第四十三話 曲芸
龍はその剛腕を振るい、サナを潰そうとする。
しかしそれがサナに届くことはない。サナは既に背後に回っているからだ。
サナは短刀を振るい、龍の背中、翼の付け根の部分に傷を入れる。それはほんの小さな傷だ。
身体強化を足に集中している以上、攻撃力の低下は免れない。
しかしそれはサナの話だ。シルバは違う。
シルバは吸収の魔眼を使い、傷口から血を吸いだす。
練度が上がったことによって効果が上昇したのか、吸い出せる血が少し多い。
濃厚な龍の血はサナの回復で減少した魔力を回復し、宿主のサナの疲れを癒した。
龍は再び前足を振るうが、サナは固めた魔力を足場にして上に跳んでいる。
反応した龍が上を向いてブレスを放つが、光線が、さらに足場を作って横に跳んだサナを焼くことはなかった。
サナは斜め上から跳び、ブレスを出している最中の龍に迫り、短刀を全生物の弱点、目に突き刺した。
左目を抉られた龍の絶叫が響き、制御を誤ったブレスの魔力が龍の口腔で暴発する。
さすがに効いたか、龍は一瞬だが、動きを止めた。今までにない致命的な隙だ。
シルバはそこで、戦闘開始時からずっと練っていた魔力を開放する。
極限まで貯められた魔力は変換され、一個の魔法を形作った。
アイスガーデン。
テラリアの使っていた魔法をシルバなりにアレンジしたものだ。
テラリアのものが氷に閉じ込める魔法とするなら、シルバの魔法は、凍らせる魔法。
あたり一帯のあらゆるものを凍らせ、氷の庭を創り出す魔法だ。
問題は時間制限があること、効果範囲がゆっくりと広がっていくため、よけられてしまう恐れがあることである。
だが、硬直した龍は動けない。
膨大な魔力とそれに伴う魔力抵抗を持つ龍でさえ急激な温度低下には耐えられず、その身を固形へと変化させていく。
最後に霜が降り、世界は白く染まる。
その中で一人、色のついている人影。
サナはゆっくりと凍った龍に歩み寄り、手に魔力を集め、
一番手近な、足を粉砕した。
物理法則に従い、ゆっくりと倒れる龍の氷像。
サナは次に、龍の胴体を、粉々に砕いた。
ばらばらと凍った肉片があたりに散らばる。
アイスガーデンの効果が切れた。
世界が動き出す。
胸から下が消失した龍が唖然とし、キッとサナを睨み付ける。
口から血が溢れた。
龍はその目から光が失われるのは時間の問題だと悟ったのか、辛うじて残っていた心臓付近にある魔石からありったけの魔力を絞り出す。
そしてそれをそのまま口内に収束させるのに一秒とかからず、発射しようと口を開く。
しかし、開いた口から出てきたのは大量の血潮。
収束されていた魔力は拡散し、やがて消える。
龍が最期に見たのは、自らの心臓を抉るスケルトンだった。
スケアリーは心臓から剣を引き抜き、剣帯に戻す。
大量の血が噴き出し、スケアリーを紅く染めた。
<個体名ドラゴニアを殺害。ドラゴンを討伐したことにより、個体名スケアリーにボーナスが発生>
<個体名スケアリーが進化可能な魔力に到達>
シルバは読心の魔眼を使える。
それを駆使すれば龍が何をしようとしているかなど手に取るようにわかる。
サナにそれを伝える術は無いが、スケアリーならシルバの意思通りに動く。
そして、いくら弱いスケアリーと言えど、剥き出しの心臓を抉るのは容易かった。
「はぁー」
サナは大きく息を吐くと、その場にぺたりと座り込んだ。
スケアリーを見やり、グッと親指を立てる。
グーがマイブームらしい。
スケアリーはシルバの指令通り、紅く染まった体でぐっと親指を立てた。
直後、スケアリーから眩い光が放たれる。
<スケアリーの意思を確認。進化を開始>
通知が来る頃には、すでに進化光があたりを満たしていた。
意思……?
スケアリーに意思なんてないはずだ。そんなものがあるなら魔眼で支配などできるはずもない。
シルバは考えを巡らせる。
スケアリーに存在するほんのわずかな自我が全力で進化を願ったか。
シルバが特殊なだけで、条件さえ満たせば半自動的に進化するものなのか。
それとも、自我があるにも関わらずシルバに従っていたのか。
ちゃちな考えを巡らせている間に、進化を終えたスケアリーが姿を現す。
出てきたのは、ボロボロの服に身を包み、笑顔が描かれた仮面を身に着けた人型の何かだった。
仮面には紅く禍々しい、完全に場違いな紋様が入っており、うっすらと光っている。
笑顔仮面はカシャリ、カシャリとサナ──シルバに歩み寄り、片膝をついた。
なんだかわからないが、これはチャンスだ。
進化した以上自我が芽生えているかもしれない。
試してみよう。
魔眼で立つように命令すると、仮面はゆっくりと立ち上がった。
そこには一切の抵抗が見受けられない。
うん、傀儡のままだ。
ついでにステータスも確認しておく。
<ステータスを確認>
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スケアリー 0才
種族 デスパフォーマー
魔力 862
アビリティ
不眠
不休
亡者
進化
通知
龍威
曲芸
称号
アンデッド
ダンジョンモンスター
魔眼の配下
変異種
亜種
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はっきり言って異常だ。とても異常だ。
アビリティはシルバが転生して初めて生まれたカテゴリーだ。その基準はまだよくわからない。
それが他の生物にはできないことであるなら、殴るなんて人間には当たり前の行為でも、拳を持たない鳥にとっては理解できないことだ。
極論、生物の持つ特徴をアビリティだとすると、呼吸までアビリティに分類できることになってしまう。
だからシルバはアビリティとそれ以外の線引きについて、ある仮説を立てた。
それは、「物理法則を無視できるか否か」である。
それなら魔法がアビリティに入っていることも頷けるし、アビリティを一切使わずに再現できるものが存在しないことの理由になる。
ここで問題になってくるのはスケアリーが新しく取得したアビリティ、曲芸だ。
これは考えるよりもスケアリーに実演してもらった方が早いだろう。
スケアリーに曲芸を見せるように命令すると、スケアリーは何もない空中から小さめの骨を出現させ、ジャグリングし始めた。この時点で既に物理法則を超越しているが、曲芸の真価はそこではなかった。
投げ上げられた骨の一本が突然、燃え上がった。
そのあとすぐに、スケアリーにキャッチされた骨が、再び投げられる頃には剣にすり変わった。
しまいには、ジャグリングを止めたスケアリーの真上で、剣や燃え上がった骨が落下せず、その場でクルクルと回転し始める。
それらすべてが一カ所に集まり、パーンと小さな火花になって消えると、スケアリーは行儀よく一礼した。
黙って観ていたサナがパチパチと拍手を送り、スケアリーがもう一度礼をする。
礼をしろなんて命令した覚えはないのだが、スケアリーは頭を深々と下げている。
なんにせよ、これで仮説が正しかったことがはっきりした。
それでスケアリーの何が異常なのかというと、物理法則を凌駕する力を七つも有している点だ。
転生を三度繰り返したシルバでも九つなのだ。一度も転生してないスケアリーが七つなのはおかしい。
最も、アビリティの多さ=強さ、というわけでもないのだが。
転生前のシルバなどその最たる例だ。魔法だけで最強クラスになれたのだから。
とはいえ、進化によるアビリティ獲得は大幅な戦力アップにつながる。
それもこれも、進化さまさまである。
進化の能力アップはずいぶんと都合のいい……まてよ。
ここでシルバに名案が閃いた。
スケアリーが進化して話せるようになったことにすれば、文字を地面に書かなくとも会話ができるのではないか? と。
思い立ったが吉日だ。
『もしもし? 聞こえますかー』
「!?」
ぼーっとしていたサナに念話を使って話しかけてみると、サナは弾かれるように立ち上がり、油断なく周囲を見渡した。しかし周囲にあるのは龍の死体と、姿の変わったスケアリーだけである。
『俺だ、スケアリーだよ』
「!」
サナはまたもや驚異的な速度で反応すると、スケアリーに鬼の短刀の切っ先を向ける。
その目(シルバではない方)は驚きを隠せていない。
『せめて返事しろ』
「……本当にスケアリー?」
『そう言ってるだろ』
「本当に?」
『しつこいな。おら』
シルバがスケアリーに命令して手を上げさせると、サナは短刀を鞘に戻す。
「……今はそういうことにしておく」
若干引っかかる物言いだが、信用してくれたようだ。
『いやー、進化したらしゃべれるようになってな。一応、強くなったぞ?』
「口調が前と違う」
『……前は文字だったからな。字数を減らしたかったんだ』
「確かに、べらべらうるさい」
『うるさい!? ……お前がまともに喋らないからそう見えてるだけだろ。普通だ普通』
「あの礼は何?」
『軽い冗談だ』
シルバは積極的にサナと話しにいく。
正体を明かせない後ろ暗さを、三人を見捨てた罪悪感を払拭するように会話を続ける。
せめてサナだけでも、幸せにしてやる。
それを持って償いの第一歩とすると心に決め、シルバはスケアリーの曲芸を披露する。
その日、道化は現れなかった。
お読みいただきありがとうございます。
スケアリーの仮面。ニコちゃんマークを想像してください。
そんな感じのファンシーな仮面にかっこいい厨二な紋様が入ってます。
めっちゃダサいです。
 




