第四十九話 隔離
道化の転移陣に乗ったシルバたちは、第四十六階層に飛ばされる。
待ち受けている魔王は、道化の説明によると空間魔法の使い手のようだ。
このダンジョンはダンジョンマスター以外は階層間の転移ができないようなので、転移するのは闘技場の中に限定されるだろう。それでもかなり強力なのだが。
空間魔法使いの魔王はやたらと露出の多い女性であり、バニーガールのような恰好をしている。
「ふふふ。私は魔王ガーレ。お嬢ちゃん、私をうんと楽しませてちょうだいねぇ!」
魔王ガーレはいつの間にか掻き消え、サナの後ろに移動していた。
魔王ガーレは虚空から巨大な斧を取り出し、振るう。
読心の魔眼で動きを先読みしていたシルバが、スケアリーにサナを守らせた。
スケアリーが仮面の口部分から吐き出した剣が、魔王ガーレの斧を弾いた。
反撃を入れようとするスケアリーに対し、魔王ガーレはまたもや転移して元いた位置に戻った。
サナが駆ける。ガーレとの間合いを一瞬で詰めると、短刀を振り下ろした。
しかしガーレはまたしても消え、今度はスケアリーの背後に。
ガーレが取り出した巨大ハンマーが、反応していないスケアリーを吹き飛ばし、闘技場の壁に叩き付けた。
魔王ガーレは拍子抜けした表情を浮かべると、ハンマーを虚空にしまった。
『あいつ、なにもない所からハンマーを出しやがる。あれが魔王ガーレの名称魔法か』
『スケアリー、大丈夫?』
『は? 何のことだ』
『……なんでもない』
魔王ガーレは転移で距離をとると、勝利を確信したような笑みを浮かべた。
「何が起きているかって顔してるわねぇ。そう、これこそがぁっ! 私の名称魔法、異界接続よぉ!」
なぜこうも魔族は自分の能力を話したがるのか。
これはシルバの知らない事だが、魔族は戦いを芸術のように見る節があるらしい。自分の作品を紹介する芸術家のように、彼らは嬉々として技を解説するのである。
そんな知識などどうでもよい。
シルバは読心の魔眼で、じっと魔王ガーレを見る。
ガーレは何か魔法を発動しようとしているようだ。
「さあ! 括目なさぁい! これが、異界接続の力っっ!」
空気が、空間が、歪んだ。
歪みを通してみた景色は屈折し、歪みの向こう側にある手がグニャグニャと動いて見える。
『サナ、気ぃ付けろ。何か来る』
『わかってる』
魔王ガーレが歪みに手を突っ込み、何かが引きずり出される。
その何かは黒く、硬質な光を放っている。材質は鉄だろうか。
シルバはそれに、スライムだったころ戦ったロナルド帝国の兵器、魔導砲銃のシルエットを重ねた。
魔王ガーレは黒い鉄の塊の先端をサナに向ける。
シルバの強化された視力が、鉄の先端にある直径九ミリほどの穴を捉える。
濃厚な、死の気配がした。
シルバは咄嗟に、超硬度の結界を多重展開する。
直後、キィン、という硬質な音。
見ると、ひしゃげた金属の塊が、結界からポロリと落ちているところだった。
金属の弾丸は、五枚展開していた結界の内、三枚を突き破って、四枚目の結界に皹を入れていた。
「あらぁ? おかしいわねぇ。確か試用した時には五十ミリの超硬合金を打ち抜いたのにぃ。あなた誇っていいわよぉ」
魔王ガーレは、また金属の塊をサナに向けた。
「あぁ、そうそう。これはねぇ、”銃”っていうのよぉ。異界の人間が生み出した、最強の兵器。あまり強力な奴だと制限がかかるけどねぇ。魔力で強化だって出来るわぁ」
魔王ガーレは、銃に取り付けられたトリガーを引き、発射時の衝撃に耐える。
乾いた発砲音。
瞬くノズルフラッシュ。
わずかに上がる煙。
しかし、結界には傷一つなかった。
遅れて、硝煙の臭いが漂う。
なっ、と言葉に詰まった魔王ガーレは、銃の重さを確かめ、弾切れしていないことを確認する。
その顔は、信じられない、と言っているようだった。
「そんなはずはっ……! これは最強の兵器。いくつか破壊して減速した後ならまだしも、傷一つつけられないなんてありえない!」
「口調が変わってる」
「うるさい!」
魔王ガーレは再び銃を構え、今度は立て続けに発射する。
断続的な発砲は、銃が故障しているわけではないことの証明となる。
やはりサナと結界には何の変化も見られなかった。
業を煮やした魔王ガーレは亜空間から重機関銃を取り出し、サナに向けた。
口径は五十ミリほど。給弾方式はベルトリンクである。
「これならどう!? 弾は別の空間から転移で取り出して直接装填できるし、魔法で随時冷却するから、二千発、エンドレスで撃ち続けられるわ!!」
砲身がキュィィィィィィ、と駆動音とたてながら回りはじめ、秒間二十発ほどで弾丸が連続発射される。
しかし、発射された弾は片っ端から消えていき、百秒後、打ち尽くすまでに弾丸は一発たりともサナに触れることはなかった。
「どうして! どうしてあなたには傷一つないのよ!」
魔王ガーレが叫ぶ。
弾丸を無効化しているのは、サナではなくシルバだ。
方法は簡単、吸収の魔眼で弾丸を吸収するだけ。
魔力も籠っていない、小さな弾を吸収するくらいなら、刹那の時間で済む。
サナは長い髪を振り乱すガーレに一歩、また一歩と近づいていく。
「ひっ」
近づいていく。
結界を解除したサナに、魔王ガーレはまたもや発砲するが、弾丸はシルバが吸収する。
弾丸の速度を捉えられていない者からすれば、サナが被弾しても無傷で歩いているように見えるだろう。
「ば、化け物……!」
「……」
「でも私には転移がある! これさえあればあなたの攻撃は当たらない!」
シルバは試しに、植物魔法で棘のある植物の種を創造、魔力を込めて発射。
魔王ガーレが先ほどまでいた場所に、大量の茨が芽吹いた。
しかし、とうの本人は十メートルほど横に転移している。
彼女の視線から先読みしていたサナが、大地と水平に跳躍。
たったの一歩で間合いをつめると、斬撃、咄嗟のことで回避が遅れた魔王の肩口を、浅く切り裂いた。
彼女は魔王の器ではない。
魔王とはいかなる時にも動じない精神と、それにふさわしい魔力を持った者のことだ。
断じて、相手が強者だと知ったとたんに腰を抜かすような者ではない。
「いやあああああ!」
魔王ガーレの姿がぱたりと消失し、サナと遠く離れた、闘技場の隅に出現する。
その顔は恐怖と錯乱で歪んでおり、露出された肌には冷や汗が伝っている。
人は自分の常識外のことが起きると、こうも無力なのか。
魔王ガーレはぶつぶつ言いながら、一気に魔力を高めた。
「そうよあなたが悪いあなたが悪いのよだからこんな目に合うのそうに違いないそうに決まってるこれで私が死んだところでまたダンジョンマスターに生き返らせてもらえるしだから禁術を使っても問題ない何も問題なんてないのよ」
魔王ガーレの手から尋常ではないほどの歪みが発生し、溢れて、周囲に飛び始める。
歪みが地面に触れた瞬間、地面が大きく抉れた。
「私は死んでも大丈夫私は死んでも大丈夫だから勝ちさえすればきっと生き返らせてくれるのなら私は躊躇いなく使えるからあなたたちなんてみんな消えればいいそうよそうにきまってるだから」
もう何を口走っているのやら。とにかく、隙だらけだ。
サナは二つの足でざらざらした闘技場の土を抉りながら、魔王ガーレに急接近する。
シルバは遅れて、スケアリーを操ってサナを追うように突撃させた。
何か違和感がある、なんだろうか。
シルバが考えている間にも魔王ガーレの手から飛び出した歪みがサナのすぐ横の地面に着弾し、土を球状に抉り取る。
いや、抉り取っている割には断面が奇麗すぎる。
まるで、空間的に「球」をくり抜いて、どこかに飛ばしたような……。
待てよ、とシルバはある可能性にたどり着く。
もし、自分または同意した人間、無生物限定である転移を、他人に発動させることができるなら。それは無差別転移という方法のみだ。それを、魔法を球状に収束させて飛ばしているのだとしたら。当たった物体をどこかへ強制転移させる、強力な飛び道具の完成だ。
もちろん、空間魔法は発射できる類の魔法ではない。魔法の理を破る魔法は禁術に分類される。魔王ガーレも何らかのペナルティを受けるはずだ。しかし、魔王ガーレは一度蘇生されている。また蘇生されると踏んで、禁術を使ったのだろう。
”リサイクルは受け付けないんだ”
道化の言葉が思い起こされる。
今のところ、魔法の効果は不規則に飛び出し、当たったものを転移させる半透明な弾丸くらいのものだ。
しかしこれは、あくまで漏れ出した一部に過ぎない。
これの本体が解き放たれたとき、いったい何が起こるのか。
「ふっ。
ふふっ。
ふふふふふふふははははははははははははははははははははははぁ!」
狂ったように笑いだすガーレ。あるいは既に狂っているのか。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒィィィィィ!」
やはり狂っていた。堕ちた魔王の焦点は、定まっていない。
サナはさらに加速し、短刀の小さな刃の切っ先をガーレに向ける。
だが、サナの刃が届くより、魔王ガーレが魔法を解き放つ方が早かった。
「ひひっ。”ディメンション・ボム”」
それはまさしく爆発だった。
魔王ガーレを中心として黒い膜が展開、ありとあらゆるものが膜に触れたとたん消えて、いや、転移していき、後には空洞のみが残る。その転移の波動ともいえる現象は、サナを、スケアリーを、ガーレすらも呑み込んだ。
黒い膜が四散した後、サナはゆっくりと観客席に大きな穴が空いた闘技場を見渡す。
転移していない。
見れば、ボス撃破報酬で手に入れた「防護の指輪」が淡い光を放ち、薄い光の膜でサナを覆っていた。
シルバも魔力を周囲に飛ばし、反射したものを拾う事で探知を行うが、何も反応がない。
いや、集中して探知すると、いるかいないかくらいまで気配を薄れさせた者がいる。十中八九道化だろう。
いたのは道化だけだ。
スケアリーは防護の指輪の範囲外だったのだろう。
スケアリーが、サナの友達がどこか遠くへ転移してしまった。
「勝者~! サナ・グランハート~!」
道化の間の抜けた声が響く。
サナがつけていた防護の指輪が、粉々に砕け散った。
お読みいただきありがとうございます。
久々の別視点劇場~あとがきでやるんじゃねえ~
轟音。
魔王により抉られ、そのまま転移してきた土砂が、死の滝となって転移先に降りそそいだ。
土砂の上にいたスケアリーは主と切り離された事による喪失感を覚えながら、曲芸。マントの中から大きな布を取り出し、パラシュートのようにして開く。
かなり上空に転移したようなので、一緒に転移してきた魔王は助からないだろう。
陽光に含まれる聖属性を魔法で除去しながら辺りを見渡すと、遠くに人間の町が見えた。
しかしどうにも、様子がおかしい。濁った空気からなる霞の先には、スケアリーの知る人間の技術では建設が不可能なはずの超高層ビルが、数多く立ち並んでいる。
スケアリーの前を、野鳥が横切った。知らない鳥だ。
滑空し、町の近くの森の中に着地する。知らない植物。知らない虫。知らない動物。
空気がやたらと濁っているのだけが、とても心地良い。
まるで異世界にでも来てしまったようだった。




