第六十三話 ヒナのダイアリー
遅くなりました。音楽聞いてたら全く筆が進みませんね。反省します。
前回のあらすじ
卵からハーピーの雛が孵った。
「ヒナ」と名付けられた雛。いったいどういう風に成長するのだろうか
『あー、違う違う。念動力は無属性魔法だから、まず魔力を無属性に変換しねーと』
空を浮遊する大地の一角、湖のほとりの小さな小屋で、シルバはサナとヒナを誘って魔法の特訓をしていた。
というのも、ハーピーには腕が存在せず、本来それがあるべき部分には羽が生えているので、そのままではとても日常生活を送れない。
シルバは、ヒナに無属性魔法を教えることで、魔法を手足の代わりにさせようとしているのだ。
「ん~。こお~?」
『そうそうそんな感じ。んじゃ、次は無属性の魔力をリンゴにまとわりつかせて、持ち上げてみろ』
「えいっ」
『そうそう。って違う。魔力が風属性に戻っちまってる。もっかいだ』
「えーと、なんだっけ。もっかいおしえてっ?」
ヒナは成長し、簡単な言葉を話せるまでになったが、少し物覚えが悪いらしい。
鳥頭とでもいうべきか、先ほど教えたはずの属性変換方法をもう忘れてしまったようだ。
しかし、体を動かすセンスは抜群で、生後一か月ほどでもう、樹を伝ってターザンごっこをしている。
現在の物覚えの悪さも、言葉を覚える速さからすれば、ただの誤差でしかない。
シルバはもう一度丁寧に、属性の変換方法を教え込んでいく。
『よし、できたな? そんじゃ、思いっきり持ち上げてみろ!』
そういったシルバと、付き添いのサナはじっとリンゴを凝視するが、何も変化が起きない。
やれやれ、仕方ないな、また一から教えるか。
そう思ってシルバたちは視線を戻したが、さっきまでうんうん唸っていたヒナが、どこにもいない。
青い羽根が一枚、雑草の上に乗っているのみである。
『あれ!? ヒナ? ……ヒナ!!?』
「シルバ、上!」
「きゃははは、きゃっ、きゃっ」
見ると、はるか上空で、ヒナが八の字を描いて飛び回っていた。
まだ小さな羽をぱたぱたとせわしなく上下させているが、実際にヒナを持ち上げている力は無属性魔法の念動力だ。
ヒナは満足がいくまで空からの景色を楽しむと、急降下してサナの頭に抱き着いた。
重力による加速と魔法によって発生した力が合わさり、信じられないほどの負荷がサナの首に集中する。
身体強化がなければ成人男性でも耐えられない一撃を、サナは平然と顔面で受け止めた。
ヒナはそのまま体制を立て直し、サナの肩に足をかけ、肩車の体制になる。
サナは別としても、ヒナが重傷を負わないように直前で勢いを殺したり、誤って落ちないように柔らかな風の結界で覆うのは、シルバの役目だ。
「ねー、おかーさん。できたよ、ほめてほめてー?」
ヒナがサナの亜麻色の毛をいじりながら聞いてきたので、サナはまずヒナの青い髪を撫ぜ、そのあとほつれた自分の髪を指で梳いた。人間でいえば三歳児ほどの身体つきになったヒナの足では、サナの小さな肩からずり落ちてしまいそうなので、しっかりと足を掴んでやる。
「ヒナ、えらい。頑張った」
ヒナに名前を付けて以来、二人の仲は良好だ。今も二人、仲良くじゃれあっている。
……こういうのは父親の仕事。とサナがボソッとつぶやいたのが、シルバだけに聞こえた。
悪かったよと、念話で返した。
「わーい!」
ヒナは両翼を思い切り広げて万歳をすると、後ろに倒れこむようにしてサナの肩から降りる。頭が下に来たところで羽をうまく使って回転し、見事着地を決めて見せた。
「おかーさん、おなかすいた! おやつたべたい」
ヒナはそういうが早いか、リンゴの樹に向かってトトトト、と駆けて行った。
ヒナの食事は、全てシルバが植物魔法で生やした野菜、果物で賄っている。
生命力が強く栄養の豊富なものを選んで育てているので、たまにシカを狩るだけでここでは生活していける。これからハーピーが増えても問題はない。
「ヒナ、すごく成長が早い。このままじゃ、すぐに身長が抜かれる」
『本当にな。力をつけるのが常識外れに早い。俺の魔力で育てた影響なのか。……俺が、使い方を教えてやらねーと』
「ねぇ~、はやくー!」
ヒナが急かしている。
サナは慣れた手つきで訓練に使っていたリンゴを見物に来ていた小動物たちの前に放ると、果汁のついた親指をぺろりと舐めた。
リンゴは、風の魔法でずたずたに切り裂かれていた。
「おかーさん。まきわりおわったよ~?」
「わかった。それでさっき狩ったシカを焼く。向こうにもっていって火を点けておいて」
「はあーい」
以前よりもさらに一回り大きくなったヒナが、風魔法で切った薪を念動力で浮遊させ、羽で軽く押しながら運んでいく。積み重なった落ち葉の近くまで移動すると、落ち葉の上に薪を置いた。
一応、眼を離さないようにシルバが千里眼で視界を追従させる。
ヒナは念動力を解くと、ふう、と一息ついて、地上よりは幾ばくか近い空を眺めた。
風が吹くたびに、ざあざあと枯れ葉がこすれる音がして、緑を失った葉が落ちていく。
紅葉にしては少し早い。原因は、急激な気温変化と気候変動によるもので、どちらも高度の上昇が引き起こした現象である。もう少し寒くなれば、雪も降るだろう。
当然、生態系も変化していく。あと何十年かすれば、ここは寒さに強い常緑樹である針葉樹林へと変わる。今ある各種フルーツの樹は淘汰されてしまうだろうから、軽く遺伝子を弄らなければならない。
シルバはこれからの面倒な作業に、心の中でため息をついた。
過ぎゆく季節を追いかけるように、ヒナはぐんぐんと成長している。
魔物はもともと、弱肉強食のダンジョンで生き残るために著しい成長を見せるが、ヒナはさらに早い。
彼女は生まれて数ヶ月でもう、体が十歳程度まで成長しているのである。このままいくと、一年もたたずに体は成熟することになるだろう。
一方で、精神面ではまだまだ幼い。彼女は隣にサナとシルバがいないと眠ることができないし、言動もまたせいぜいが五歳児程度のものだ。肉体と精神が合致していないのである。
さらに目につくのは、魔法制御能力の能力の欠如だ。念動力で空を飛び回れるようになったのは良いが、加減がまるでなっていない。よく樹に衝突しては、幹を突き破ってコロコロと笑うさまは、子供に包丁を持たせたようで、正直危なっかしくて仕方がない。いつか包丁の切っ先を自分自身に向けてしまうのではないかと気が気ではないのである。
日々の魔法の特訓により魔力の探知ができるヒナは、シルバが千里眼で作った視点のほうへ目を向けた。
「ねーえー、しるばー。まきもやしていい?」
『ヒナじゃあ加減が聞かねえし、俺がやるよ』
「よーし、ふぁいあー!」
『あ、ちょっと待っ――』
ヒナは薪に羽の先を向けると、火の魔法を打ち出した。
まばゆい光が飛んでいき、着弾。爆発炎上する。
その威力たるや木の幹がびりびりと震えるほどで、薪は炭化し、間もなくぼろぼろと崩れた。
「……てへっ」
『てへっ、じゃねええええぇ!』
薪は、決して広くない浮遊大陸では貴重な資源だ。
いくら火魔法を使えるとはいえ、魔法は集中力を必要とするため持続的に使うには適さないし、それをカバーするための魔道具もない。
故に日々の生活に使う火は薪に頼らざるを得ないのだが、薪は毎日使うにはあまりに少なく、贅沢品なのである。資源であると言い換えてもいい。
それをヒナは、こともあろうに火魔法で燃やし尽くしたのだ。
それに、安全面での問題もある。
爆発で石などが飛んだりして、眼に当たっては危ない。
その旨を軽く叱っておく。
「えへへー」
ヒナは反省する風もなく、シルバが叱るのを面白がって聞いているようだ。
全く、これだから。
先ほどもそうだ。「てへ」で誤魔化せるとでも思っているのか。
……「てへ」が可愛かったのは認めるが。
案外、この子は見た目より賢く、あざといのかもしれない。
『だいたい、なんで俺のことは「しるば」で、サナのことは「おかーさん」なんだよ。俺のことも――』
「あ、ちょうちょだ! まて~」
最後まで話を聞かず、ヒナは目の前を通った蛾を追いかけて走って行ってしまう。
呼び止めようとして、やめる。
別に今はいいか。そう思った。
まだ生まれて数ヶ月。いくら成長が早いとはいえ、ヒナは子供なのだ。
だから、シルバは奔放なヒナのわんぱくに付き合ってやることにする。
きっと、大人になったらお父さん臭い、とか言われるのだ。今のうちに可愛がっておきたい。
『ヒナ、それ蝶じゃなくて蛾だぞ、蛾』
「が~? だがしかーし!」
意味がわからない。
ヒナは羽をパタパタさせて、くるりと一回転した。柔らかな風が巻き起こされる。
『あーもうなんでもいいや。……こういう時はな、風魔法で見えない網を作んだよ、まずはこうして――』
「うんうん」
シルバが薪をほったらかしにしていることと、サナの冷たい視線に気づくのは、このすぐ後のことである。
ヒナは奔放な性格になりました。
書いてて快いキャラにした結果です。




