第五十話 看破
ああ、どうすればいい。
シルバにはもう打つ手がない。
サナの心を開きかけた人間たちも、
サナとシルバの中継役になったアンデッドも、
もういないのだ。
サナを助けようとするのはただの寄生者としての本能かもしれない。
今、サナが大切なのは宿主を守りたいからだけなのかもしれない。
しかし、それでもサナは大切だ。
不死鳥の幼馴染と、
妖精の相棒と、
我が身と同じくらい大切なのだ。
その大切なサナが、このままではまた一人になってしまう。
シルバはいったいどうすればいい?
「ねえ? スケアリーは?」
「しっらなーい。どこかに飛んでいったんじゃない?」
道化が適当な答えを返しても、サナは無反応だ。
そのまま道化の用意した転移陣に入っていく。
気持ちを切り替えなければ。
負けたら待っているのは死のみだ。
「ははははははははははははははは!!! 私の名は魔王ジロニーブ! 三代目魔王にして、歴代最強の魔王だあああああああああああ!!!」
魔王が勝手に自己紹介を始める。
並行して道化の説明も入るので大変聞きにくかったのだが、どうやら喰ったものの能力を一部コピーできるらしい。
シルバはとりあえず植物魔法で草を創り、成長させることで、グラウンドを緑で覆った。
ついでに、いくつかの種を創造、連続で発射する。
種は超高速で飛んでいき、身をひねって躱した魔王ジロニーブを掠めて草むらに突き刺さった。
「フン、小手先ばかりで魔王を妥当できると思うなよ。本当の闘いとは、力と力のぶつかり合いだああああああぁ!」
魔王ジロニーブの体が一回り大きく盛り上がり、着ていた魔王用戦闘服──仰々しい黒いマントと刺々(とげとげ)しい鎧──がはじけ飛ぶ。
鎧や兜は砕け散り、残った服とマントの間からは鱗を貼り付かせた肌が見える。
これが暴食コピーの力。
喰らったものの力が手に入る特性。
今顕現させているのは龍の能力だろうか。
なんでもいい。どのみち奴は死ぬのだから。
「ハハハハハハ!!! これが龍の力だ! さらに! これに二代目魔王の能力を合わせるとおおおお!」
膨大なエネルギーがジロニーブを覆う。
それは魔力とも妖気とも異なる、シルバの知らない力だった。
「これで貴様の死は確定したああああ!!」
「……」
視界が急速にブレ、次の瞬間には魔王の背後に、サナはいた。
一瞬遅れて反応した魔王ジロニーブに、サナは魔力を限界まで通して黒く染まった短刀を横に薙いだ。
魔王ジロニーブを覆うエネルギーが揺らぎ、四散する。
ここぞとばかりにサナは 身体強化を腕に集中し、連撃を放った。
秒間十二回という凄まじい速度で繰り出される斬撃。瞬きする暇を与えないほどの猛攻を、サナは表情一つ変えずにやってのける。
魔王も当然反撃してくるが、サナは自らが傷を負うのをかまうこともなく、攻撃を続ける。
「おのれえええええ!! 小娘があああああああああああああああ!!!!!」
魔王ジロニーブの体がさらに肥大化し、斬撃をはじき始める。
魔王ジロニーブが、にたりと笑った。
「ダイヤスライムの硬度だああああ。歯が立たんだろおおおおおおおおおおお!!」
落ち着きを取り戻した魔王が、やかましく告げる。
魔王は恐るべき俊敏さでサナの両腕をがっしりとつかむと、龍の形質を取り込んで長くなった口をガパリと開けた。
「龍のブレスで灰になるがいいいいいいい」
魔王がブレスを発射しようとしたその時、突然、地面が爆発した。
爆発は立て続けに起こり、すべてが魔王ジロニーブに命中、深刻なダメージを与えた。
どうやら、実ったようだ。
シルバが仕掛けたのは名称魔法、サンフラワー。
急速成長して花を咲かせ、一定以上の太陽光を浴びると、敵に向かって吸収した太陽のエネルギーを一気に放出する種を作り出す。同じく名称魔法であるソーラーレーザは、この魔法を参考にして作ったものだ。
発動までに時間がかかるが、ほかの草花でカモフラージュしてしまえば潰される危険は減る。
そしてその威力は折り紙付きである。
現に、魔王ジロニーブはとっくに絶命していた。
「勝者~! サナ・グランハート~!」
道化が休むか、続けるかを聞くと、サナは休む、と答えた。
出現したオアシスに、サナは入っていく。
「……」
サナは食糧庫やリゾートには目もくれず、中央の広間を目指す。
中央広間は練習場となっており、広大なスペースとトレーニング用具が置いてある。
オアシス内は空間が歪んでいるらしく、訓練所は闘技場と同じくらい広い。
サナは中央広場の奥、長方形のバトルフィールドに一人、佇んだ。
何を思ったか、自らの右目の瞼を閉じ、そっと撫でる。
「スケアリー、いるんでしょ?」
当然、サナに言葉を返すものなどいない。
「スケアリー、出てきて」
サナの声が誰もいない訓練所に響く。
そんなにショックだったのだろうか。
だとしたらスケアリーも浮かばれる──
「こう言った方がいい? 魔眼」
ぎょっとして、驚いた時の癖でつい結界を展開してしまう。
サナはそれを感じ取り、シルバの周りを結界で囲った。
結界の内部には任意で自らの魔力を満たせる。
それをすれば、内部の魔法を封じ込めるなど容易い。
唯一の方法が、相手を圧倒するほどの魔力で押し返すことなのだが、サナはいつの間にかシルバと同レベルの魔力を獲得したらしく、シルバの魔力を持ってしても結界を破ることはできない。
人間離れもここまでくると笑えない。
「答えて。スケアリー」
再三の呼びかけ。
シルバは諦めて、それに応じることにした。
『……どうしてわかったんだ?』
「きっかけは十一階層で魔力探知をしたとき。右目から私とは異なる魔力が感じられた」
そう言ってサナは魔力を手に纏わせる。
その色はシルバの白銀とは異なり、墨を塗りたくったような暗黒だった。
「そして、決定打は魔王ガーレとの戦闘の時。スケアリーは私に向けられた攻撃は防げたのに、自分への攻撃は反応すらできていなかった。魔眼が本体だから、でしょ?」
『へえ、よく見てるな。……それで? お前を騙したこと、恨んでんのか? いいぜ、やれよ。目の串刺しが好きなんだろ? 俺は死んでもリスクなんて無いからな』
「そんなことはしない。あなたには感謝してる」
『そいつはすげえや。俺も感謝してるよ、生まれてきてくれてありがとう』
「ふざけないで。私は本当に感謝してる。あなたが私を守ってくれたことも、わざわざ分身まで用意して私と話そうとしてくれたことも。全部」
『知らねえな。その話はまるで確証もない、思い込みだ。俺はただ自分が助かりたかっただけだよ』
あくまでしらを切ろうとする。
下手に応じて、自らの心に踏み込んでこられるのが怖い。
サナはふー、と息をつくと、言った。
「あなたはグレイブ・ディガーたちが死んだとき、何もしなかった。責任を感じているのかもしれない。でも三人はシルバのせいで死んだわけじゃないし、彼らも第三者を悲しませるのは望んでいない」
反論しようとして、やめた。もともと、サナの言葉はこちらを気遣う一心で紡がれている。それを突っぱねるのは、すこし心苦しい。
「前にあなたは、私に一人で抱え込むなと言った。それは自分には適用されない?」
『……』
サナの言葉には、不思議な説得力があった。
シルバが自分から名乗り出なかった理由は、三人に申し訳なかったから。
みすみす死なせてしまったことが許せず、サナに申し訳が立たないから。
サナはそれをずば抜けた考察力で見抜き、封じてきた。
もう、ごまかすのは無駄だ。
ならば。
『わざわざ俺に声をかけた理由を教えてくれ。どのみち俺たちは共生関係にあるんだ。手伝ってやるよ』
もういっそ開き直って、率直に用件を聞く。
話を逸らすのと同時に、円滑に物事を進められるからだ。
サナは、じゃあ、と前置くと、手を絡め、離して、背中の方へ回し、また絡めた。
「スケアリー。私と友達になってほしい」
『はあっ?』
念話でも素っ頓狂な声は出るのか。
シルバはアホなことを思いながら、この言葉の真意を考える。
グレイブ・ディガーに出会ってからましになったとはいえ、サナは基本的には生存を第一に考えている人間(?)だ。いきなりお友達になりましょう、なんて言うわけがない。
つまり、サナがいう友達とは、ダンジョンにおける共闘関係である可能性が高い。戦友と言うやつである。
特に迷う理由もないだろう。むしろ、サナが全く変わっていなかったので安心した。
ここは了承一択だ。
『ああ、良いぜ。あと、俺の名前はシルバだ』
「シルバ、シルバ……。よろしく、シルバ」
サナは反芻するように呟くと、オアシスの宿に向けて歩いていった。
風呂に入るとき、右目に眼帯をされたのはご愛嬌である。
お読みいただきありがとうございます。




