第六十四話 暴食の姫君
この話から急展開があるから、一気に出したいな。
溜めて……ためて…………ああっと手が滑ったァー!
↑みたいなコントを誰もいない部屋で一人実行してる作者です。
※この回には残酷描写があります。苦手な方は次回のあらすじを見てください。
前回のあらすじ
眼球と、少女と、鳥少女がキャッキャウフフしてた。いい感じに仲良くなってるね。
「へえ、あれか。例の空島は」
雲を突いて浮かぶ大地を正面にして、少年が一人、ポケットに手を入れて佇んでいた。
彼の背には使い古された小さめのショートソードが鈍く光っており、苛ついたように点滅を繰り返している。腰のベルトに据え付けられた小さな宝石箱には傷一つなく、旅の痕跡が見られる装備の中ではひときわ異彩を放っていた。
さらさらと、草木が揺れる音。闇のように黒く長い髪を風が薙いで、黒く濁った瞳が露わになる。
蜘蛛の巣から朝露が滴り落ちた。もうすでに彼の姿は消え失せていた。
「いってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
『いや、サナ。行先くらい聞こうぜ』
ヒナが孵ってから一年ほど。
陽光が弱く浮遊大陸を照らし始めたころ、ヒナはどこかへ出かけようとしていた。
すっかり慣れた無属性魔法、念動力で空を飛び、家の屋根に手をかけている。
「そうだった。ヒナ、どこに行く気? 私たちもついていく」
「だーめ。いくとこもひみつー」
『おいおい、危ねえんじゃねえか?』
「へーきだよ。ヒナ、つよいもん」
「私は、別にいいと思う」
『おい、サナ』
「おかーさんありがとう!」
『あー、わかったよ。気を付けて行けよ』
「シルバもありがとう!」
『お父さんと呼べ』
「やだ!」
言い放つなり、ヒナはどこかへ飛び立って行ってしまった。
シルバはやれやれと、ヒナが言った方向を見やる。
全く、どうしてこうも頑なに父と呼んでくれないのだろう。嫌われるようなことをした覚えはないのだが。
ああ、反抗期か。考えるのが面倒になって、シルバは投げやりにそう結論付けた。
「シルバ、そろそろ準備する」
『あ、そうだったな。とりあえず肉を準備しねえと』
いつもなら魔法の訓練に励むところだが、今日は特別だ。なんと、ヒナが卵から孵ってからちょうど一年目の日なのである。親としては盛大に祝ってやりたい。
今日の昼頃、ヒナはちょうど満一歳となるのだ。
そして、シルバたちは彼女の誕生日パーティーの準備をしていた。
まずは、彼女とサナの好物であり、数が少ない故の贅沢品である、肉。
次に、パーティーの代名詞であるケーキ。
そして欠かせないのが、リボンと包装紙に包まれた誕生日プレゼントである。
「じゃあ、私がケーキを作る。シルバは肉を用意して」
『了解』
シルバが千里眼で視界を飛ばすのと同時に、サナは石造りのキッチンを魔法できれいに洗い流し、包丁代わりの鬼の短刀を握った。
『プレゼントは用意できてるか?』
「もちろん」
砂糖を一切使わない、フルーツの甘みを生かしたケーキには、作成者の心がたっぷりとこめられているのだ。
ヒナはあるものを取りに、森の奥深くに入っていった。
この付近で一番大きな木、その洞にそれは隠してある。
きにいってもらえるかな。よろこんでもらえるかな。
不安と期待の入り混じった面持ちで、洞から木の箱を取り出す。
中身を確認しようと簡素な蓋に手を伸ばして――
「お、悪の手下その一はっけーん。これより駆除に移りまーす」
ふいに、背後から声がした。まるで子供のような、気の抜けた声。
甲高い、硝子が割れるような音。シルバに教わった自動結界が破られると、ちょうどこんな音が鳴るなあと、心の片隅で考えた。
「えっ」
硬直が解けたヒナが振り向く。固められた魔力の残骸が瓦解する中から、鈍色の剣が振るわれた。
剣がヒナの羽を抵抗もなく通り抜けると、一瞬遅れてその部分がぼとりと落ちる。
紫色の血が、切断された翼の付け根からあふれ出した。
「あ、ぐううぅぅぅ!?」
「悪しき魔物め。このっ、このっ」
ヒナの大きな瞳が映し出した黒い髪の少年はヒナの襟首をつかんで引き倒し、獲物を剣から殺傷能力の低いナイフに持ち替えて、彼女の人間部分、白い背中を何度も刺した。
ヒナは必死で結界を張ろうとするが、少年は魔法を封じる手段――おそらく魔道具か何か――を持っているらしく、張る前に展開する魔法陣を破壊されてしまう。
少年は嗜虐的な笑みを浮かべ、どこからか三本の針を取り出すと、それぞれ両足と、切り落としていない羽に突き刺して、地面に縫い付けた。
凍えるように冷たい痛みが恐怖を呼び覚まし、怯えが歯をがちがちと鳴らす。
ころされる、いやだ、しにたくない。こんなところで。いやだ。いやだ。
やだよ、たすけてよ。おかーさん、シルバ。たすけて。
ふいに、少年が手を止めて、ヒナの耳元に顔を近づけた。
「回復魔法は使ってもいいよ。そういう魔道具だ」
溺水寸前に藁を見つけたように、ヒナは投げてよこされたその絶望に縋りついた。
シルバたちがぐちゃぐちゃに荒らされた肉片を見つけたのは、日も暮れようかという頃だった。
地面が、木が、草が、おびただしい量の血で赤く染まっている。
『ひどいな、これは』
「うん」
『吸収するぞ。いいか?』
「……ん」
サナの右眼が黒く切り替わり、血肉を吸い込んでいく。
すべてが片付くと、あとには死者の持ち物が残るのみである。
剣と、針。そして、薄汚い宝石箱。
これらはヒナを痛めつけていた少年のものだが、事情を知らないシルバたちにも、これらがヒナの持ち物ではないことはわかった。
珍しく、サナの右眼に寄生することによってできた経路から感情が伝わってくる。
身内の死体でなくて安堵するのはわかるが、それはこの状況下ではかえって悪影響になるかもしれない。
そう思って、シルバは魔力による探知で見つけた反応に向かって呼びかけた。
『ヒナ。なんで隠れてるんだ? 出て来いよ』
すると、ゆらりと、音もたてずに一匹のハーピーが姿を現した。
口周りを中心に、体中が赤黒く汚れているので、シルバは彼女がヒナであることに気づくのが遅れた。
ヒナはゆっくりと口を開く。口の中で唾液がにちゃりと糸を引いた。
「ねぇ、おかあさん」
甲高い、ガラスが割れるような音がした。
敵意を持つものを排する結界を割って破ったヒナはしゃがみ込み、サナの手を取ってじっと見つめた。
「おなかすいた」
ヒナはサナの指にかみついて、そのまま喰いちぎった。
「うま、んま」
『サナ!?』
「……問題ない」
サナは半ばから無くなった人差し指と中指を、リザレクションで再生させる。
条件さえ揃えば死人すら生き返らせる魔法を軽度の部位欠損ごときに使うことや、そもそも教えた覚えがないことを除けば、見事な対応速度である。
サナは喰いちぎられた指をバリボリと咀嚼するヒナを見据えた。
ヒナは冷たい目でこちらを見ている。あの目は、シルバたちを映していない。あれは、捕食者が獲物を見る目だ。
サナは、シルバは、認めなければならない。ヒナがシルバたちに敵対したことを。
疑似的なものとはいえ、子供と戦わなければならないことを。
シルバはヒナに向けて読心の魔眼を使う。
プライバシーをないがしろにしてしまうから、サナやヒナには使うことのなかったアビリティ。
伝わってくるヒナの思考は、ヒトというよりもむしろ、そこそこ知能の高い魔物、言ってみればゴブリンやオークに似通ったものだった。
睡眠欲を、性欲を、嗜虐的な闘争心を、そして、食欲を満たしたい。
満ち足りた気分になりたい。
そのためには。
そのためには?
食べる。
喰べて、満たされる。
食べて喰らって食して咀嚼して食って喰って喰喰る食べ食りぃぃぁああああああはははっはははははは
ぞっとして、シルバは魔眼を解いた。
続けてシルバは、ヒナに向けて解析を使う。
<個体名:ヒナ・グランハートのステータスを確認>
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ヒナ・グランハート 1才
種族 ハーピー(クイーン)
魔力 32122
アビリティ
魔法
悪食
暴食
SS
称号
ダンジョンモンスター
突然変異
無垢なる天才
覚醒者
暴食の姫君
状態:飢餓、暴走
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SS。転生者のアビリティ。特権と言い換えてもいい。
それをどうしてヒナが持っているのか。
解析は対象の情報をアカシックレコードからわずかに読み取る魔法だ。アビリティの名前はわかっても、その効能は本人にしかわからない。文字の感じから把握するしかないのである。
「喰べさせてよおぉぉ……。お腹すいたぁ」
だが、ステータスを確認して本当によかった。
状態:暴走。
ステータス画面のイメージを念話の応用でサナに送る。
『サナ、見たな? パーティーが控えてるんだ。さっさとヒナをぶっ飛ばして、元に戻すぞ。……前みたいにな』
サナのどす黒い魔力が膨れ上がって、シルバの銀色と交じり合う。
シルバがサナにかけていた身体強化魔法をより強くすると、サナは腰の短刀を抜いた。
やることがあらかた片付いたので、四章の終りくらいまではハイペースで更新できると思います。
今まで中途半端にシルバが死んで終わってたけど、今章こそ伏線を回収してみせる……!
解析は割と応用が利くので(第二十九話参照)、今回のようにステータスに状態の項目を追加させられます。状態には時間経過や魔法で治るものだけが表示されますから、時間を置けばヒナちゃんの暴走も治ります。




