第六十八話 魔眼とダンジョン、そして虹
スマホからの投稿です。
前回までのあらすじ
突然の襲撃でハーピーのヒナが狂いました。
殺されかけてサナも狂いました。
シルバが寄生の経路パスを使ってサナと色々お話しました。
サナが正気に戻りました
襲撃者はサナの父親を操って攻撃してきました。
回復魔法で治せる程度のダメージで無力化することにしました。
五分ほど経過した頃、振り上げられた短刀がサウロの左手首を捉えた。
サナが父の身体に致命傷を負わせないよう慎重につけた無数の傷跡が、サウロの動きを鈍らせたのである。
既に右手には剣が握れないほどの傷があるので、両手の自由が利かないサウロは剣を握る事が出来ない。聖法を使っても何も出来ないように、両足の骨を砕いてから、サナはふよふよと浮いている剣に向き直った。
あとは剣を破壊すれば終わりだ。
「私達の勝ち」
サナが剣を踏みつけて固定する。
二人とも魔力は殆ど使い切ってしまって、シルバにいたっては心眼の反動で意識が遠のきかけている。
切り結んでいてわかったことだが、いかに魔法無効の剣といえども物体に内包された魔力までは無効化できないようだ。だから、逆手に持った短刀にありったけの魔力をこめて強化し、構える。
「何か言い残す事は?」
≪それが必要なのは俺じゃないっしょ?≫
背後で魔力が急激に膨れ上がる。シルバはとっさに結界を張った。
見れば、サウロの体が風船のように膨らんでいる。
直後、凄まじい轟音と閃光が撒き散らされた。
木が根元から折れて、メキメキと音を立てる。
≪あっはははははは! 自☆爆! 予想できた?≫
『予知なら出来たぞ』
サナは結界に守られ、代わらず剣を足で踏みつけていた。
≪えっ≫
振り下ろされる短刀。剣が真っ二つになって、耳障りな声が途切れた。
「父上……」
サナが立ち上がって、よろよろと爆心地へと歩を進める。
地面に赤い染みがあるのを見つけると、ドサリと膝から崩れ落ちた。
サナはひどい火傷を負っていた。魔力切れ寸前で張った結界では、爆発を防ぎきれなかった。
シルバもまた、心眼の使いすぎによりひどく消耗しており、まるで度がきつい眼鏡でもかけたように焦点が合わない。
シルバは剣の残骸を魔眼で吸収して、変換した魔力でサナの傷を癒した。
体力は回復しないため、ゆっくりと休養をとらなければならない。
どこにも敵の影はなく、魔力探知にはシルバ、サナ、ヒナしかかからない。
脅威は去ったと油断していた。
視界の端にヒナが映った。
やっと起きたか。心配させやがって。
そう思った。
シルバは瞬時に距離をつめたヒナに食い千切られ、噛み砕かれて絶命した。
……。
「やあ、元気? ほんと唐突に死ぬよね君って」
意識が急速に覚醒していく。
どうやらまた、死んでしまったらしい。
眼を開けると、目の前にいたのは少年のような少女のような、中性的な外見をした人物。
シルバがいるのは四角い空間で、一面に宝石がちりばめられている。
「転生神だと思った? 残念、魔神でした☆」
きゃぴっとポーズをとる魔神、エンターテイン。
暗い紫の髪がしゃらんと揺れる。
転生神はどうした? どうやってここまでつれてきた?
数々の疑問が浮かび上がるが、その前にすることがある。
シルバは魔神に掴みかかった。
「てめえ! よくもステビアを!」
「うひぃ!? おたすけ~」
ふざけた態度でいやんいやんと首を振る魔神を、床にたたきつける。
「おうふっ!?」と声を上げて、魔神はのた打ち回った。
こいつはシルバの育ての親、ステビアを殺すように仕向けた張本人だ。出来るだけ苦しめて殺してやりたいほどには憎んでいる。
「ちょっ、誤解だよ冤罪だよ犯罪だよ。ボクは何にも悪い事してないんだから」
「嘘吐け。じゃあ何で神を相手取って対神結界に閉じこもった?」
「ん~、面白くなりそうだったから?」
「ステビアを殺すのも面白かったか?」
「だから違うって」
魔神がパンパンと服についた汚れを払うと、キラキラと光る宝石の粉末が床に散らばる。
「第一ね、ボクはそのとき異世界観光に行っていたんだよ。向こうの神様に確認すればわかることだけど」
「じゃあ何でそれを黙ってたんだ」
「だってさ、他人が見当違いの推理をしてるのを見てるのってなんか楽しいでしょ?」
「もういい。黒幕は誰だ?」
「わっかんない。気づいたらボクのせいになってたし」
魔神が突然シルバに猫騙しを放った。シルバはびくっと身体を揺らす。
「な、なんだよ」
「もう十分でしょ? 次はボクの用事だ」
だからって何で猫騙しを?
そんな疑問を呑み込んで、シルバは尋ねた。
「そういえば、お前は何で俺と会ってるんだ? 転生神はどうした?」
「えっと、まあね、簡単に言うと転生するために移動してた君の魂をつかまえて、ここにつれてきたんだよ。今ごろ転生神は大慌てしてるんじゃないかな」
「はあ?」
「君が迷宮で何度も会っていた道化。あれは迷宮の大精霊で、ボクは彼女を操って君に目印をつけた。それを頼りに君をここに手繰り寄せたってわけ」
魔神がにぱっと笑う。
騙されてはいけない。魔神は可愛い顔をしているが、戦闘時には触手だらけの化け物になるのだ。
「そんで? 何の用だよ?」
「良くぞ聞いてくれました。何でも君、聞くところによると転生してすぐに死んじゃってるっぽいね? 駄目だねそんなんじゃあ。君、一応転生神の使徒って扱いになってるから、ちゃんと仕事が出来るくらいの能力が欲しいよね。そこで、ボクがシルバを超強化して転生神のジジイに恩を安売りしようと思いまーす」
「安売りしてどうすんだよ? まさか仲直りでもするつもりか?」
「そのまさかだよ。君に倒されたせいで僕はここに封印されちゃったんだ。君にも仲直り作戦の片棒を担いでもらうよ」
そういわれるとシルバも悪い気がしなくもない。
「で? どうやって俺を強化するつもりだ?」
「ボクからも加護を与えるよ。神は一人につき一つしか加護を与えられないから。後はそうだね、次は異世界に転生してほしい。神たちはまだ誰も気づいてないけど、ある異世界の法則が滅茶苦茶になっているんだ。それを解決すれば恩を売れること間違いなしだよ。それに、異世界の知識はこの先きっと役に立つはずさ。運が良ければ、向こうの神の加護をもらえるかもしれない」
「絶対に断る」
「理由聞いていい?」
「俺はこの世界に用事がある。転生には時間がかかるだろ? 次の転生に二百年、その次にここに戻ってこられるのは四百年後だ。そんなには待てない」
「ん~、じゃあ、二百年ならどう? 待てる?」
「まあ、いいだろう」
「そしたら、二百五年後くらいに異世界から君を召還するよ。二百年に比べたら、五年くらいどうってことないでしょ?」
魔神は「これなら問題ないでしょ」と胸を張った。胸の僅かなふくらみが強調されるが、それでもあまり存在感はなかった。
「あ、どこ見てるんだよ、エッチ!」
「キャー」と腕を交差させて胸を隠す仕草をする魔神。シルバの反応がいまいちであることに気づくと、真顔で手をスッと元の位置に下げた。
「じゃ、転生の手続きに入ろうか。まずは、引き継ぐ能力の選択だね」
魔神が手をかざすと、シルバの目の前に半透明のウィンドウが現れる。
シルバはそれを覗き込んだ。
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アビリティ
転生(転生数3)
魔法
妖術
進化
通知
魔眼(吸収)
寄生
不眠
心眼
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不自然な空白。
いや、これは欠落だ。
「なんで俺のアビリティが消えてるんだ?」
「それは後で説明するよ。とにかく、今の君が引き継げるアビリティはボクが渡す加護を除いて七つだから、早く選んでね」
除かなければ八つだったということか。前回の転生のときは確か六つまでだったから、二つ上限が増えている。
七つの枠に含ませるアビリティの中で、確定なのは転生と、魔法、そして進化だ。
残り四つの枠に入れる候補は、妖術、通知、魔眼(吸収)、寄生、不眠、心眼の六つ。
シルバは即決で、寄生を候補から外した。
長らくサナとの間を取り持ってくれたこのアビリティだが、明らかに種族限定の能力であるし、仮にそうでなかったとしても、寄生とはそもそも、自分の体が相手よりも小さくなければ成り立たない。だから、除外する。
残り一つ。シルバは考えに考えて……。
「じゃあ、寄生と通知以外のアビリティを引き継いでくれ」
通知を不要と判断した。
せっかく転生神がくれたアビリティ。だがしかし。
うるさい、わかりきったことも通知してくる、突然の通知に驚く、たまに出てくる通知が意味不明、etc……。
はっきり言って、別に要らない。
「うん、わかった。それじゃあ、そういう処理をこっちでしておくね」
「変な細工なんかしねえだろうな」
「しないって、信用ないな。というか、できないよ。いくら僕でも、人の加護を乗っ取ることは出来ても、都合よく改変したりは出来ないんだ」
「どうだか」
シルバの胡乱げな眼差しに、魔神はアハハと苦笑しながら懐からリモコンを取り出した。
床を突き破るようにしてモニタもせりあがってくる。
シルバはこの二つをよく知っていた。出自不明、年齢不詳の黒髪地味少年である師匠が偶然召喚魔法での取り寄せに成功して、大喜びで映し出される映像を眺めていたものだ。確か、丸い円盤を差し込むのだったか。
「さて、君がアビリティを失った理由を説明しようか。心苦しいけど、これも転生神から奪い取った業務の一つだからね」
「いいから早く説明してくれ」
「わかったわかった。まず、君がどうやって死んだか覚えてる?」
ずきりと頭に痛みが走った。死ぬ直前の光景がフラッシュバックする。
爆散するサウロ、真っ二つになった剣、そして、襲い来るヒナ。
「俺は確かヒナに」
「そう、ヒナちゃんに食われて死んじゃったわけ。彼女のアビリティ、暴食っていうんだけど、食った相手のアビリティを奪っちゃうんだ」
「そうか、俺はヒナに能力を……」
「奪われちゃった☆」
「あいつらはどうなったんだ?」
「それを今から見せようとしてたとこ」
モニターに映し出されたのは、見覚えのある森の中だった。
真新しい墓の前に少女が一人、座り込んでいる。
あえて魔法ではなく手作業で作られたであろう墓の表面には、大きく「シルバ」と刻まれている。
少女――サナは墓に向かって、小さな声で話しかけた。モニター越しに、シルバは声を聴いた。
「ヒナはダンジョンモンスターの権限を剥奪して、追い出した。あの子はそれを望んでいたし、私自身も、あの子を見ていたらつい、殺してしまいそうになる」
シルバは胸が締め付けられるような思いだった。
「シルバは本当に魔物だった。どんなに回復魔法をかけても、あなたは蘇らない。どんなに私がものを壊しても、あなたは直してくれない」
鳶色に戻ったサナの右眼から、涙が一筋、流れ落ちた。
「どこにも行かないって、言ったのに。……嘘つき」
サナの可愛らしい顔が、くしゃくしゃに歪められる。
違う。違う。シルバが見たかったのはサナのこんな表情ではない。
えっ、えぐ、と嗚咽が漏れるばかりのサナを見ていられず、シルバは目をそらした。
彼女が一体何をしたというのだろう。継母に裏切られ、迷宮で何度となく死神と顔を突き合わせ、最後には父と仲間を同時に喪った。
その原因の一端はシルバにあるというのに、今となっては何もすることが出来ない。
「もういい。もういいから、早く俺を転生させてくれ」
「あれ? 本当にいいの?」
「笑いたいなら笑え。俺にはもう、これ以上見ていられない」
「ほいほーい♪ それじゃーねー」
魔神は人の背丈ほどもある巨大な鉄製のハンマーをどこからともなく取り出すと、大きく振りかぶった。
「えっ、嘘だろ? おい、ちょっと待――」
振り下ろされるハンマー。ぺしゃんこにされたシルバはそのまま異世界へと旅立った。
「惜しかったねぇ。これ、まだ続きがあったのに」
ここにはいないシルバに向けられた呟きが、静寂に溶けて消えていく。
巨大なハンマーをどこかに仕舞った魔神は、再びモニターのほうを見た。映像もあと少しで終わりだ。
モニターに映るサナはようやく落ち着いて、鼻を啜ったところだった。
悲しみに引き結ばれるばかりだったその口が、再び開かれる。
「……ずっと、お礼を言いたかった。あなたは、致命傷を負わされてダンジョンに捨てられた私を治してくれた。私を強くしてくれた。……私を、助けてくれた」
ダンジョンの攻略、ダンジョンでの日々。
それらを思い出してしまったのだろう、震える声でサナは続ける。
「ありがとう、シルバ。……大好き」
サナは涙の後を拭って、それから、太陽のような笑みを浮かべた。
長くなりましたが、これで三章は終わりです。
お付き合い頂き、ありがとうございました。
四章からも引き続き、よろしくお願いします。
感想とかいただけるとありがたいです。思い切り批判してくだされば、成長の糧にさせていただきます。




