第六話 かりめん
リエナ・ハルクは、実家に続く林道を一人、トボトボと歩いていた。
シルバも不老不死が目当てだった。
そのことが、リエナを深く絶望させていた。
林を抜け、広い丘に出る。夕日でほんのり橙色に染まった草が、風でさわさわと揺れ動く。
幻想的な光景を、リエナは重い足取りで歩いてゆく。
丘の上に上がると、谷の向こうにに町が見えた。
あれは獣人の町ではない。人間の暮らす町だ。深い谷によって隔てられた、こちらとは別の世界。
人間の町を見ると、不老不死を求めてリエナの母をなぶり殺しにした人間の姿が思い浮かぶ。
リエナが母を亡くしたのは、九歳の頃だ。
ハルク家の本拠地は山の頂に存在するため、活発だったリエナはよく麓で母と一緒に遊んでいた。
母は優しかった。よくリエルドに隠れてチョコレートをくれるし、忙しいのに時間を割いて一緒に遊んでくれる。
リエナは、そんな母が大好きだった。
その日も、いつものように母と二人、楽しく遊んでいた。
ボールをラケットで打ち合ったり、地面に絵をかいたりする。そして休憩をとったあと、普段仕舞っている不死鳥の羽を広げ、大空を飛び回るのだ。
翼が風を受ける感覚が、とても心地よい。風になった気分だ。
「たのしい?」
母がリエナにそう聞いてきた。
リエナはうん、と答えようとする――
――母の体が、地上から伸びた一筋の閃光に貫かれた。
「うっ!?」
母の顔は動揺に染まっていた。
ここは獣人国の領地である。貴族の位にある不死鳥族を襲うものなどいないはずだった。
翼を持たない人間には国境の谷を越えられない。
閃光は物理魔法のようで、再生できないように棘の形に留まり続け、通常のように霧散することはない。
明らかに自分たちを狙っている。
そう判断した母は、追撃に放たれた第二、第三の閃光を弾き、体に刺さった光の棘を強引に引き抜いた。
傷口がふさがっていく。傷が消え去ると同時に、母は手からどす黒い炎――煉獄を、閃光が飛んできた方向に撃ち出す。
「リエナ! 逃げなさい!」
荒い息でそう言いながら、母はリエナと自分に向かってくる水の槍を片っ端から叩き落した。が、捌ききれず、今度は肩に被弾する。えぐれた肩はすぐに再生するが、また息が荒くなった。
再生には体力が必要だ。効率は再生するたびに上がっていくが、非戦闘員である母では、再生の規模は小さい。
「お母さん!」
リエナは心配の声をあげる。
「いいから早く!!」
リエナは母のここまで切羽詰まった声を聞いたことがなかった。
それが母が本気だということを嫌でもわからせる。
「わあああああああ!!」
リエナは飛ぶ。不死鳥族の本拠地へ。
だが、それを見逃すほど敵も甘くない。
リエナに放たれた魔法群を、母が身を挺して受け止める。
「リエナ、愛してるわ……」
その言葉がリエナが聞いた、母の最期の言葉だった。
リエルドに事情を説明し、リエルドと精鋭を引き連れてきたリエナを待っていたのは、体のあちこちが欠損し息絶えた母の亡骸と、切り出した欠損部位を眺めて上機嫌に笑う男だった。
彼は人間だった。感覚的に理解出来るのだ。同族か、そうでないかを。
獣人は人として見られていない。
毛皮の美しい種族は服に加工され、頑丈な種族は武器や防具へと姿を変える。
獣人は人間にとって良き「素材」なのだ。
男はすぐに捕まり、尋問を受けた。
男は人間の中でも上位の冒険者で、土魔法で橋を架けて侵入したようだ。
彼が言うには、不死鳥の素材はいい薬になり、部位によっては不老不死の妙薬になると言われているらしい。
リエナは、首をはねられる寸前までへらへらと笑っていた男の顔を、忘れることができなかった。
リエナはため息をつく。
せっかく忘れかけていた辛い過去が、シルバの一言がきっかけで蘇ってくる。
不老不死。
不死鳥族にも宿らなかったその力を、不死鳥族から手に入れられるはずもないのに。
リエナのシルバに対する好感度は、ほぼゼロに戻っていた。
リエナは嬉しかったのだ。実家の侍女のような事務的な反応でもなく、リエルドのような甘やかし切った反応でもない。憎まれ口に憎まれ口で返してくるような対応が。
母が死んでから友人どころか、身内としか話ができず、外出にも厳しい制限がかかっていたリエナにとって、シルバとの付き合いは新鮮で楽しいものだった。本人はどう思っているかはわからないが。
そのシルバも、リエナを「素材」として見ていた。
不老不死のための。
リエナは陰鬱な気分で歩き続ける。
気づけば、いつの間にか平原に出ていた。背の高い草が、道の脇に生えている。
道端の石を蹴っ飛ばす。案外これが楽しいものだ。リエナの足にはじかれた石は、放物線を描きながら飛んでいき、背の高い草の中に消えていった。
「イテッ」
「あ、馬鹿! 声を出すな!」
草がしゃべった。
リエナは瞳に驚愕と困惑の色を宿して、声がした方を注意深く観察する。
「くそっ。こうなりゃここで仕留めてやる!」
そう言って出てきたのは、数人の男たちだった。
何の獣人だろう。リエナは小さなこぶしを構える。この程度の人数、武術を極めたリエナなら瞬殺だ。
自分が強ければ母は死ななかったかもしれない。逃げられたかもしれない。
そんな思いで学んだ武術は、リエナに確かな実力を与えていた。
足にぐっと力を籠める。
そのとき、リエナを妙な感覚が襲った。
同時に理解する。
人間だ。
母の亡骸が、切り裂かれた肉体が、あの男の狂った笑みがフラッシュバックする。
植え付けられたトラウマが、リエナの体から力を奪っていく。
「あ……ああ……」
立っていることができなくなり、その場にぺたんと座り込む。
「おい! 獣人はおっとろしいなんて言うから警戒してたのに。こいつ泣いてるぜ?」
「違えねえ! さっさと持って帰って捌くなり奴隷にするなりするぞ!」
下品な言葉づかいで、リエナの使い道を決めている人間たちを前に、リエナの足はピクリとも動いてくれない。
強くなったつもりだった。人間などには負けないつもりだった。
しかし、現実はこのざまだ。
怖い。怖い怖い怖い。
リエナの頭頂部から爪先までを混じりっ気のない恐怖が駆け巡る。
「よし、とりあえず町に戻るか!」
そう言ってリーダー格の男が取り出したのは、判のような物だった。だが、教養として知識を叩き込まれたリエナは、あれが何なのかわかる。わかってしまう。
隷属の紋。
それが判の正体だ。
隷属の紋を刻まれたが最後、一生奴隷として働かなければならない。
これを押されそうになったら全力で逃げるようにと教えられていた。
だが、腰が抜けて逃げられない。
隷属の紋を持った男が近づいてくる。
極限の中でリエナが思い浮かべたのは、なぜかシルバの顔だった。
紋がリエナの首筋に刻まれようとした、その時だった。
「仮免ライダーきーっく」
間の抜けた声とともに、何かが飛んできた。
今まさに紋を押そうとしていたリーダーが、おはじきの要領で吹っ飛ばされる。
哀れなリーダーは、飛ばされた勢いで顔面を地に叩き付けた。
「よう。大丈夫か?」
二週間、毎日のように聞いてきた声に、リエナは顔を上げる。
シルバが、そこに立っていた。
用語解説:物理魔法
実体のある魔法。手で触れる事が出来、剣にしたり盾にしたり拘束したり。土魔法に多い。
対義語として、実体を持たず、エネルギーのみで構成された特殊魔法がある。これは火魔法が多い。