第五十六話 ランプの魔神
前回のあらすじ
魔王を倒した。
ダンジョンマスターにされた。
魔王になってって言われた。 ←イマココ
魔王。魔族の王。
魔族を率い、人間と戦う王になれと、道化はサナを誘った。
「ああ、もちろん強制じゃないよ。嫌なら断ってくれてもいい」
「断る」
「あれ、即答? 理由を聞いてもいいかな?」
「お父様に、敵対はしたくない」
「……そう。じゃあ、父親がいなければ魔王をやってくれたのかな?」
「条件次第」
ここで、シルバは一つ疑問に思った事をぶつけてみる。
『どうしてサナなんだ? サナは人間だろ? 魔族はついていくのか?』
「それなら心配いらないよ。魔族は実力至上主義だし、サナちゃんは血筋もいい」
『血筋? 人間の公爵の血に何の意味が――』
「さて! もう時間だ。急がないとあの忌々しい精霊がダンジョンに乗り込んできちゃうからね。答えをもらおうか」
道化は先程まで腰掛けていた石像の残骸から腰を上げ、ぱっぱ、とお尻に付いた礫を払った。
「サナちゃん、シルバ。ダンジョンマスターやる? やらない?」
ここが大きなターニングポイントだ。受け入れれば安全と時間が手に入り、拒否すれば自由が手に入る。
「シルバ、どうする?」
サナが聞いてくる。
シルバは、少し迷った後、答えた。
『……やろう。今外に出て行ったら常に身分を隠さないといけねえだろうし、魔法やら身体能力やらを見た輩が干渉してくるかも知れねえ。それに――』
不老ってのは魅力的だ。
そういって、シルバはサナに、どうする? と聞いた。
「じゃあ、やる」
サナが賛同を示すと、道化は、
「うん、じゃあ、チュートリアルを始めるよ」
そういって、マスクの奥から笑い声をもらしたのだった。
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「まず、君たちにはダンジョンとは何かを知ってもらわなくちゃならない。自分の状態を理解する事は、何にとっても重要だしね」
そういって道化が先程見せた半透明のウインドウを展開、いくつか操作を加えると画面が真っ白になり、これまた半透明のペンが出現した。
道化はウインドウを魔法学校で使われる白板程度の大きさに拡大すると、出現したペンでキュッキュッと絵を書いていく。
「ダンジョンの存在を簡潔に説明するなら、有害な成分を分解する巨大生物なんだよ。あらゆる生物は魔法的な力を使用する際、空気中に存在する魔力素粒子を媒介とするんだけどね、そのとき、魔力素粒子が変質して、有害なもの、瘴気っていうんだけどね、それに変わっちゃうんだ。それを分解するのがダンジョンってわけさ」
もっとも、人間が作る人工迷宮にだけは当てはまらないんだけどね、と言った道化の描いた絵は無駄に流麗で、なおかつ繊細なタッチで描かれていた。
かといって、わかりやすいかと言われればそうではない。
「まあ、要約すると”魔法を起こすためには魔力素粒子が欲しいんだけど、瘴気が出るから分解の為にダンジョンが存在する”ってかんじかな?」
「わかった」
なお、シルバ達にルビは見えないし聞こえない。
読者に優しい特殊仕様である。
「それでね、分解に必要なものが、死者の魂なんだよ。魂から必要なエネルギーを取り出して、魂だけ神の下に送るわけさ。そして、分解したときに発生する魔力を使えば、ダンジョンを改造したり、モンスターを生み出すことが出来る。だから、ダンジョンではモンスターを生み出して、用心棒兼家畜にしてるわけだね」
ウインドウの白板に禍々しいモンスターの絵と、もだえ苦しむ魂が書き加えられる。
「そして、本題。生物であるダンジョンの老廃物は鉱石になって壁からあふれ出すんだけど、それが大量の魔力素粒子を含んでて、とってもいい素材になるから、よく冒険者が潜ってくるんだ。それだけじゃない。ダンジョンの核であるダンジョンコアは魔力の源泉とも呼ばれていてね、使用するだけで魔力を、魔法を得られる秘宝なんだよ。だから、よく狙われる」
悪人面の冒険者の絵と、妖しく輝く球体が書き加えられる。
どうでもいいが、先程から道化が描く絵は妙に悍ましいものばかりだ。
「そこで、ダンジョンを冒険者の魔の手から守って、ダンジョンの成長を促すのが、ダンジョンマスターの役目ってわけさ」
先程書いたダンジョンコアに覆いかぶさるように、角の生えたダンジョンマスターの絵が描かれる。
白板はもはや混沌と化していて、説明の補助という意味合いを為してはいなかった。
そこまで話した道化はウインドウを消し、代わりに一冊の分厚い本を取り出した。
分厚い革の表紙は透明な薄い膜に覆われており、万が一にも自然に中身が晒されることはない。
表紙には金色の文字で”モンスターでもわかるダンジョン運営”と書かれていた。
「ダンジョンマスターが具体的に何をするかはここに書いてあるから、参考にしてね」
『お前、説明めんどくさくなったんだろ』
「……そんなわけないじゃないか。今説明した内容は、その本には載ってないんだよ」
道化が投げて寄こした分厚い本を、サナは小さな右手でキャッチする。
ズシリとかかる重量をものともせず、本を覆っていた被膜を破り捨てて、中身を確認した。
突然、サナの肩が、しゃっくりをしたように跳ね上がる。
同時にシルバの眼の奥が、灼熱に晒されたように熱を帯びた。
何かが、膨大なモノが流れ込んでくる。
<精神干渉への抵抗に失敗。情報のダウンロードを開始>
激痛。
関節を巨大なハンマーで砕かれ、ねじ切られるような痛みが全て、体の奥底へと流れていく。
痛い痛い痛い。
声が出ない。紅く鉄臭い涙が、とめどなく溢れて、落ちていく。
<”ダンジョンの概要”、”ダンジョンの防衛”、”ダンジョンの拡張”、”ダンジョンの改変”の知識を入手>
シルバの身が激痛に晒されたのは、十秒程度。そこからは、嘘のように痛みが引いた。
シルバが視線を彷徨わせると、ニヤニヤしている道化と目が合う。
効果を知っていてこの本をよこしたに違いない。
サナはと言うと、平然としていた。
服が全く乱れていないので、大して動いたりもしていないのだろう。
部位欠損の痛みにも顔色を一切変えなかった彼女が、これくらいで痛がるわけもない。
次に自己の状態の確認に移るが、どうにも何か、頭の片隅に引っかかるものがあるので、その正体を探ろうとする。
そして、何かを思い出したとき独特の感覚と共に、先程までは知らなかった知識が脳内で息づいているのを、はっきりと知覚した。
激痛の余韻で頭がくらくらする。
「うん、痛みでショック死とかはしてないみたいだね。後はその知識に従ってダンジョンを造ればいいよ」
道化はそう言うと、先程見せた地図をもう一度、サナに見せた。
ショック死するほどの痛みだったとは。
シルバは深くものを考えられなくなった頭で、ボンヤリそんなことを思う。
「じゃあ、どこにダンジョンを作るかだけ決めてくれれば、送ってくよ」
「シルバ」
『はいはいっと。……よし。ここしかねえな』
シルバがほぼ即決と言っていい時間で決めたのは、西大陸の中央付近、野生動物の住処となっている中規模の樹海だった。
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「それじゃあ、バイバイ」
転移でシルバ達を樹海付近まで送ってきた道化は、それだけ告げて立ち去ろうとする。
ここに来る前に周辺の生態系や注意事項、もっとも近い魔族の町など、必要な情報は大方、道化から引き出していた。
だが、聞き忘れたことが一つ。
シルバはおい、と道化を呼び止めた。
『一つ聞きたいことがある』
「何かな」
『お前は、何者なんだ?』
そう。ずっと疑問に思っていた。
どうしてわざわざ、自然発生するダンジョンマスターを増やしているのか。
なぜ、ダンジョンマスターのはずなのにダンジョンを守ろうとしないのか。
どんな凄まじい理由があって、道化が二人もいたのか。
道化は特に言いよどむ事もなく、さらっと流すように答えた。
「持ち主の願いをかなえる、ランプの魔神、かな?」
それだけ言って、道化は失せた。




