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転生の軌跡~Regrowth for you~  作者: 進化する愚物
第三章 魔眼転生
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第五十一話 吸血魔王

 朝。

 オアシスから出たサナは、またしても闘技場に顔を出す。

 偽物の空にずっと上っている太陽は闘技場に熱を注ぎ続け、じりじりと焼け付く土を生んでいた。

 普通なら耐え難いはずの熱気の中、サナは顔色一つ変えず、平然としている。



『サナ、暑くねえのか?』


『暑い』


『ちょっとは顔に出せよ。気ぃ使いづれえだろ。これならまだ魔王共の方が表情豊かだぞ』



 「友達」である以上、手の内や正体などの遠慮は無用だ。シルバは火魔法の応用で周囲の熱を操作し、サナの周囲だけを一定の温度に保つ。


 サナは小さく礼を言った。


 彼女の前方には道化が一人、にやにやと笑みを浮かべている。



「ゆうべはおたのしみでしたね」


『何言ってんだ!?』



 道化が言い放ったのに対し、シルバが即座に反応する。

 シルバの師匠、仙人の隠し部屋には、それはそれは大量の本が置かれていたという。

 その中には、ゲームのネタがふんだんに盛り込まれた本があったとかなかったとか。



「間違ってはいない。楽しかった」


『何言ってんだサナ!?』


「?」



 サナが言っているのは、昨日の質問攻めの事だろう。

 寝る前にいろいろと情報を交換し合ったのだ。

 転生関連については一切話していない。



「まあ、前置きはこれくらいにして、さっそく次に進んじゃおう!」



 道化がそう言ってステッキを掲げ、その先端で円を描くと、それに連動してサナの足元に転移陣が出現する。


 ウゥン、と独特な駆動音を奏でた転移陣は、サナを次の闘技場へと連れていく。

 転送先はこれまでとは違い、闇の中だった。

 屋根のない闘技場から見える空は暗く、星が瞬いている。

 中心にはやや大きな三日月が浮いており、満月よりも少し弱い月明りでもって構造自体は変わっていない闘技場を静かに照らしていた。


 薄暗い闘技場の真ん中で、紅い点が二つ、闇の中に浮かんでいる。

 目が慣れてくると、それがどうやら人の目玉であることと、その目を持つ相手が今回の魔王であることが分かってくる。

 紅い目の魔王は、これまでのマントと刺々しい鎧といういで立ちとは違い、やや面積の大きい、裏が赤く染められたマントの下に、貴族が着るようなどちらかというと華々しい服を着こんでいる。



「彼は二代目魔王、エルゼブルト。吸血鬼だよ」



 道化が短いながらも、説明を入れてくる。

 魔王エルゼブルトは気品の溢れる動作で一礼し、腰に差したレイピアを抜いた。

 魔王はレイピアを天に向けて立て、持ち手を自身のみぞおちあたりに移動させる。

 決闘前の儀式だ。



「ワタクシ、ご紹介に預かりましたエルゼブルトと申します。どうぞお見知りおきを」


「サナ・グランハート」



 サナも短剣を構え、お互いに名乗りあう。

 礼儀を知っているあたり、育ちのいい吸血鬼なのだろう。

 吸血鬼に吸血されて吸血鬼になった個体は頭が悪く、弱い。

 進化して吸血鬼になったか、吸血鬼の男女間の子であることが予想できた。


 向かい合う二人はその身に魔力を纏わせ、肉体を強化する。

 エルゼブルトは真紅の魔力を。

 サナは漆黒の魔力を。


 サナのどす黒い魔力に、決闘の作法を知らなかったシルバが一瞬遅れて白銀の魔力を混ぜ合わせる。

 上質なコーヒーにミルクを加えたように、ゆっくりと二つの魔力が混ざり合う。

 混ざり合って黒銀となった魔力が、確かにサナに力を与えてくれる。


 真紅を纏った魔王と、黒銀を纏う少女。二つの影がブレて消えたのは、ほぼ同時だった。


 ギン! と金属がぶつかり合う音が響き、二人が立っていた位置、その二点を線で結んだ中点で、真紅と黒銀が交差する。


 ギャリリリリリリィッ!!!


 連続しているように思えるのは、すべて刃と刃がぶつかり合う音。

 時折攻防を逆転させながら、お互いがお互いの攻撃を完璧に防ぎきっている。

 どこぞのマンガのように火花が散る事はないが、発生した衝撃はびりびりと肌に纏わりつく。


 このままでは埒が開かないと、いったん距離をとる。



「おや、どうなさいました? 身体強化以外の魔法を使われてはいないようですが」


「あなたも、でしょ?」


「おお、確かにその通りです。ワタクシは、生まれつき魔力を体外に放出できないので。ですから、遠慮なく使っていただいて結構です」


「……断る」


「うん? どうしてでしょう?」


「フェアじゃない」



 これまで紳士的な笑みを浮かべていた魔王の威圧感が、突然跳ね上がった。

 同時に、魔王ジロニーブ戦で見た、膨大なエネルギーが魔王エルゼブルトを覆っていく。



「……これでどうでしょう。真の強者のみが長年の研鑽によって至ることの出来る極致、闘気です」



 紳士的な仮面が外れ、中から憤怒に染まった顔が垣間見えた。



「ワタクシはね、魔法が使えないというだけで情けをかけられるのが、一番嫌いなのですよっ!!」



 威圧。エルゼブルトを中心に、ごうと強風が吹き荒れたような錯覚を受けた。

 ふと、魔王は我に返ったような顔をすると、その顔にまた、紳士的な笑みを貼り付ける。

 直前の般若のような表情を見た後では、その笑顔はあまりに嘘くさかった。



「……失礼いたしました。少々取り乱していたようです。……ですが、ワタクシにそう言った気遣いは無用です。遠慮なくどうぞ」


「……シルバ」


『わかってるさ』



 直後、魔王の足元から五本の蔦が伸び、土塊(つちくれ)をひっかけながら足に巻き付こうとする。

 戦闘の最中でばらまいておいた種の一部を発芽させたのだ。


 造られた命が魔王に絡みつき、動きを封じる。

 魔王はすぐに闘気を纏わせたレイピアで植物を断った。

 魔力で強化されているはずの蔦はじつにあっさりと切断されたが、切断面からさらに蔦が伸び、再び赤眼の魔王を拘束する。


 サナはシルバが作ったチャンスを逃さぬよう、全力で飛びかかった。


 直後、エルゼブルトの目が妖しく光り、その体がばしゃりと溶ける。

 支えを失った蔦が軋むよりも早く、危険を感じたサナは大きく飛びのいた。


 先ほどまでサナが立っていた位置に、紅い針が突き刺さる。


 針はどろりと溶け、紅い液体となって這っていく。

 その進行方向には、吸血魔王が悠然と立っていた。

 どうやって脱出したのか。



「驚きましたか? これが吸血鬼の最終到達段階、流血化で御座います。吸血鬼の能力である流血化と、努力の結晶である闘気。この二つで、見事あなたを仕留めて見せましょう」


「あなたはおしゃべり。それで負けて、せいぜい悔しがるといい」



 礼儀正しいせいか、魔族の決闘の礼にも精通しているらしい。

 それがこの吸血鬼の墓穴となる。


 サナは足に魔力を集中する。

 シルバに魔力の支配権を一部譲ってもらっているため、身体強化にまわしている全魔力がひとたび、足に集中した。

 そして、サナは上体を前に倒し、消える。


 ぶれるなんて話ではない。

 明確な残像を残して、消え失せるのだ。


 直後、吸血魔王の首から上が吹き飛び、パシャリ(・・・・)と地面に落下する。

 先ほどまでいた位置と魔王がいる位置を結ぶ線分の延長線上に、サナは短刀を振り切った状態で立っていた。

 魔王の首が落ちた位置には紅い染みがあるのみであり、苦悶の表情を浮かべた首は見当たらない。


 首なし死体となるはずだった魔王の体はゆっくりとしゃがみこみ、その手で紅い染みに触れる。


 紅い染みが消え、首が生えた。



「どうやらあなたは流血化をよくご存じでない様子。流血化とは、体を生命の神秘たる血液に変換する秘術。物理攻撃など今のワタクシには通用しませんし、これは魔法ではないのでディスペルも効きません」


「ご丁寧にどうも」



 シルバが発射した魔力弾が、魔王エルゼブルトに迫る。

 魔力弾はレイピアに斬られ、霧散した。



『サナ』


『ん?』


『もし、エルゼブルトに何の攻撃も通用しないなら、今の攻撃を弾くことはないはずだ。魔力のこもった攻撃なら通用するかもしれねえ』


『わかった』



 サナは短刀に魔力を──内側で強化するのではなく放出する形で──纏わせ、左から右に振りぬく。

 魔力の一部が飛ぶ斬撃となって、魔王に襲い掛かる。



「無駄です!」



 やはりエルゼブルトは避けずに、レイピアで斬撃を受ける。確定のようだ。

 原理の考察をするなら、攻撃に込められた魔力で以って血液の結合を破壊する、といったところだろうか。

 なんにせよ、これで戦い方が決まったわけだ。


 魔力弾を追加で二十発ほど高速連射し、その間にサナは大きく迂回して後ろに回り込む。

 連射中に移動したことにより発射位置がずれて、不規則性を得た弾丸の群れが魔王に肉迫する。

 最後に、魔眼が二十発目を打ち終わった瞬間、サナは飛びかかった。


 魔王エルゼブルトはにこりと笑うと、その身をすべて血潮に替え、ビシャっと落下する。

 地面に薄く広がった彼の頭上を、二十の魔力弾が通過した。

 初めの一手でそれを予測していたサナがそこに走りより、魔力をこめて破壊力を水増しした短刀を突き刺す。


 紅い液体となった吸血魔王は、さっと元の人型に戻ることで回避した。

 そしてそのまま短刀を突き刺そうと腕を伸ばしきっていたサナに、闘気で強化された蹴りを入れる。

 シルバが展開した結界によって蹴りは防がれ、虚を突かれてつんのめった魔王に、サナは深々と短刀を突き刺した。


 流血化は発動せず、しっかりと突き刺さる短刀。

 ともすれば自らの命が尽きるような状況であるにも関わらず、魔王は貼り付けた笑みを崩さなかった。



「心臓を一突き、でございますか。その思い切りの良さは見事です。しかし、ワタクシは血液を自在に操る事が出来ます。血液の循環に心臓など必要ありませんし、出血もまた縁遠い話ですよ」


「そんな事想定済み」


「ええ、そうでしょうとも。仮に私が指の一本でも動かそうものなら、私はその凶悪なナイフでチーズのようにスライスされるか、あなたの禍々しい魔力で内側から爆散させられるでしょう」



 流血化は出来ませんし、死にますね。と、なんでもないように笑う魔王を、サナはじっと観察する。

 ただじっと観察する。


 突然、魔王が目にも留まらぬ速さで腕全域を血液に変えると、それを剣のように鋭く堅い形質に変化させ、サナに突き出す。


 高速の突きを、シルバは再び結界で防ぐ。

 そして、サナはお望みどおり吸血魔王の体を瞬時にスライスした後、重力に従って落下しようとする残骸(・・)の中心に魔力を送り込み、爆散させた。

 飛散する血液を結界が防ぎ、サナの周りに紅い膜を形作る。


 念には念をと、シルバがボトボトと落下する血肉を吸収し、魔王エルゼブルトを完全に消滅させた。



「勝者~! サナ・グランハート~!」



 いつものように道化の若干間の抜けた声が響く。

 道化に転移陣を出現させるように言うと、サナは短刀を鞘に仕舞い込む。



『……どうして最後、すぐに止めを刺さなかったんだ?』



 念話で問いかけてきたシルバに、サナはすぐには返答をしなかった。

 代わりに頬のあたりをひくひくと痙攣させるが、望んだ結果が得られなかったのか、またもとに戻す。



『表情を、観察してた』


『死に際の失意に染まった顔を見て、”ねえ、今どんな気持ち?”ってか? 趣味ワリイな』


『違う』


『じゃあ、なんだっていうんだよ』


『知らない』


『何だそりゃ』



 やはり、サナの考えている事はいまいち分かり辛い。

お読みいただきありがとうございます。

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