため、予め注意すべき人物以外を脱落させることができる。一度に多人数を対象にできるので、一対多には大変役立つ妖術だ。
今は、かかった者が一番恐れているものが見えるようにしてある。
「うわあああああ!? 母ちゃんが! 母ちゃんが走ってくるぅぅ!! ごめんなさあぁい!」
「げっ!? ギルマスだ。……すいません! まだ仕事終わってません! 報酬ダウンはどうか勘弁してください! 獣人領への道を作っただけでも大手柄でしょう!? ね!?」
「大家さん、部屋代は後で、後で払いますから! どうか今月分の生活費だけは!」
「おああああ!? 猫だぁ!? やめろ! 俺にそれ以上近づくな! 足をペロペロするなぁ!! 騎士団長助けて!」
一人が突然叫び出したのを皮切りに、全員が悲鳴を上げて走りだした。
……なかなか愉快な弱点をお持ちのようだ。
シルバは正直拍子抜けしていた。
リエナの心を戦わずして屈服させるような手練れだと思い、激戦を覚悟していたからだ。
だが、蓋を開けてみればなんてことはない。
幻術にすら打ち勝つこともできないような軟弱な輩だった。
侵入者たちを尖刃の谷に突き落とすか、夜空の星にするかを決める前に、リエナののほうを見る。こういうのは被害者の意見が重要だからだ。
リエナは、ぽーっとシルバのほうを見つめていた。心なしか頬が赤い気がする。
それを見てシルバはさらに怒りを募らせる。
リエナは中身こそ十九才だが、外見年齢は五才だ。子供の顔が腫れるほど泣かせるとは、こいつらはどれだけ屑なのか。
国境の谷に捨てよう。そうでもしないとシルバの気が収まらない。
シルバは幻術の内容を弄り、国境に誘導するように恐怖の対象の立ち位置を変える。
侵入者たちは見えない何かに追われるように草むらに消えていった。
シルバは改めてリエナのほうへ向き直る。
リエナはすでに立ち上がっているが、かわいそうなことに、まだ頬が赤いままである。むしろ、シルバと向き合ってより一層赤くなったように思える。
「リエナ」
「ひゃ、ひゃい!」
ひゃい?
シルバは首を傾げながらも続ける。
「すまなかった! 二度とあんなこと口にしない! どうか戻ってきてくれ!」
言い終わるが早いか、シルバはガバっと九十度に頭を下げる。
リエナはぽかんとして、
「いいわ、許してあげる」
喜ぶシルバに、リエナはただし、と付け加えた。
「また、お菓子よこしなさいよ」
遠くから聞こえてくる断末魔をよそに、シルバはがっくりとうなだれた。
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ハイネ王国王都にある冒険者ギルド本部、その一室で、緊急会議が行われていた。
鎧に身を包んだ男が、配布した資料を基に説明を行っている。
「……という経緯から、獣人領へ所属問わず偵察隊五名を送り出し、可能であるならば「素材」の調達を試みましたが、失敗し、その全員が死亡しました」
豪華な服を身にまとった小太りの男が、手をバン、とテーブルに叩き付ける。
「そんなことは知っている。原因を話せ! 谷に橋を架けたのは誰だと思っている!」
「まあまあ、デネブ大臣。落ち着いてください。進む話も進みませんよ」
小太りの大臣をたしなめたのは軽装の男、ギルドマスターである。
ギルドの長は、鎧の男――騎士団長に続きを促す。
「……コホン。橋に駐屯していた兵によりますと、偵察隊は見えない何かに追い立てられるように谷底へ飛び降りていったらしく、何がいたのかはいまだ判明しておりません」
「それはきっと妖狐族ですね。あのあたりを縄張りにしているようですし。 大方幻術でも使ったんでしょう」
「そのような術を使う強力な獣人が生息しているなら、計画を見直さざるを得ないようだ。何か案はあるのか?」
騎士団長の言葉にギルドマスターが注釈を入れ、それに帝国の使者が反応する。
帝国訛りで尊大口調に聞こえるが、彼としては丁寧語のつもりである。
「ええ。それなら、かねてより進めてきた計画を始動させるまでです。そうですね……始動は十年後でどうです?」
獣人領進軍作戦の立案者であるギルドマスターの提案に、誰も反論しようとはしなかった。
十年後、人間が動き出す。