第五十七話 侵入と神と与太話
前回のあらすじ
魔王になるのを断ったけど、ダンジョンは造るよってことになったので、適当に森っぽい所を選んで、道化に連れてきてもらった。レッツクリエイトダンジョン。
ダンジョンを管理する上で、最も重要なもの。それは、ダンジョンポイント、DP。
DPを使えばモンスターも、ダンジョンの構造も自由自在。防衛に適したダンジョンを造る事が出来るんだ!
DPは、ダンジョンで生き物が死ぬと入手できるぞ!
DPがゼロになるとダンジョンが壊れて、ダンジョンマスターも死ぬから、気をつけよう!
と言うのが、シルバの脳内にインプットされた”ダンジョンの概要”の序文だ。
その次に、第一章、ダンジョンのつくりかた、と続いている。
シルバが考えている間にも、サナは暗く湿った樹海を高速で進んで行く。
視点を移動させる魔法、千里眼を駆使して上空から割り出した樹海の中心地点に向かっているのだが、散見される沼のせいで少々足場が悪いため、鬱蒼と生い茂る樹林の幹を蹴り、枝を伝うようにして移動する。
ここは自分達のダンジョンとなる予定の土地なので、魔法で焼き払って進むわけにもいかないが、どうせなら防御力を高めるため、樹海の中心にダンジョンの核、ダンジョンコアを設置しておきたい。
その一心で、シルバ達は進んでいた。
千里眼の魔法を駆使して上空からおおよその中心地を把握、そこに向かって一直線に進んでいるわけだが、樹海は広大だ。ここまでかなり速いペースで進んできたが、まだ目的地にはたどり着かない。
「シルバ、まだ?」
『あ~、ちょっと待て』
シルバが魔力の花火を打ち上げると、程なくして、千里眼を通して、目的地のすぐ近くで白銀の光が瞬いたのが見えた。
『もう少しだな。そろそろ見えてくるんじゃねえか?』
そんな風にシルバが言うか早いか、足場が急に途絶えた。
サナは急遽、結界で足場を形成する。
眼下に広がるのは、直径四十メートルほどの、巨大な湖だった。
澄んだ湖水が形成する鏡のような水面が木漏れ日を反射し、きらきらと輝いている。
結界を空間に固定するのは魔力の燃費が悪い。サナはピンポイントで形成された小さな結界を蹴って真横に跳び、僅かな放物線を描きながら湖畔に着地する。
さらさらとした白い砂でできた湖畔に、異世界のスニーカーが真新しい足跡をつけた。
「ここ?」
『ああ、ここだ』
ここは、沼が多い。
地質や気候が大いに関係しているのだろう。小さな沼が点在していた。
そのなかで、このような湖は、樹海中を千里眼で見渡してもこの一箇所だけだ。
さらには、この湖は狙いすましたかのように樹海の中心部に位置していた。
おまけに、微弱だが湖水から魔力を感じる。
どう見ても怪しかったが、ここにダンジョンを造ると決めた以上、尻尾を巻いて逃げたくはなかった。
「なにがいると思う?」
『巨大な魚に一票』
「私は金と銀の斧を持った女神さまに一票」
『はは、何言ってんだサナ。金とか銀の斧なんて渡されるより、延べ棒のほうがいいだろ』
「シルバ、主人公のくせにあんまりメタが通じない」
サナのよくわからない発言に、シルバは内心で首を傾げる。
童話の類は、シルバの師匠の守備範囲外であった。
『? まあとにかく、何がいるか確かめようじゃねえか』
そう言って、シルバは魔力を練り上げて純粋なEの塊に変換。波一つない水面に向かって、撃ち込んだ。
すっ、と。Eが音もなく湖に入って数秒。
湖底で何か光ったかと思うと、轟音が響く。続いて、巨大な水の柱が立ち上った。
崩れた水柱がざあざあと降りそそぎ、驚いて飛び立った野鳥達の鳴き声が遠くなっていく。
水面に広がった波紋が、消えることなく反響を続けている。
「何かいる?」
『ああ、絶対何かいる』
しばし、静寂。
サナのゆったりとした息遣いだけが、しんとした湖で聞こえる。
波紋が、ひときわ大きくなった。
水面が、揺れる。
「 お っ は よ ぉ ー う ! ! 」
水面から飛び出したのは巨大魚でも、ましてやでもなく、水でできた筋骨隆々の中年男だった。
素早く、迅速にサナの目を可視光線で塞ぐ。
水で出来ている彼は、一糸纏わぬ姿。
要は、素っ裸だった。
シルバはとりあえず魔力で拳を作り、水で構成された男を殴り飛ばした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「はっはっはっはっは。失礼したな、サナとやら。我は裸でないと眠れんのだ」
全く反省の色が見られないこの水男。名前をゴリアスというらしい。
彼には首から上だけを水面から出してもらい、話をしている。
サナの情操教育に悪影響を与えるモノを見せないようにする配慮だ。
ちなみに、シルバの存在には気づいていたようなので、普通に話に加わっている。
「して、何用かな? 邪眼の少女よ」
『その前に、待て、お前は一体何なんだ?』
水男の返答如何によって、シルバたちが取る行動は変わってくる。
ここにダンジョンを作りたいシルバとサナだが、その中枢に所属不明種別不明のよくわからない存在がいるという状況は避けたい。となると最低でも所属を聞いて味方に引き入れるか、出て行ってもらうかしかないわけだ。
そして、その要求に対する、おそらくもっとも確率が高いであろう返答は、”どちらもNo”である。
そうなった場合、今度はシルバたちが二択を迫られる。
すなわち、追い出すか、出ていくかだ。
それを決める重要な判断基準として必要な、相手の情報。特に、大まかな強さが決まる種族だけでも聞いておきたい。
ゴリアスは特に迷う素振りも見せず、答えた。
「我は、神だよ。隠居しておるがな」
『はぃっ?』
予想より四十五度ほど斜め上の答えが返ってきた。
サナはというと……特に驚いてもいない。ただのさなのようだ。
『なんで神がこんなところに? 信仰集めはどうしたんだよ』
神は不老不死だが、信者がいないと消滅してしまう。だから、神たちはこまめに神託を出したり、加護を与えた人材を送り出したりしなければならない。隠居など論外であるはずなのだ。
「多神教というシステムがあってな。我はそこに数えられる神の一員なのだよ。何もしなくても、勝手に信者が増えるというわけだ。最近は人前に顔を出す神なぞ、そうそうおらんしな」
ゴリアスは悪びれもせずに、事実上の寄生を宣言した。ほかの神の頑張りのおかげで、この神はこうしてのんびりしていられるらしい。
「……とはいえ、いい加減暇になってきたところだ。しばらく我の話し相手になってもらおうか。そうだな、まずは、我がこんなところまで来た経緯でも、聞いてもらおう」
さして興味もない。
しかしだからと言って、神という圧倒的な存在の話を遮るのは愚の骨頂だ。
神は基本的に無害だが、好戦的な神もいる。その判別がついていない今は、話を合わせるのが一番だ。
そして、ゴリアスは話し始めた。ずっと、ずっと昔の話を。
「あれは、そうだな、今から五百年より前のことだったか。神々が活発で、我もやる気に満ち溢れていたころだった。今もそうだが、当時も人間は争いが好きでな、人間の住まうノース大陸と中央大陸の西では、怒号と悲鳴が絶えなかった」
「ほんとに、今と同じ」
サナの言葉に、やけに”やる気に満ち溢れていた”の部分を強調したゴリアスは、水の頭で頷いた。
液体で構成された体がゼリーのようにプルルンと揺れて、シリアスな空気を台無しにする。
気にした様子もなく、ゴリアスは続ける。
「中央大陸の西側の、人類の繁栄圏の端の方に、ステビアの森という場所があってな。今はエルフが住んでいるが、当時は人間の村だったところだ。ある時、そこで守護神として細々と信仰されていた、なんの罪も害もない、草と花の神が殺された」
『……』
「……シルバ?」
『なんでもない。……それより、その話とあんたの隠居、関係あるのか?』
サナに平坦な声で応じたシルバが、ゴリアスに問う。
「もちろん、大ありだとも。神を殺す方法は、今も昔もたった一つ。信者を皆殺しにすることだけだからな。—―そしてそれをやったのは、神託を受けた別の神の信者だった。神とて万能ではない。大群を相手に信者を守りながら戦うことなどできぬし、復活を前提とした限定的な死ならありうる」
『……じゃあ、その神のせいで、草と花の神が死んだってことか?』
「ああ、そうなるな。……だが、完全に死んだかはわからぬ。何せ、消滅したら死体は残らぬし、単に死んだだけでは長い時を経て復活できるからだ。もしかしたらどこかで細々と信仰されていて、ひょっこりと姿を現すかもしれぬ」
『やった神の名前は? 今どこにいる?』
催促するシルバに、ゴリアスはやれやれと肩を竦めた。
「そう急かすではない。—―とにかく、能力不足ならいざ知らず、真面目にやっていた神を意図的に滅ぼしたのだ。当然、死んだ神と仲の良かった神達が黙ってはいない。複数の神が神託を出し、加護を与え、仇討ちに向かった」
『じゃあ、そいつは死んだのか?』
「いいや。逆にコテンパンにやられ、多くの神が死なないまでも、力を失った」
『そいつの名前は?』
「まあ待て。話を聞くのだ。……このころから、信者を皆殺しにされないために多神教の制度が流行った。力の弱い神はそれに加えて、殺害、封印されぬように隠居した」
「つまり、お前も隠居組?」
特に恐れる様子もなく神を「お前」呼ばわりするサナは、勇気があるのか、愚かなのか。
いや、きっとどうでも良いのだろう。
ゴリアスも気にしていないようだ。
「まあ、そうなるな」
沈黙が場を支配した。
『つまり、これだけ語っといて、詳しいことは知らないと?』
「その通りだ。なかなか物分かりがいいではないか」
……シルバは黙って魔力の拳を形成した。
サナに倣うというわけではないが、無礼とかそういうことは一切考えずに、その照準をゴリアスに向ける。
『ざけんな畜生!』
「ドゥッ!」
ゴリアスが妙な声を上げながら甘んじてそれを受け、その身を飛沫に変えた。
もう、刺激しないでおこうとかそういった思惑は消え去っていた。
「待て、待つのだ。お主が一番気にしていた情報をくれてやる」
瞬時に水で肉体を形成したゴリアスが水面から全身を出し、マッスルなポーズをキメながら言った。
シルバは魔法で生成した可視光線で、素早くゴリアスの股間をサナの視界からシャットアウトした。
これは隠居を止めて帰って来いと説得しに来た奴から聞いたのだがな、と前置きして、ゴリアスは言った。
「草と花の神を殺した神は—―
—―魔神、エンターテインだ」
『えっ』
「だから、魔神だ。魔神」
魔神、エンターテイン。
……。
…………。
………………シルバが倒した神だった。
サナちゃんは日常回だとちょっとメタ。設定としては結構前からあるのに、あんまり活かせない。
お読みいただきありがとうございます。




