第五話 喧嘩するほど
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腹に猛烈な衝撃を感じ、シルバは跳ね起きた。……ように思ったが、腹部にめり込んだままの足によって邪魔をされてしまう。
「おっは~。チョコありがとね」
もちろん犯人は、見た目は五才中身はお姉さん(笑)ことリエナである。
リエナは先ほどとは打って変わっていい笑顔をしていた。
「うちの家厳しくてさぁ~。チョコなんてなかなか食べられないのよ」
リエナはそう言ってケラケラと笑う。
しゃべり方と五才児ボディーの違和感がぬぐいきれない。
「俺だって食べれねえよ! かえせ! チョコ!」
「ムッリ~。食べちゃったも~ん」
リエナはそう言って足をどけ、自分が座っていた座布団の上にあぐらをかいた。
シルバたちがいるのは客間。どうやら気絶していたようだが、日の傾き具合から、時間はあまりたっていないらしい。
リエナの向かいの座布団に座ったシルバは、はあ、と溜息を吐く。
大丈夫、まだチョコはある。一つくらい、必要経費として処理しよう。
「ねえ、もうないの? チョコレート」
「あっても渡さん」
瞬間、視界がブレ、気づくとシルバは地面に叩き付けられていた。
「もうないの? チョコレート」
「うっ……」
シルバは自室までチョコを取りに行かされることになった。
リエナは、フェート家に住み着いた。
シルバのことが気に入ったし、遅かれ早かれ一緒に暮らすというのが本人の言い分だが、十中八九菓子目当てだろう。甘党であるシルバは、チョコレート以外にもさまざまな人間製の菓子を持っている。チョコレートを取りに部屋に戻った際、あとをつけられたのが運のつきだ。
リエナの父、リエルドは親バカの称号を持っているだけあって反対していたが、リエナの瞳ウルウル攻撃に耐えかね、OKを出した。ガルア、カミナの二人は大歓迎である。
リエナは現在二週間以上滞在しており、シルバは最初のうちこそナイフ片手に襲い掛かったり、魔法で狙撃したのだが、リエナの持つ圧倒的な体術ですべて無効化され、力づくの方法は断念した。
彼女の食欲は凄まじく、チョコも、ポテチも、空間魔法使いを秘密裏に雇って入手したアイスまでもが見つかり、食いつくされてしまった。もちろん、大人たちに見つからないように、隠れて。(しかし、羊羹だけは食べなかった)
邪悪な笑みしか見せなかったリエナだが、それらの菓子を食べている間は、無邪気で、とても幸せそうな笑みを浮かべていた。そのギャップに見とれてしまったのは末代までの恥である。
シルバは甘い。血を頂いてとんずらするつもりが、すでにリエナという少女に情が移っているのだから。
すでに普通に話ができるほどの仲になってしまった。これ以上情が移る前に、決着をつけたい。
リエナと軽口をたたきあっていたシルバは、最後の菓子を平らげたリエナに告げた。
「食ったんなら血ぃよこせ。働かざるもの食うべからずって教わらなかったのか?」
「いやよ。第一、私の血をどうするつもり?」
「飲むんだよ」
この数週間で確信した。リエナは言いふらすような性格はしていない。腹は立つが。目的を伝えることで協力してくれるかもしれない。
リエナはというと、
「うわっ」
と、ガチで引いていた。
「まて、お前はおそらく勘違いをしている! 俺はただ不老不死になるためにだな……」
「……」
それを聞くと、さっきまでころころと変わっていたリエナの顔が、無表情で固定された。
悲しそうな、冷たい双眸が、シルバを射抜いている。
「なんだ……あんたもあたしたちを襲うやつらとおんなじなんだ」
リエナの声は震えていた。それが悲しみなのか怒りなのか、両方なのかは、シルバにはわからなかった。
じゃあね。そう言って、リエナは部屋を出て行った。ガラガラ、という音が聞こえる。玄関から外に出たらしい。
一人取り残されたシルバは、引き留めようと伸ばした手を、ゆっくりと降ろした。
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リエナが出て行ってから一時間が経過した。
追いかける勇気が出なくて、自室で座ったまま微動だにしないシルバは、強い焦燥感に満たされていた。
もうリエナから不老不死を得ようとは思っていない。リエナがあんな顔をするのを、また見たいとは思わない。
しかし、もうここにリエナはいない。いないのだ。
そこまで考えたところで、シルバは自嘲する。……あまりにもぎこちなかったが。
どうして、出会って二週間程度の彼女のことでここまで悩んでいるのだろう。
考えるのもばからしい。
そうつぶやいて首を振るが、焦りは体から出ていこうとはしない。
「くそっ……」
いてもたってもいられなくなって、家から飛び出す。
千里眼を使うが、見つからない。言ったことのある場所とその周囲百メートルを覗ける千里眼は、転生で範囲がリセットされ、暗殺、誘拐対策に屋敷からほとんど出されなかったシルバとは相性が悪すぎた。
現在の千里眼の範囲はフェート家の敷地と、直ぐ近くの村のみ。
その二カ所にいないということは、残りの可能性は一つ。
彼女の実家、ハルク家に続いている国境沿いの道だ。
あそこはたまに人間が紛れ込む危険地帯でもあるのだが、森の中を突き進んでいったと考えるよりはいくらか現実的だった。
そこまで思い至るや否や、 身体強化を使って一気に走り出す。
地図は前に見る機会があった。どこをどう行けばいいかはわかっている。
林道を突き進み、段差を飛び越え、大幅なショートカットを図る。
見たこともないような道を、脳内の地図を頼りに疾走する。
ふいに足が回らなくなり、転倒する。
根っからの魔術師で、近接戦闘すらも魔法のサポートを受けていたシルバには、たとえ身体強化しても五才児の体で走るのは無理があるようだった。
転んだ拍子に解けた身体強化をかけなおし、再び走り出す。
擦りむいた膝と、魔法を使いすぎた頭が、痛みという危険信号を発していた。
強化した目が、ずっと遠くの平原に赤い髪をとらえた。
リエナだ。
安堵するのも束の間、リエナの周りの草むらから数人の大人が飛びだす。手には武器を持っていて、身なりもいいとは言えない。
リエナは強い。シルバの魔法を素手で叩き落すほどに。
だから、シルバはなんてことないだろうと思っていた。
心配で駆け付けたけれど、杞憂だったと。
そう思っていた。
リエナはその場にしゃがみ込み、震えていた。