第六十話 浮遊のロマンとダンジョンズアイ
前回のあらすじ
迷宮の名前を決めた。
シルバが師匠の下で魔法を学んでいた頃。
師匠が召還魔法の実演でランダムにモノを召還したところ、異世界から片面が銀色に光る円盤と、それを読み込んで映像を流す機械を召還したことがあった。
機械に映し出される映像を、興奮して食い入るように見つめる師匠。
召還魔法を教えろとせがんでも、「そんななにが呼ばれるかもわかんねえ不完全なもんより、これ見たほうがためになるだろ! 超名作だぜ!?」とご高説を垂れるばかりである。
実際に見てみた。
少年と少女が突飛な出会いを果たすところから物語が始まり、謎の組織から逃げ回るうち、空中に浮かぶ城にたどり着いて悪役の野望を阻止するという、王道のストーリー。
泣いた。普段の仲の悪さを忘れて師匠と抱き合い、興奮して叫んだ。
その話に限った事ではない。空島の類は数々の物語で登場し、冒険され、そのたびにシルバを興奮させる。
掻き立てられる好奇心に、理屈などない。
強いて言うなら、「飛んでいるから」である。
そう。空島は男のロマンなのだ。
『さて、進化するか』
魔眼の迷宮の中心部。
ダンジョンコアのある湖には、夜空を背景にして美しい満月が映し出されている。
その完璧な円形を一望できる場所に、石でできた真新しい小屋が建っていた。
小屋の窓から差し込む月明かりが、壁にもたれこむようにして眠るサナの横顔を照らす。
その端正な顔立ちにおいて、左目は閉じ、右目だけ開いている様は、まるでウインクでもしているようで、そのテの特殊性癖の方々が簡単に見とれてしまいそうな妖艶さがあった。
サナが眠りにつくまでぼうっと考え事をしていたシルバは、主導権の移ったまぶたを開いたり閉じたりしながら、魔法で作った第二の視点でサナの様子を伺う。
――サナ、座って寝る癖がついちまってんな。
そう思いつつも、シルバは魔力を高めていく。
進化の条件を満たしたようなので、早速進化しようと試みているのだ。
まずは、もはや恒例となりつつあるステータスの解析を行う。
<ステータスを確認>
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シルバ 0才
種族 インクリースアイ(進化可能)
魔力 172352
妖気 689
アビリティ
転生(転生数3)
魔法
妖術
進化
魔眼(精霊視)
通知
魔眼(吸収)
寄生
魔眼(傀儡)
不眠
魔眼(読心)
魔眼(増殖)
迷宮
称号
転生者
義眼
臆病者
声優
ダンジョンマスター
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遂に魔力が十万を越えた。十万と言えば、魔王軍の幹部クラスである。
弱体化していたとはいえ、魔王にこんな魔力で立ち向かう事が出来たのはシルバの魔法の技術と、アビリティ、そして、サナの存在が大きい。
念話を頻繁に使用しているからだろうか、妖気も二倍近く伸びている。
感覚的には理解できているが、アビリティ「迷宮」の知識も入ってきた。
「迷宮」は、ダンジョンを作成し、管理する能力である。
ダンジョンの中で息絶えた命はそのままダンジョンに喰われ、糧にされる。
そうして得た魔力を基にして、ダンジョンの強化を行う事が出来るのだ。
もう確認は良いだろう。
シルバが進化を念じると、過剰な光と共に、進化が始まった。
<進化を開始>
<取得アビリティが魔眼(精霊視)及び魔眼(読心)と融合>
<上位アビリティを取得>
――光が収まったので、ステータスをもう一度確認する。
<ステータスを確認>
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シルバ 0才
種族 ダンジョンズアイ
魔力 72059
妖気 689
アビリティ
転生(転生数3)
魔法
妖術
進化
通知
魔眼(吸収)
寄生
魔眼(傀儡)
不眠
魔眼(増殖)
迷宮
心眼
称号
転生者
義眼
臆病者
声優
ダンジョンマスター
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心眼。
三つのアビリティが合わさって出来た能力。
効果は、霊やその他不可視のものを視る力と、読心、そして、全方位の視野だ。
全て別々にオンオフが利くらしい。
と言うわけで、実際に試してみた。
霊視は近くに精霊などがいないので、とりあえずオンにするだけにとどめる。
読心は使っていたこともあるので、試す必要は無いし、そもそも試す対象がいない。
必然的に、今出来る事は全方位の視野をオンにして周囲を見渡す事のみとなる。
シルバの僅かな思念を察知して、アビリティが発動する。
すると、視野が一気に広がり、それに伴って大量の情報が流れ込んできた。
強烈な負荷に、シルバは堪らず全方位視野をオフに切り替える。
人は視界にあるもの全てを見ているようで、実はそうではない。
視線を一切動かさずに本を読むのに慣れが必要なことからわかるように、視界の隅に向かうにつれてその解像度は低くなる。
しかし当たり前のことだが、全方位の視野には隅など存在しない。
スライムだった頃に分裂と言うアビリティを持っていたが、それとは比べ物にならない負荷だった。
使うのは控えたほうが良いのかも知れない。
まあ、いまさら強くなったところで、当分はまともに戦わねえんだろうけどな。とシルバは思う。
ダンジョンマスターとなった以上、戦うとしてもダンジョンモンスターをけしかけたり、罠にはめたりといった戦法を駆使する事が多くなるだろうからだ。
……まあもっとも、サナがそんなまだるっこしい手段をとるとも思えなかったが。
とにかく、何にしろ。
『暇だ……』
不眠ゆえに眠る事が出来ないし、その必要も無い。
アビリティの検証が思ったより早く終わってしまったシルバは一人、ダンジョンマスターメニューを弄り始めた。
ダンジョン拡張の項目を開いてみる。DPを消費してダンジョンを拡張する以外に、ダンジョンの環境を変更する事もできるようだった。
ふいに、変更可能な環境のうちの一つにシルバの目が留まった。
「何か申し開きは?」
『ごめんなさい』
早朝から重苦しい空気に包まれた小屋に、シュガッ、という切削音のような音が響いた。
驚いて音のしたほうを見れば、昨夜DPで作成された頑強なはずの建造物の壁に、くっきりと小さな拳の跡が出来ている。サナがパッパと手の甲を払った。
大丈夫だいじょうぶダイジョウブこいつは激怒するようなタマじゃない、と呪文のように繰り返しているシルバを他所に、サナはその身からどす黒い魔力を立ち上らせる。
煤のように生まれては空気中で掻き消えていく魔力は、恐ろしい魔王のそれである。
その闇のような魔力の向こう側で、怒りを表現するかのように赤くなった目がぼうっと光っていた。
まるで、闇に呑み込まれたラスボスのような威圧感である。
シルバはちらりと、開きっぱなしになったメニューを見やった。
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名前 :魔眼の迷宮
タイプ:侵食・天空複合型
DP :3
・ダンジョン管理
・内部確認
・その他
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DP:3。
一晩でシルバたちの生命線とも言えるDPがごそっと減ってしまったのには、深い深い理由があった。
『サナ、落ち着けっ。俺にだって悪気があったわけじゃねえんだ!』
「嘘。DPを殆ど全部使って浮遊大陸を買うのは、悪気以外の何物でもない」
『すいませんでしたっ!』
シルバは氷で等身大のシルバ(人型)の像を作ると、そのまま土下座させた。
髪の毛の一本一本に至るまで緻密に作りこまれた芸術品が土下座している様は、技術の無駄遣いも甚だしい光景である。
サナが少し引いたのを見て、畳み掛けるように言い訳に移る。
「意識を向ける」と言うやり方でメニューを操作するのは、誤入力の恐れがあるため、シルバは視線と瞬きでの操作に設定を変更した。
そして昨夜、偶然にも浮遊大陸の文字を見つけたシルバは、思わず購入ボタンを凝視して葛藤。目を閉じてじっくりと自分の心と相談し、我慢する事を決めて再び目を開くと既に購入済だったのである。
『いやあ、不思議だよなあ』
「ふっ」
『うぃっ!?』
サナがくらわせた眼球へのデコピンに、シルバが悲鳴を上げる。
感覚がつながっている以上サナも痛みを感じているはずなのだが、全くそんな気配はない。
痛覚がないわけではなさそうなのだが……。
「……もういい。とりあえず、現状を打破する事を考える」
デコピンならぬ眼球ピン(語呂悪い)で多少は溜飲が下がったのか、サナは石で出来たドアを蹴り開けて外に出ると、魔法で強化した脚力を以って垂直に飛び上がった。
風を切る音と、浮遊感。
周辺に生えている木の何倍もの高さまで飛び上がると、サナ達のいる樹海が一望できた。
ただしその先に広がっていた平原の代わりに、本来は頭上で浮いているはずの雲が見える。
千里眼の魔法で昨夜までシルバたちがいたところを覗くと、まるで隕石が落ちたかのように大地が大きく抉れていた。その真上には、巨大な影が。
さらに千里眼の視点を移動させ、巨大な影の横に持ってくると、それが浮遊する大地である事がわかる。
むき出しの岩肌には見えない力が働いているのか、崩れることはない。
下端部を雲が掠めていく姿を魔導具で写真にして挿絵として貼り付けても、十分童話のワンシーンとして通用しそうである。
だがしかし。
シルバはロマンを感じるより先に、今後の心配をしてしまうのだった。
・ダンジョンズアイ
ダンジョンマスターとなった邪眼族が進化可能。
取得アビリティは「邪視(包囲)」
・心眼
魔眼、邪視を問わず、視覚系アビリティ(霊視、読心、包囲)が融合する事で入手。
お読みいただきありがとうございます。




