第五十九話 併合と魔眼の迷宮
前回のあらすじ
ダンジョン建設予定地にいた不審者、ゴリアス。
彼はなんと、シルバを転生させた神と知り合いだと言う。
サナに魔石を託して去っていった彼の思惑は……?
ダンジョンを作るとき、まず最初に行う作業がダンジョンコアの選定だ。
自然迷宮では適当な石ころがコアになることがほとんどだが、それでは魔力の伝導率が低いし、ダンジョンコアの保有する魔力を表すDPが、初期からゼロに近いものとなってしまう。
だから、魔力をある程度保有しており、魔力の伝導率が高い魔石が一番都合が良いのだが……。
『道化め。あいつ絶対知ってて魔石がないとこに送り込みやがったな』
シルバは自分で選んだことや確認不足を棚に上げて、プンスカと怒っていた。
サナは興味なさげに、黙々と長めの木の棒で湖のほとりにがりがりと何かを書き込んでいる。
やがて一つの巨大な幾何学模様が出来上がると、サナはその中央にゴリアスからもらった魔石を一つ置いた。
『さっきから何やってんだ? サナ』
「ダンジョンの準備」
脳内の知識を引っ張り出すと、確かに、”ダンジョンコアの作り方”という項目にこの模様が記載されていた。
これはどうやら、物質をダンジョンコアに変える魔法陣のようだ。
『んじゃあ、これで準備は終わったわけだな。あとはこいつを起動するだけだ』
「何言ってる? まだシルバの分ができてない」
『いや、俺のはいいんだよ』
そういうと、シルバは魔力を練り上げ――空いているスペースがなかったので、湖面上に――サナが木の枝で描いたものと全く同じ魔法陣を形成した。
サナが木の枝で書いていたものはただの線で、魔法陣の形に魔力を形成する下書きでしかない。
ある程度熟練すると、いきなり魔力から魔法陣を組み立てられるようになるのである。
一瞬で出来上がった白銀に光る魔法陣を見て、サナは表情こそ変えなかったが、少し拗ねたようだった。
「……むぅ」
サナは上げた片足に魔力を込め、踏みつけるようにして足元の魔法陣に魔力を流し込むと、もう一つの魔石をシルバが展開した魔法陣に放り込む。
放られた魔石は水には沈まず、湖面すれすれでふわりと静止した。
サナが書いた魔法陣の魔石も、サナのお腹くらいの高さまで浮かび上がる。
<ダンジョンコアの生成を確認。コード92BB:天空型ダンジョンとしてシステムに登録>
<ダンジョンマスター権限を獲得。ダンジョンマスターメニューを使用可能。更に、進化先の追加>
<アビリティ:不老を獲得>
<隣接するダンジョン、コード92BCとの競合に敗北。支配領域を上空、並びにマスターの周囲十メートル以内に限定>
<個体名シルバが進化に必要な条件を全て達成>
<ダンジョンマスターメニューを表示>
――――――――――――――――――――――――
名前 :シルバの迷宮(仮)
タイプ:天空型
DP :8507
・ダンジョン管理
・内部確認
・その他
――――――――――――――――――――――――
畳み掛けるように通知が来ると、解析とよく似たウインドウが開いた。
ためしにダンジョン管理に意識を向けてみると別のウインドウが開き、
――――――――――――――――――――――――
・設置
・拡張
・撤去
――――――――――――――――――――――――
とだけ表示される。
更に「設置」に意識を向けると、鳥系統のモンスターが羅列されたリストが表示される。
名前の横には戦闘能力や危険度、知能、必要DPなどの各種パラメータが表示されており、下へ下へとリストをスクロールしていくと、ダンジョンコアになった魔石の持ち主だったプテルオードンを見つけた。
その必要DPは約六十万。とても手が出ない。
プテルオードンから下には植物系や邪眼系のモンスターが並んでいたが、他のモンスターは存在しなかった。
サナのメニューなら、また違ったモンスターを生み出すことが出来るのだろうか。
そのサナはと言うと、中空に向かってものすごい速さで指を走らせていた。
ウインドウは原則自分にしか見えないのだろうが、傍から見ると少し怖い。
サナがメニューを弄る指を止めてすぐ、シルバの視界を文字列が通り過ぎていった。
確か内容は……。
『ダンジョンの併合?』
「そう。生み出せるモンスターの種類が増えるから、便利」
シルバはあわてて脳内を精査した。「ダンジョンの改変」の知識から必要なものを引っ張り出してくる。
――ダンジョンマスター同士で戦って、負けちゃったときはダンジョンの併合を申し込もう。君は殺されなくて済むし、相手は君のダンジョンとDPが手に入る上に、ダンジョンの特性を吸収できるから、断られる事はほとんどないぞ! しかも、相手によってはダンジョンマスターの権限をそのまま残しておいてくれるかもしれないんだ。レッツ負け犬人生!
本来はダンジョンマスター同士の争いで負けた際の命乞いの手段として用いられるようだが、裏切りを考慮に入れなければわざと傘下に入り、お互いのダンジョンの特性を利用する事も出来るらしい。
問題は裏切りによって特性のみを奪われ、殺される可能性だが、……サナは共にダンジョンを踏破した仲間であり、「友達」だ。心配はいらない。
当然、シルバに裏切る気は無かった。
心地よい木々のざわめきを感じながら、シルバは視線でメニューを操作し、併合を受け入れる。
直後、サナのダンジョンコアが小さく揺れると、シルバのコアに一直線に向かい、衝突した。
混ざり合い、溶け合っていく二つの宝玉。
数秒後には、湖上にはひときわ大きくなったダンジョンコアが浮いていた。
<ダンジョン名:サナの迷宮を親とするダンジョンの併合を確認。DP、領域、及び設置可能なモンスターを統合。併合に伴い、ダンジョン名が未設定に変化。ダンジョンの名称の変更を推奨>
これで、二人(一人と一個?)は運命共同体となった。
ダンジョンコアが壊されようものなら二人は同時に死亡してしまう。
死のリスクが軽いシルバとは違い、サナは死ねば「終わり」だ。
『これでいいんだな?』
「ん」
これでいいのか。
その意味を知ってか知らずか、頷いたサナはダンジョンマスターメニューを開き、いくつか操作を行った。
<ダンジョン名の変更を確認。旧:未設定/新:魔眼の迷宮>
魔眼の迷宮。
サナが考えたダンジョンの名前。
悪くはない。だが。
『これ、サナの要素入ってねえんじゃねえか?』
「それは違う。私のアイデンティティは、魔眼そのもの」
『いや、もっと他にあるだろ。ほら、サナの綺麗な亜麻色の髪を含ませるとか』
「読者が覚えていないようなことを、いきなり持ち出すのは良くない」
『……? 独者? ずいぶん寂しそうな奴だな』
「シルバは本当にこういう話が通じない」
サナは無表情ながらも、その声音には理不尽な呆れが感じ取れた。
シルバはサナのそんな反応を、むしろ好意的に受け止める。
出会った当初は、サナはもっと無口で、無感情だった。
このままでは壊れてしまうのではないかと思うほど、危うげだったのだ。
それが今は、表情こそ殆ど変化がないものの、感情の変化が明確に感じ取れる。
シルバはそれが、我が事以上に嬉しくてたまらない。
ただ単にシルバがサナの考えている事が分かるようになった可能性もあるが、それもそれで嬉しいものだ。
そして、なぜか美少女と行動を共にする事が多いシルバだが、サナはその中でも頭一つ抜けて目鼻立ちが整っていて、まるで人形のようである。
そんな少女がもし、心から笑う時が来たなら。
『可愛いんだろうなぁ……』
「何が?」
『いやぁ、サナが――って、あっ!? 俺、いつから念話垂れ流しにしてた……?』
恐る恐る聞いたシルバに、サナはうんともすんとも言わない。
代わりに口を少しモニュモニュさせて、手を後ろ手に回した。
「……変態」
『選りによってあそこからかよっ』
もし、「美少女と行動を共にする事が多い~」の部分を聞かれていたとしたら、転生関連のことを問い詰められるかもしれないし、何より先程からサナの保護者ぶったことを脳内で垂れ流していた身としては、シルバが女性関係にだらしない奴だと思われるのはなかなか辛いものがある。
シルバがびくびくしながらサナの反応を窺っていると、サナは後ろ手にまわした手を絡めながら、落ち着かない様子で異世界のスニーカーで湖岸の土をシャッシャッと蹴った。
「……さっき言っていた事は、本当?」
『いや、嘘だ。俺に限ってそんなことありえないのはサナが一番よくわかってるだろ?』
サナも人が悪い。不都合な事を本当か問い詰めたところで、正直に答える人間のほうが少ないことは解っているだろう。
シルバは油断せず、サナの次の詰問を待った。
ところが、サナは言葉を発さずに、自らの右目に思い切りデコピンをした。
凄まじい衝撃が走り、視界じゅうに火花が散った。
シルバは痛みに目を白黒させる。
『うっ!?』
「……馬鹿」
これは、怒っているのだろうか。
心なしか、少し顔が赤いように思える。
遠くにいる師匠から「この屑め! 爆発しろ!」と言われた気がした。




