第五十三話 誰だ
タルテの魔法を受けたシルバは、真っ暗闇の中を漂っていた。
右を見ても、左を見ても闇。
魔法で灯りをともしても、闇が光を飲み込んでしまって、全く明るくならない。
このまま食料もないような場所にいれば、いつか限界を迎えるだろう。
それとも、闇に飲まれて狂うのが先か。
どちらにしても、待っているのは死だ。
不思議と恐怖はない。もう何回も死んでいるからだろう。
そんな状態でも不思議と走馬燈なんかは見るもので、懐かしい記憶がよみがえってくる。
初めての転生をするより前の、懐かしい記憶が。
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「なあ、なんでついてくるんだ」
そう言ったのは黒髪の青年。恐ろしいほど特徴が無い顔で、不機嫌な表情をつくっている。
その腰には、使い古された鉄の剣が吊り下がっていた。
その後ろにいるのは銀髪の少年だ。年端のいかぬ子供である。
傷ついてボロボロの服を着ているが、襤褸布の隙間から見えるのは、傷一つないまっさらな肌だ。先ほど魔物から少年を助けた時、青年の持っていた秘薬で治しておいたからである。
青年は、自らの額から垂れた血を手で乱暴に拭い、もう片方の手に付けた唾を、傷口に塗りたくった。
流血は止まらないが、これくらいで青年は死なない。
倒れるかもしれないが、町までは持つだろう。
「もしかして、行く当てがないのか?」
「……」
銀の少年は静かに頷いた。
その眼には深い憎しみが宿っている。
十にも満たない子供がしていい眼ではなかった。
「チッ。しょうがないな。ついてこい」
翻った青年に、少年は何も言わずに追従する。
魔物の流した大量の血が、踏まれてパシャリと跳ねた。
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「師匠! 火魔法できたぞ!」
大声で叫んでいるのは銀髪の少年。手にはキャンプファイヤーもかくやというほどの業火が灯されていた。
年は十代前半ほどだろうか。見るからに生意気そうな少年だ。
無駄に顔がいいのが、彼の「師匠」の苛立ちをさらに加速させていた。
「熱い! 今すぐ消せ!」
「わかったぁ!」
少年は師匠に向かって業火を投げつけた。凶悪な熱源が師匠に迫り、寸でのところで解呪される。
「あぶないだろ! 何考えてやがる!」
「どうせ死なねえだろ!」
「ああ、失敗した。お前の教育を完全に失敗したよ、シルバ!」
シルバと呼ばれた少年は、またもや魔法を発動した。今度は教えた覚えのない水魔法だ。
水を刃のように撃ち出してきたので、ディスペルする。
次に飛んできた、またしても教えた覚えのない風魔法をディスペルし、師匠は解析で、シルバの残存魔力を見る。
無尽蔵だった。
優れた魔法使いが長年鍛錬しても絶対に身につかないほどの魔力を、シルバは初めから持っている。
加えて、一を聞いて十を知るといっても過言ではないほどの魔法の才能。
成長すれば、魔法だけなら自分でも勝てなくなるかもしれない。
そこまで考えて、ふと我に返ると、土魔法で作られた弾丸が、眼前に迫っていた。
ゴン、と鈍い音がした。
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「こいつは今日から俺たちの世話兼雑用係だ。なんと荷物持ちまでしてくれるぞ」
そう言ったのは師匠。鼻に大きな絆創膏を張り付けている。彼は、回復魔法が使えない。
その横にはシルバと同い年くらいの少年が、不機嫌そうな面持ちで立っている。
「待ちやがれ! 俺様がそんなことするわけなかろう!」
「うるさい。おまえは俺が奴隷商で二百セリー(二千円くらい)で購入した不良在庫だろうが。今からでもミスリル鉱山で働くか?」
「知るかっ! 俺様を誰と心得る! 内乱を繰り広げる魔族を取りまとめ、その王となる男であるぞ!」
「知るか。あと敬語な」
誰かへの配慮がなされているとしか思えない、師匠の親切な説明じみた台詞に、シルバは状況を把握する。つまり、面倒なことを一切合切押し付けられる奴隷が来たということだ。やったぜ。
ここはルリエの町。中央大陸の西側で、対魔族戦線の前線基地だ。ここには師匠の旧友がいるらしい。
こんな影の薄い奴に知り合いがいる時点で驚きである。
「あ、そうだ。こいつにも魔法教えるから」
「ふん、魔法を極めた俺様にそんな物は不要だ」
「あ~はいはい。わかったわかった。……シルバ、こいつの鼻っ柱をへし折ってやれ」
自分でやれ、と言いたいところだが、師匠が言っているのは決闘で叩きのめせ、ということだろう。
決闘なら、絶対的な強制力が働く契約魔法が使える。これでお互いの大切なものをかけて戦うのだ。
面白そうだし、ここでこいつにトラウマを植え付けてやろう。上下関係をわからせるにはぴったりだ。
シルバは四属性から外れた、自分と大切なヒトだけの魔法、植物魔法でぎったぎたに叩きのめす計画を脳内で組み立てた。
屈伸をしながら、決闘に勝った際の要求を考える。新しく来た奴隷はプライドが高そうなので、少し煽ってやればどんな条件でも喜んで飲むだろう。
いいことを思いついた。
「よ~し! じゃあ負けたら一生敬語で話せよな」
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「参ったッスねえ……」
時間を現代に戻して、ここは亜空間内。
魔王タルテは少しばかり焦っていた。我を忘れて放った魔法があろうことか自分にも直撃し、挑戦者とともに亜空間に飛ばされてしまったのである。
脱出する方法はあるのだが、挑戦者も一緒に脱出してしまう。
「うん、まあ、仕方ないッスね。仕切り直しッス。……cansel」
ひとつ前に使った魔法の効果が丸々取り消される、コード独自の魔法。それがキャンセルだ。
魔法の効果によって亜空間が消滅し、そこにあった一切が元あった場所へと還っていく。
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目の前がぱっと切り替わり、映し出されるのはもはや見慣れた闘技場の景色。何もかもが元通りで、つい先ほどここら一帯が消滅したことなど微塵も感じられない。
先ほどの追憶は走馬燈などではなかったらしい。紛らわしいものである。
シルバは左目とは独立した動きで周囲を見渡し、上空に魔王タルテが浮かんでいるのを見つけた。
しばらく宙に浮いていた魔王だが、突如重力の存在を思い出したかのように落下し、スタリと着地する。
シルバとともに戻ってきたサナが短刀を手に身構え、魔力を全身に纏った。
場を支配するのは緊張感。
また戦いが始まるかと思われた瞬間、ドロン、とニンジャが出すような効果音を出して、道化がタルテの隣に出現した。何かを耳打ちする。
しきりに頷いていたタルテは、最後にサナに向き直って、魔力を練った。
「時間が押してるらしいんで、早めに片をつけさせてもらうッスよ! ……summon,demon sword」
空間が揺らぎ、生まれた異次元の穴から取り出したのは禍々しい剣。
纏う魔力からして、明らかに魔に属する剣だ。
「決着は、早いうちにつけた方がいい」
サナに異論はなかったらしく、魔力を高めていく。
戦いの中、異常な速度で成長したサナの魔力が、一気に膨れ上がる。
第二ラウンド。
シルバは少し考え込んでから、魔力を練るわけでもなく、ただ魔王タルテをじっと観察した。
そして。
『おい、魔王タルテ。シルバって名前に聞き覚えはあるか?』
「ヒッ……!?」
シルバ。
その名前を聞いた瞬間、魔王タルテは竦みあがって、魔剣を取り落とした。
誰がどう見ても動揺しているタルテが生んだ隙を、サナが見逃すはずがない。
気づいた時には、タルテの首筋に短刀がピタリとあてられていた。
全く手入れされず、鈍になりつつある鬼の短刀だが、それでもタルテの細い首を切断するくらいはやってのけるだろう。
額に冷や汗を浮かべたタルテが、両手をゆっくりと挙げる。
まいった。
その一言を言おうと口を開いたタルテの口は、何かを見つけて再び閉じられることになる。
「ほげぇ!?」
首元のナイフを気にせず、翻って逃げるように走り出したタルテは、次の瞬間には頭から硬い闘技場の土にめり込んでいた。魔王とは思えないくらい情けない声が上がる。
びいぃん、と突き刺さった矢のようになってしまったタルテから、一拍遅れて圧縮された空気が吹き荒れる。風の魔法だ。
サナは周囲への警戒を強めて、油断なく視線を左右に滑らせた。
そんな彼女の索敵をあざ笑うように。
あるいは、もう離さないとでもいうように。
サナの後頭部に、ピタリと小さな人型が抱き着いた。
両手を目いっぱい広げているのがわかるが、それでも手が耳に届くか届かないかくらい小さなそれは、もぞもぞと身じろぎした後、元気に告げる。
『だ~れだ?』
目に手が届いていない”だ~れだ?”は、妙に懐かしく、そして斬新だった。
お読みいただきありがとうございます。
寒くなってきましたね。風邪をひかないよう、お気を付けください。
ちなみに、
契約魔法
互いの同意により、凄まじい効果を発揮する魔法。
対象の深層心理に働きかけ、予め定められた行動を強制する。
いつの間にやら総合評価500達成。
ランキングにあるような作品と比べれば何でもない数字ですが、とても嬉しいです。




