第六十五話 魔王の血脈
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前回のあらすじ
今日はヒナの誕生日。ヒナは行き先を告げずに出かけていき、シルバ&サナは誕生日ケーキを作った。
しかし、ヒナは不審者に捕まり、散々に痛めつけられる。帰りが遅いので心配したシルバたちが見つけたのは、食欲の化身となったヒナだった。
……遠くで誰かが大声で喚いている。
痛い、痛いと泣き叫び、やめてほしいと嗚咽する。
自分の悲鳴を、ヒナは他人事のように聞いていた。
痛みに耐えられずに回復魔法で傷を癒すと、少年はその個所をしばらくは攻撃しない。
希望を持たせようとしているのだ。一秒と立たずに崩れ去ってしまうような、目先だけの希望。
回復は無駄ではない。そう思わせて傷を癒させることで、一秒でも長くヒナを嬲っていられるように。
ナイフのように鋭い痛みが走るたび、ヒナは傷ついた心を薄い膜で覆った。
膜はだんだんと分厚くなっていき、そのたびに耳障りな悲鳴が遠ざかっていく。
膜はいつしか殻になっていた。あらゆるものから雛を守り、遠ざける、堅牢な殻。
閉じた世界の中で、ヒナは丸くなって眠りについた。
痛みはすでに消えて、ただ温かい。
空虚な満足感が、ヒナを満たしていた。
「ヒナ。これから私は、お前を壊そうと思う」
「あー、お腹すいた肉にくニク肉……」
「壊して、破片をこねて、元の形に戻してやる」
正気を失ったヒナに相対するサナはそういうと、鬼の短刀に魔力を纏わせる。
シルバはサナの物騒な物言いに内心で苦笑すると、サナにいつもかけている身体強化に使う魔力を増やした。
魔法で強化されたサナが結界を蹴りながら跳躍し、隙だらけのヒナに躍りかかる――!
「ヒトのにく、おいしかったなああaa……」
ヒナが予備動作もなしに加速して、サナに肉薄した。その勢いのまま、タイミングをずらされて短刀を振るのが遅れたサナの肩口にかぶりつく。もやしの魔法使いであるシルバは、反応すらできていない。
サナ、ヒナの両名共に慣性力が働いているので急に止まることができず、必然的に両者の体はすれ違うような動きをとろうとするが、ヒナはそれを利用して、サナの肩口にかぶりついたままそこを支点として、手を使わない変則的な倒立のような形で跳躍。横薙ぎに振るわれた鬼の短刀を躱した。
てこの要領でヒナの体が回転する際に発生する回転力が口元に集中し、結果、歯がシルバの本気の身体強化を突き破って突き刺さり、そのまま肉を噛み千切る。
神経かどこかを断たれたようで、サナの右腕がだらりと垂れ下がり、手から抜けた短刀が地面に突き刺さった。
シルバが着地の瞬間を狙ってヒナの足元から蔦を伸ばしたが、鋭い趾に切り裂かれてしまう。
「うま、うまぁ」
「……糞餓鬼」
ヒナは尋常ではない様子でケタケタと笑いながら、喰いちぎった肉を飲み込んだ。
サナは回復魔法による肩の修復を待たずに、左手で短刀を拾い、疾駆する。
翼が広げられ、ヒナを守るように展開する。
突きだされた短刀は、一枚の羽根を切断することもできず、ピタリと静止した。
なんて硬さだ。シルバは回復魔法をかけながら、そう思う。
身体強化を突き破った歯といい、この肉体強度はヒナ生来のものではない。
ヒナのアビリティで内容がわからないのは魔法以外の三つ。
悪食、暴食、SS。
この中のどれか、もしくはいくつかのアビリティの影響だろう。
「すごい防御力。でも、翼で顔を隠すのは悪手。視界が塞がる」
黒銀の魔力が、回復魔法によって動くようになった右手に集中する。
サナは半歩下がって、体重を乗せた掌底で魔力を叩きこんだ。
ドンッと、衝撃。
羽がだらりと垂れ下がる。
内臓が傷ついたのだろう、ヒナの口からは血が出ている。
「これ、血ぃ……おいし」
ガードを解いたヒナが前に倒れこむ。
靴で顔を軽く小突いても、反応がない。気絶しているようだ。
解析をしたが、まだ暴走状態が解けていないようなので、回復魔法は最低限にする。
サナが仰向けに寝かせてやると、ヒナの顔が見える。
血に汚れていることを除けば、いつも通りのかわいらしい寝顔だった。
耳を澄ますと、小さな寝息が聞こえてくる。
ヒナを守るように、あるいは閉じ込めるように結界を張る。
いったい何があったのだろう。
戦闘中、赤ではなく紫色の血に染まった場所を見つけた。
一部のモンスターは、体内で保有する魔力の影響を受けて、血の色が紫、または青に変化する場合があるらしい。ヒナが吐いた血は、紫色だった。
あの血は、全てヒナのものだ。ヒナが多量の出血をする何かが、あそこで行われたのである。
そして、ここにきて最初に見つけた、生き物の残骸。
それが意味するところは――
≪あ~あ。やっぱ鳥じゃあ勝てないか≫
「だれっ」
少年の声がした。
サナがヒナを庇うように背にして、短刀を抜く。
ショートソードが浮かび上がって、不気味に明滅していた。
≪いやー、いい感じに壊れたときは、いけると思ったのになあ≫
剣から血のように赤い糸が幾筋も伸びて、編むようにして人間をかたどっていく。
出来上がった黒髪の少年が、宙に浮く剣を掴んだ。
解析する。
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キミヒト・シモムラ 12才
種族 人間
魔力 0
アビリティ
SS
称号
異世界人
転移者
Sランク冒険者
帝国軍第二部隊隊長
状態:被支配
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異世界人。いや、それより。
『サナ、気をつけろ。こいつ、異世界人だ。よくわからねえ能力を使う』
「わかった。というか、よくわからない能力はシルバも同じ」
『言ってくれるな』
どちらにせよ、こいつは敵だ。支配されていることから、黒幕がいるようだが、そいつがどこにいるかはわからない。
こいつの能力はさしずめ、物体内部に肉体を収納することだろうか。
「全く、体を一個無駄にしちったよ。あ、そうだ。そこの君、代わりに俺の体になってくんない?」
「よくわからないけど、断る」
「ちぇっ」
少年の姿がかき消えた。
「じゃあ、無理やり奪っちゃうか」
背後で、チン、と、剣を鞘に納める音が響いた。
視界が目まぐるしく回転し、やがて地面に近い位置で回転が止まった。
首のない少女の体が崩れ落ちるのが見えた。
首を刎ねられた。
あまりにも早くて、サナですらとらえることは出来なかった。
リザレクションで全身を回復させるのにも時間がかかる。
それまでサナの脳が耐えられるとは思えなかった。
――お城で会う家臣たちからよく、祖母に瓜二つだと言われた。
懐かしそうな、悲しそうな顔で。憐みのこもった目を向けて。
どうしてそんな目を向けられるのか。サナにはよくわからなかった。
母がよく読み聞かせてくれた、勇者が魔王を倒す話。
物語に出てきた魔王は、おどろおどろしく、ばけもののような姿をしていた。
可哀想な勇者。村人を人質に取られて、魔王と戦わされるなんて。
可哀想な魔王。勇者に何の罪もない娘を攫われるなんて。
娘が、勇者と恋をするなんて。
生首になったサナの左目が、妖しく光った。
主を失った体が弾かれたように走り出し、自分の頭を拾い上げる。
サナは首の断面同士をぐりぐりと押し付けると、何事もなかったかのように首をゴキゴキと鳴らした。
首筋から垂れる血液は、海のように青く染まっていた。
「あれぇ? おかしいな。首を刎ねてから十秒は経ったと思うんだけど」
『サナ。サナ……?』
「ウム?"pMャオBツhィ%7鐃」
サナはごにょごにょとわけのわからないことを呟いて、ゆっくりと歩き出す。
普段は雰囲気に似合わず可愛らしい声を出す喉から、地獄の底から響いてくるような耳障りな音が出たので、シルバは少し驚いた。
「ヤコn{ ナqミ、ナrHQs槢メゥ。テe无HW!'Wyウ[テ!マ゜[!g」2ロ洋C&iooqq9L・QJ y6`ム<モ・?天ぶy」
ぶつぶつとうわごとのように呟くサナの背中を突き破って、蝙蝠の羽根が生える。
邪悪な、骨ばった、悪魔の象徴。
ほぼ円形になるほど見開かれた左眼は、首から流れる血とは対照的に、鮮血のように紅い。
『ああクソ、お前も暴走かよ。ヒナといいサナといい、メンタル弱すぎだろっ』
ヒナの回りに張っていた結界が解けてしまったので、シルバが新しく張りなおす。
ヒナはまだ目覚める様子もなく、大量の涎を口から流していた。おそらく正気に戻ってはいないだろう。
「ねぇねぇ、どうやって生き返ったわけ? 教せーてよ」
黒髪の少年は半身になって剣を片手で構え、空いた手で小剣を抜いた。
サナは答えない。
額が盛り上がり、角のようなものを形作った。
いや、あれは角に他ならない。
「ねえ――」
「姚ーV楼ー*聾nEc0サセ、ーC薀」
「ぼぎゅっ」
サナがその紅い左目でじっと見つめると、少年の頭は爆散した。
体液が飛び散って、残された体が崩れ落ちる。ちょうど、先ほどのサナのように。
剣だけは落下せず、重力に逆らってふわふわと浮いていた。
「薇鈕p)ワ#醉c┏ミ4イァvNL゛雨イ椀箜ロー(コツェ」
『何が言いたいんだよ……』
何か金切り声のようなものを上げるサナの気持ちが理解できない。
精神汚染が恐ろしくて、シルバは寄生の経路すら一時的に遮断している。
シルバはまず、対処法を練るためにサナを解析した。
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サナ・グランハート 13才
種族 人間(?)
魔力 92367
アビリティ
魔法
魔眼(支配)
称号
クォーター
深窓の令嬢
殺戮機械
能面少女
特殊性癖
魔に目覚めしもの
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アブノーマル……? なんかごめん。
シルバはプライベートを踏みにじった気がして、いたたまれなくなった。
今回サナが上げていた奇声は、作成した乱数をアスキーコードに当てはめて作ったものです。作者はあまり携帯とかスマホとかに詳しくないのでよくわかりませんが、環境によって見え方が代わるかもしれません。
それではまた明日。




