第四十七話 爆発しろ
自らの勝利を確認したサナは道化に声をかけ、転移陣を出させる。
『待ってくれサナ』
陣に乗ろうとしたサナを、シルバが呼び止めた。
暗く濁った瞳がこちらを向く。
「なに? 早く次に行きたい」
『今日はもうやめて休まないか?』
「なんのために? 私は元気。あなたは疲れない」
『ああ、それなら俺も続行したろうよ』
シルバに命令されたスケアリーが高速で移動し、サナの背後で曲剣を首筋に添えた。
『お前が本当に元気ならな』
「……」
『サナ。お前は疲れてるんだ。身体的にも、精神的にも』
サナは少し考えて、言った。
「……わかった。今日はここで休む」
「ええーーっ? せっかく転移陣作ったのに~」
『黙れ道化』
「はああ~。はいはい、わかりましたよっと」
道化が指をぱちんと鳴らすと、闘技場のど真ん中に、ダンジョンの補給施設「オアシス」が突然現れた。
「中は完全プライベート空間だから安心していいよ。じゃ~ねぇ~」
道化がPooooN! と無駄な演出を使って消え失せると、場には静寂が訪れる。
サナは一言もしゃべらず、無言でオアシスに入っていった。
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風呂から上がったサナは、何をするでもなく居間で座っている。
その行為には眠くなるまでの休息以外の意味はない。
ただ何をするでもなく、ぼうっと座っているサナ。
やはり、前回の事が相当ショックだったのだろう。
『なあ、サナ。あっちに本があったぞ。本好きだろ? 読まないのか』
「いい」
『そうか』
会話が終わる。
『サナ』
「なに?」
二回目だからか、少しぶっきらぼうな声音で、サナが応える。
『少し、遊びに行かないか。確か、ここには娯楽施設があったはずだ』
もう大方疲れも取れたはずだ。そう思っての誘いだったが、何せサナは表情が読みにくい。イエスかノーかすら、表情だけではよくわからなかった。
サナは少しの間をおいて、こくりと頷いた。
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オアシスの娯楽施設。
空間が歪められたそこには各種スポーツを楽しむためのフィールドや、多岐に渡るジャンルの筐体を取り揃えたゲームセンター、なぜかディーラーがいるカジノ、果ては遊園地まで、娯楽と名のつくものなあら大概のものは取り揃えてある。
なぜそこまで力を入れるのか。もはやただ単に迷宮の神かダンジョンマスターの趣味か何かではないのかと、学会でまことしやかに囁かれているだけあって、その質は非常に良い。
サナ(+シルバ)とスケアリーは二人で、客が誰もいない遊園地を歩いていた。
黒ずくめに仮面の怪人物と、外見だけは可憐な少女の二人組みが連れ立って歩いているのは、なんと言うか、思わずどこかに通報したくなるような光景である。
シルバは魔法でサナの瞳とは別の視点を作り出し、サナの表情を観察する。
サナは時折もの珍しそうにアトラクションを眼で追うが、特段楽しみにしていると言うわけでもない。
場所選びを失敗したかと考えて、すぐにその思考を断ち切る。
あのサナのことだ。どこに言ってもこんな反応だったに違いない。
しかし、どうしても不安が残る。シルバの思考の奥底には、師匠の持っていたマンガやショーセツの知識が根付いているからだ。
何でも、ひろいん(へろいんだっけ? とにかく女の子の事らしい)がこのような状態のとき、”いべんと”とやらを起こせば、万事上手くいくらしい。
遊園地は、”いべんと”を起こすにはちょうど良い施設なんだそうだ。
そうだよな、師匠と、若干不安げになりながらも、シルバは世界のどこかにいる師匠に確認を取る。
知るか羨ましい、爆発しろと聞こえた気がした。
『まずは、ジェットコースターにでも乗るか』
そういって、シルバはスケアリーをジェットコースターの乗り場に移動させる。
パンフレットはサナが持っているが、サナの眼球であるシルバもそれを覗き見ることが出来るので、どこになにがあるかは手に取るようにわかる。
乗り場には係員が居らず、前面が人の顔になった車両が鎮座している。
無人の乗り場をまっすぐ突っ切って、二人(+一人)はコースターに乗り込んだ。
レバーをおろした瞬間、
プルルルルルルルル
と、警告音にしては間抜けな音が鳴り響き、にやりと笑ったコースターが発車する。
初速から、猛スピードで。
本来はじわじわと恐怖を与えるはずのキャメルバックを瞬く間に滑り上がり、また加速する。
うねる、うねる、うねる。
二連垂直ループ、五連水平ループ。さらにコークスクリューが加えられる。
しまいには、先の見当たらない、途切れたレール。
車両が、飛んだ。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!?』
慣性の法則を全く無視した動きに、悲鳴を上げたのはシルバだ。
忘れがちだが、シルバはもともと生粋の魔法使い。近接戦闘などお断りだし、高速移動など以ての外だ。
道化謹製の悪魔のアトラクションに耐えられるはずがなかった。
ようやく車両が定位置に到着した頃には、シルバは叫ぶ元気もなくなっていた。
レバーが上がり、サナ達は立ち上がる。
……突如、車両が急発進、急停止し、サナ達を前方へ放り出した。
ケケケケケ、と車両が笑う。
『ざっけんなよクソがぁ!』
叫ぶも、車両はケケケケヶヶヶヶ……と笑いながら走っていった。
一体あれはなんだったのだろう。
はっ!? まさかあれが伝説の”いべんと”!?
そう思ったシルバが、恐る恐るサナの顔を確認すると、……なんと言うか、表情は変わっていないのだが、目が。
好奇心溢れる少年の目をしていた。
もう少し遊園地にいることになりそうである。
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観覧車、ゴンドラの中。
視点が徐々に上昇していき、それにつれて遠く、広くなっていく景色と、贋物の夕日を楽しみながら、シルバは遊園地での事を思い返していた。
ダンジョンの遊園地は、それはそれは酷い物だった。
意地の悪いジェットコースターなど序の口。
高速回転するコーヒーカップ。
馬に乗ろうとしたら後ろ蹴りを放たれるメリーゴーランド。
落下の直前に”キンキュウジタイハッセイ。ダッシュツシマス”とか聞こえたと思うとベルトが外れ、乗客を彼方へ射出するフリーフォール。
思い出すだけで腹が立ってきた。きっと道化の趣味に違いない。
とはいえ、感情の起伏に乏しいサナが珍しく、本当に珍しく楽しそうにしていたのも確かである。
今も、魔法でスケアリーの視点にシルバの視点をあわせているから、サナの様子がよくわかる。
『サナ』
「なに」
僅かに明るい声音で、サナが応える。
『俺は、絶対にどこにも行かないから』
サナに一番、言いたかった事。
サナを一人にしないという事。
シルバは、せめてサナが死ぬまでは、サナの右目でいるつもりでいた。
『だからさ、一人で抱え込むなよ。俺達は、仲間だろ?』
「……うん」
サナは蚊の鳴くような声で、返事をした。
夕日がゴンドラの窓から差し込んでいるせいで、一瞬サナが赤面しているように見えた。
まさか、泣いているわけでもないだろうから、そんなはずがないのだが。
「スケアリー」
『ん、おう』
サナは座席から身を乗り出して、スケアリーの手を握った。
スケアリーを介した視点に、第三者視点のサナが移りこむ。
いまさらだが、サナはシルバが今まで出会ってきた女性の中で、上位に食い込む美少女だ。
笑顔さえあれば完璧と言うほどに整った人形のような顔立ちに、健康的な体。
幼さの中に仄かに滲む妖艶さは、そういう趣味の方々にとっては堪らないだろう。
それが、身を乗り出して、シルバをじっと見つめているのだ。
不覚にも、ドキリとしてしまった。
サナはさらに、ずいと身を乗り出す。
「スケアリー、私と――」
シルバがその先を聞くことは叶わなかった。
なぜなら、
突然、”バクハツシロー!!”と叫んだゴンドラの床が、両開きのドアのように開帳し、シルバたちを落としてしまったからである。
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翌朝、宿から出てきたサナ(とシルバ)は、オアシスの広場で先に出ていたスケアリーと合流する。
『じゃ、行くか』
「うん」
スケアリーを先に行かせると、サナが横に並んで歩く。
両者の距離は、前より少し縮まっていた。
「やーやー! おっはようございまーす」
無駄としか言えないテンションで現れたのは、もうすっかりお馴染みとなった道化だ。
『ふと思ったんだがよ、道化、お前ダンジョンマスターなんだろ。仕事しなくていいのか? なんかあるだろ、侵入者のチェックとか、モンスターの管理とか』
「ああ、それなら問題はないよ。モンスターは各フロアのエリアボスたちが統率するから、後継者を選んだらあとは勝手にやってくれる。侵入者に関してだけど、一階層に結界が張ってあったからね~。新しく入ってくることは当分ないんじゃないかな」
『へえ、そうかい』
ダンジョン内にいる冒険者……ではないが、ダンジョン内にいる外的生命体がシルバたちしかいない故の行動なのだろう。
「どうでもいい。早く次の階層へ行こう」
サナがせかしてくる。道化は転移陣を作動させると、先に行くね~、と言って消えた。
サナ(+シルバ)とスケアリーも転移陣に入り、それに続く。
闘技場の真ん中に立っているのは魔王。これまでのパターンからして六代目魔王と言ったところだろう。
「彼は魔王オルテウル。面白い名称魔法を使う六代目魔王だよ」
名称魔法。
火、水、風、土、etc……に代表される属性魔法の発展系、あるいは、全く別系統の魔法。
それらは例外なく強力で、凶悪だ。
道化の説明もだんだん雑になっている気がする。
飽きてきたのだろうか。
魔王オルテウルは無駄にかっこいいポーズを決めると、無意味に鼻で笑った。
「フン、愚かなる挑戦者よ。我が名称魔法に恐れをなし、無様に逃げ惑うがいい。サテライトッ!」
直後、魔王オルテウルの周りに大小様々な鋼球が出現し、オルテウルを軸として高速度で回転を始める。
なるほど、これは確かに衛星である。
サテライトは回転を続けながら、時折サナに魔法を打ち出してくる。
魔法は吸収の魔眼で吸収できるほど弱かったが、半自動的なアシストとしてはこれでよかったのだろう。
サナは地を抉るほどの威力で大地を蹴り、魔王オルテウルに接近した。
衛星が円運動を緊急停止してサナに向かってくるが、サナはそれを短刀ですべて弾く。弾く。弾く。
魔力を通した短刀には刃こぼれ一つなかった。
「フッ。そんなもの想定内だ。我が真に得意としているのは衛星と連携した接近戦! 西大陸の格闘大会で優勝した我の腕前、じっくりと味わってもらおうか!」
魔王オルテウルは独特な構えをとると、サナに拳を繰り出した。速く、強いその拳に、一日前のサナなら太刀打ちすることはできなかったろう。
しかし、今は違う。
サナは、今までにない動きを見せていた。
戦う者の精神が勝敗を左右するというのは、古来から言い伝えられてきたことである。
観光気分で闘技場に来た者と、自らの、そして家族の生活が懸かっている剣闘士。
両者の実力が同じなら、勝つのは間違いなく剣闘士なのである。戦いに臨む姿勢が違うのだ。
サナもまた、姿勢が違った。
その瞳には迷いがなく、目の前の敵だけを見つめている。
サナの胸には、シルバの言葉があった。
仲間。
サナの心に、この言葉はやけにすんなりと浸透した。
暖かい何かが胸にぽっかりと空いていた穴を塞ぐのを、サナは感じたのだ。
そして、今。
サナは超高速で繰り出される無数の拳打と衛星を全てさばき切り、魔王オルテウルを刺し貫いた。
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