第六十二話 ヒナの名前は
ハイどうも久しぶりです。
一週間と二日ぶりですか。お待たせしました。
睡眠時間を削って書いていますので、目をこすっている作者です。
誤字脱字なんかがあるかもしれませんから、見つけたら報告よろしくお願いします。
そろそろ三章のお話が動きます。楽しみにしていてください。
前回までのあらすじ
浮遊大陸でダンジョンを経営していくことになってしまったシルバたち。
DP不足解消のため、ハーピーを養殖する計画を思いつくが……。
「ぴぃ!」
早朝。元気のいい鳴き声に、サナが目を覚ました。
考えごとをしていたシルバの視線が、サナの意志で音の発生源に向けられる。
そこには、青い羽を持つ、小さなハーピーがいた。
サイズは赤ん坊よりも少し小さいくらい。濃い水色の髪はふんわりとしており、触ると気持ちがよさそうだ。
基本的な形態は人と変わらない彼女だが、本来手があるべき部分は青い翼に置き換わっており、足は鳥類特有の滑らかな鱗に覆われている。
可憐な少女の顔で、小柄なハーピーの雛はもう一度、ぴぃと鳴いて笑った。
粉々に爆散した殻を踏んで、トテトテと走ってくる。
サナが手をそちらに伸ばすと、雛は指に顔をこすりつけた。スンスンとにおいを嗅いでいる。
「シルバ、見て、生まれてる」
『ああ、そうだな』
「ぴぃっ」
「どうして起こしてくれなかった? 孵化を一緒に見る約束」
『いやー、半日くらいかかるって聞いてたからな。まさか一瞬で――』
「問答無用。成敗する」
『理不尽!?』
「ぴぃぴぃ」
「てやー」
そういって、サナは雛のほうへ差し出したのとは反対側の手の指を、右眼に突き刺す真似をした。
もちろん、真似だけである。
サナは、ハーピーが生まれてくるのを楽しみにしていた。
孵化を見逃したのを残念に思っているようだが、冗談を言うくらいだ。怒っているわけではなさそうである。
精神状態もだいぶ良くなってきたし、小動物と触れ合えば、笑った顔が見られそうだな。
サナに寄生することでつながった経路から、豊かな感情が流れ込んでくるのを感じて、シルバがそう思った時だった。
ガリッ。
まるで肉食動物が獲物の肉を食いちぎったような音がした。
見れば、ハーピーの雛がサナの指をがりがりと、笑顔で、キュウリでも齧るかのように銜えている。
血が出ていた。
「ぴー?」
「んっ」
「びっ!?」
サナは反射的に指を思い切り振って雛を引きはがすと、結界で作った立方体の中に封じ込めた。
シルバが指を癒そうとするが、損傷が激しい。リザレクションを使う羽目になる。
サナは異世界のシューズでがん、と立方体を踏みつけると、言った。
「シルバ。どうする? これ」
『ど、どうするんだろうな』
「ぴぃ、ぴぃぃ!?」
雛は「助けて!」と言わんばかりの視線をシルバに向けてくる。
サナに寄生して、傍目からはそれとわからないはずのシルバに向かってだ。
両目ともに、まっすぐシルバを見つめている。
この雛はシルバのことを認識できているのだろうか。
観察力に優れたサナはそれに気づいたようで、ハーピーの雛を凝視する。
雛は視線をシルバから外し、サナを見て、「あっかんべー」をした。
サナは顔をピクリとも動かさず、しかし確かな怒りをもって、雛を封じた立方体を蹴り飛ばした。
雛は立方体の中で、バタバタと暴れている。
『お、落ち着けって。雛もだ』
シルバが念話で雛に伝えると、雛は暴れるのをやめた。
「どうしてシルバだけ」
サナがぽつりと呟いた。
雛はちょこんと正座している。
サナは座り込んで、うつむいた。
実を言うと、シルバには心当たりがあった。
本来の孵化には、親が卵の上に覆いかぶさって温める、いわゆる抱卵が必要だ。
しかし、モンスターの生態は動物のそれとはまったく異なるため、孵化には抱卵を必要としない。
ただ、一部の鳥系モンスターには抱卵行為が確認されており、不思議に思ってモンスターを卵ごと捕獲したダンジョン研究家たちによって、その理由も明らかにされている。
抱卵が行われて孵化したモンスターは、通常のモンスターに比べて、知能、魔力、身体能力、成長速度から寿命に至るまで、あらゆる面で優れていた。
さらに、その効果が温度にかかわらず、卵の周囲を覆っていた魔力の濃度によって上下することも証明されている。
だから、ハーピーの知能の低さを少しでも改善させるため、シルバは卵が孵るまでの間、卵の周囲を自らの魔力で覆っていた。
問題はここからだ。
抱卵されて孵ったモンスターは親に追従する素振りを見せたが、ひとりでに孵ったモンスターは親の元へ帰しても、研究者のほうへと戻っていったらしい。
これは鳥と同じように、最初に見た生き物を親であると認識しているからであると結論付けられたが、そうではなかったとしたら。
卵だったとき、一番身近だった魔力に感応しているのだとしたら。
「……」
『大丈夫か、サナ? その傷は』
「……」
『すまん、ヒナが魔力を覚えて、サナを除いて俺だけを親だと思ったらしい』
「……」
『怒ってる……よな。なんだかんだで楽しみにしてたし。サナに魔力の補充係を任せりゃよかった』
「……」
『サナ、さすがになんか言ってくんねえと、お前が何考えてるかわかんねえよ』
「……ZZZ」
『寝てんのかよ!? どのタイミングから!?』
まだ朝焼けが始まったばかりの時間帯だ。眠くなるのも無理はない。
おまけに、魔法による回復はとても心地よい。指を治したことが止めになったのだろう。
サナは早くも熟睡しており、起こすのが躊躇われた。
仕方ねえな、こいつの名前でも考えといてやるか。
シルバは、サナが寝たことによって結界が解除され、一息ついている雛のほうを見て、そう思った。
朝。今度こそサナが目を覚ました。
早速、名前のことで言い争いになっている。
『よし、サナ。こいつの名前はフリューにしよう』
「何言ってる? ピーコのほうが絶対にいい」
『いいや、これだけは絶対に譲れねえ。フリューだ』
「そんな男っぽい名前より、女の子らしいピーコがいい」
『フリューだ』
「ピーコ」
『そんなに言うなら、当の本人に決めてもらおうじゃねえか。な、フリュー?』
「あなたの名前はピーコ。これは決定事項」
振り向くと、当の本人(本鳥?)は木の枝にじゃれついて遊んでいた。
なんとも微笑ましい光景だが、シルバとサナの二人にはそうは映らない。
ただ、どちらの名前にも反応しなかったという事実が残るだけだ。
ならばと、シルバは次々と思いついた名前を挙げていく。
『フローン!』
「ピーコ」
『ハピ!』
「ピーコ」
『ハ、ハルジオン!』
「ピーコ」
『えーと、サンアンドレアス!』
「ピーコ」
『ブレねえなピーコ!?』
「名前は大切なもの。コロコロ変えても気持ちがこもらない」
『うっ』
ノックアウトされたシルバをよそに、サナは「ピーコ」コールを続ける。
枝にじゃれつくのをやめた雛が、「何してるの? へんなのー」という顔をしている。
『名前だって認識されねえようじゃ意味ねえんじゃねえか?』
「むぅ」
シルバの指摘に、サナも口をつぐむ。
そのとき、サナの腹部が、かわいらしい音を立てた。
そういえば、朝食をまだとっていなかったことに気づく。
これは一大事だ。サナは老化が停止したとはいえ年齢的にまだ子供である。健康のために、早寝、早起き、朝ご飯を欠かすことは出来ない。
それに、今日は食欲旺盛なハーピーも一緒である。
「シルバ、おなかすいた」
『あいよ、ちょっと待ってろ』
シルバが魔法で小屋の外から運んできたものは、赤く熟れた二つのリンゴだった。
植物魔法で生やしたリンゴの樹から採ったものだ。
サナが少し伸びてきた髪を耳の後ろにかけて、小さな口でリンゴを頬張ると、思わず頬に手を添える。
魔力を十分に注いだ樹に実る果実はとても甘い。サナは今、舌がとろけそうになっているだろう。
ハーピーの雛もサナの真似をして、口を目いっぱい開けて、自分と同じくらいの大きさのリンゴに齧りつく。
雛は生まれて初めて感じる「味」に目を白黒させたかと思うと、すさまじい勢いでリンゴを平らげていく。
ハーピーは悪食、かつ大喰らいであり、一匹のハーピーが木を丸々一本食べてしまったという逸話がある。
事前情報としては知っていたが、雛の小さな胃袋に、その倍は大きいリンゴが消えていくのを実際に見てみると、奇妙なものを感じる。
『ハーピーとはいえ、卵から孵ったばかりの雛がそんなに食って、大丈夫か?』
「ぴぃっ!」
雛は元気よく返事をした。
「あれ、返事」
『したな。ハーピーって単語に反応したのか?』
「ハーピー」
サナが呼んでも、雛はこちらを一瞥もせずに、窓から入ってきた蝶々を追いかけていた。追いかけようとして、小さな羽をばたつかせている。
気まぐれなものだ。もしかしたら、先ほども気まぐれに返事をしただけかもしれない。
『だめだな、こりゃ』
「こいつはまだ雛。気長に待つ」
「ぴぃ?」
ふいに、雛はこちらを向いた。じっとサナを見ている。
サナはその視線に気が付いて、じっと雛を見返している。
ふと何を思ったか、サナはこういった。
「……おいで、ヒナ」
「ぴぃっ」
雛――ヒナは、サナの差し出した手に駆け寄っていき、その手のひらによじ登った。
雛の名前が、ヒナに決まった瞬間である。
『ええ、なんだそりゃ』
言いつつもシルバは、サナの腕をよじ登っているヒナのために、こっそり風魔法で地面すれすれに空気のクッションを敷いてやる。
ひらひらとそこらじゅうを飛び回っていた蝶々は、窓際にとまって一時、羽を休めた。
THE☆日常回です。戦闘回より仕上がりは遅いですが、書いていて楽しいんですよ、これが。




