第四十二話 ドラゴン
二つ目の浮島は、一つ目と大して変わらなかった。
相も変わらず大量の鳥が飛来し、すべてサナに三枚におろされてシルバに吸収され、石板を見つけると階段が出現した。
三つ目の島でも鳥を切り裂いていくサナを見て、強くなったな、とシルバは感心する。
落下時の衝撃を吸収したのと、スケアリーのために日光から聖属性を除去しているのとで、シルバはサナの身体強化にまで手が回っていない。それなのに、サナは自分で身体強化を施し、鳥達を蹂躙している。
もはや雑魚相手ならシルバの力無しでも戦えるのだ。
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夜になった。
サナはテントも張らずに木にもたれかかり、寝る前の休息をとる。
夜は鳥たちがなぜか襲ってこない。
スケアリーは狙い通りの効果を果たしているようで、サナはスケアリーが地面に書いた文字に返答を返している。
話し相手がいるだけでも救われるということを、シルバは知っている。スケアリーには引き続きシルバの言葉を代わりに伝えるメッセンジャーになってもらおう。
さっそくスケアリーを操って、……どうしようか。
特に思い浮かばなかったので、師匠から習った踊りをさせてみる。
くねくねと滑らかに動く骨はとてもシュールで、サナは興味深そうにスケアリーを見ていた。
流れてはいないが、曲目は「亡者の行進」である。葬式で流す曲、らしい。
踊りなんて複雑な動きができるあたり、傀儡の魔眼は強力なアビリティである。
転生の時には引き継ごう、とシルバは決めた。
クライマックスが近づいてくる。スケアリーはキレッキレのパフォーマンスを披露し、最後にポーズを決めた。
やり遂げたスケアリーに、サナからぱちぱちと拍手が送られる。
反応は上々のようだ。
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三つ目の島でも鳥を斬る、石板を押す、階段を降りる、というルーチンワークが繰り返され、サナは四つ目の島に続く階段を下りていく。階段の幅は二メートルほどで、手すりはない。下も青空というありえない状況である以上、踏み外したらどうなるかわかないのだが、サナはそれをあろうことか一段飛ばしでピョン、ピョン、と飛び降りていく。
階段の半ばに差し掛かったころ、それは現れた。
トカゲのような顔。
細く縦に長い瞳孔。
薄くざらざらした翼。
竜だ。
あれはドラゴンの中でも下位竜に当たるワイバーンのようだが、それでも町一つ地図から無くなるほどには危険な生物である。
ワイバーンは羽ばたき、スケアリーに突撃する。
シルバはスケアリーを操って回避させた。
おかしい。
今まで襲ってきた鳥はすべてサナを狙っていた。スケアリーに食べられる部分はないからだ。
しかし、今のワイバーンは明らかにスケアリーを狙っていた。
つまり、獲物を狩るためではなく、敵を倒すために攻撃を仕掛けてきたのだ。
シルバはすぐさま読心の魔眼を発動する。瞳が青く染まった。
ワイバーンが警戒しているせいか途切れ途切れだが、辛うじて次はサナを狙っていることが分かる。
攻撃してきた理由は、今考えているわけではないので分からなかった。
サナとワイバーンを結ぶ線上に剣を振り下ろさせつつも、シルバは思考する。
今使ってみてわかったのは、読心の魔眼は行動予測には役に立つが、だからと言って戦闘中に自分の知りたい情報を引き出せるほど都合よくはなさそうだということだ。
振り下ろされた剣が、突っ込んできたワイバーンの首筋をとらえる。
読心による行動予測が可能にした必中の剣戟によって、ワイバーンの首筋に小さな切れ目が入った。
硬い皮膚は刃に強い耐性を見せたが、シルバの狙いは断頭ではない。
どんな頑丈な皮膚でも衝撃を逃がすことはできない。事実、剣が伝えた衝撃によってワイバーンの頭は五十センチほど下にずれている。
そして、先端がずれるということは体全体が傾くということだ。まっすぐサナのほうを向いていた体は重心である腰のあたりを中心に回転し、その下、階段に向いた。
あらゆる物質には慣性というものが働く。
慣性と剣から加えられた力の合力は、丁度階段の角に向いていた。
ワイバーンは物理法則を無視できるほどの魔法を使えなかったようで、そのまま階段の段差の端、直角に尖ったところへ頭を激突させる。
予想通りというべきか、自重を完璧に支えている階段は、非常に頑健だった。
図体の大きいワイバーンがぶつかったというのに揺れの一つも起こさず、逆に衝撃をワイバーンに跳ね返す階段。
ワイバーンは衝撃を全て頭で受け止め、気絶した。
当然だが、落ちていくワイバーンに読心の魔眼を発動しても、何も読み取ることはできなかった。
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四つ目の島以降はたびたびワイバーンが襲ってくるようになった。
襲ってくる場所も階段、森の中、崖、という風に規則性がなく、鳥と違って夜に襲撃してくることもあった。スケアリーとシルバは不眠で活動できるので、対処はできたのだが。
そしてここは七つ目の島。
鳥が襲ってこなくなると、サナたちは適当に開けた場所で座り込み、休息をとる。
この時間はシルバが操るスケアリーが何か芸をするか、しゃべれないスケアリーが地面に字を書いて話をするかのどちらかが基本となっていた。
今日も例にもれず、シルバはスケアリーを介してサナとの会話を楽しんでいた。
骨だけの細い手が器用に木の枝をつかみ、がりがりと地面を削っていく。
サナは決して自分から会話をしようとはしない。故に基本的にはスケアリーの質問にサナが答えるという形で会話が進行する。
──すきなものは?
「昔は本を読むのが好きだった。でも今はわからない」
──きらいになったの?
「今は本のことを考えるより、生きることを考えないといけないから」
──もしダンジョンからでられたら、やりたいことは?
「わからない。でも、私の顔は知れ渡ってる。お継母様の耳に入ったら何かしら仕掛けてくる」
サナは相変わらず無表情だったが、少し憤っているようにも見えた。
……暗くなってきた。サナが立ち上がり、事前に拾っておいた枝に魔法で火をつける。
スケアリーの白い骨格が一部、橙色に染まり、地面に穴だらけの影を投影した。
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さらに時間は進み、ここは九つ目の島。
周囲にある浮島は百ではきかないほどあるのだが、それらのほとんどはワイバーンの住処と化しており、階段伝いでサナたちが訪れることになりそうなのは、あと一つになりそうだった。
なぜなら、周囲にそれこそ無数に浮かんでいる浮島が、ある高度を境にぱったりと途絶えてしまっているからである。
石板を踏んで出現した階段を二段飛ばしで降りているサナの後ろを、スケアリーがカチャカチャと骨を鳴らしながら追従する。
最後の島は、中央が円状に開けていた。
その中心に鎮座するのは、大きく、強靭なモンスター。
知性を感じさせる目。
大きな口と、そこから覗く大小様々な牙。
粗く、強靭な皮膚に覆われた胴体。
前足は小さく、やや発達した後ろ足。
何よりも、軟弱なワイバーンとは比べ物にならないほどの、圧倒的な存在感。
人類の絶望がそこにいた。
奴の強みはここにいた鳥のように群れることでも、ワイバーンのように所構わず現れることでもない。
圧倒的な、個だ。
嘆くべきは、奴を倒さなければ先に進めないことか。
それとも、本能的に奴を敵と理解し、シルバの宿主が闘争心を漲らせ始めたことか。
相対するのは、スケアリーを引きさがらせたサナ。
鬼の短刀を突き出すようにして構え、圧倒的な魔力を迸らせる。
魔物の魔力の源を他者の死とするなら、人間の魔力の源は自らの精神。
死の淵から帰還し、いくつもの視線を越えてきたサナの精神は、他者の追随を許さないほどの高みへ到達していた。
龍の瞳は、愚かな挑戦者をじっと見据えている。
サナは無感情に、哀れな獲物を見据えている。
両者には、己が負けるわけがないという確固たる自信と、それを裏付けする実力だけが存在していた。
龍が、じり、と、一歩だけ詰め寄る。
サナもまた、一歩だけ歩を進める。
先に仕掛けたのはサナだった。
弾丸のように飛び出したサナは荒れた土を足で吹き飛ばしながら、多少のフェイントを入れつつ龍に接近する。
龍はその速度に目を見張りながらも、前足を地面に叩き付けた。
退化していると思われた前足は、それでも人外の膂力を発揮し、硬い大地に不規則な線を走らせる。
それでも逃げ切らなかった衝撃で、硬い岩がいくつもめくれ上がり、サナの行く手を阻んだ。
サナは魔力を短刀を持っていない方の手に纏わせ、岩に手のひらが触れた瞬間に放出する。
崩壊。
強い意志をもって流し込まれた魔力は岩石の内部で爆散し、大量の礫が散弾のように竜に降り注いだ。
それは人間にとってはまさしく散弾であったが、龍にとってはごっこ遊びで投げつけられた砂に等しい。
龍はそのすべてを軽く受け止めると、岩を砕いたことによって一瞬硬直したサナに向かって口を開いた。
直後、龍の口に濃密な魔力が集まり、光線として発射される。
ブレスだ。
サナの目が見開かれる。
夥しい光量の閃光は地を横に薙ぎ、吹き飛ばした。
ある地点から大きく抉れた大地の上で、サナは辛うじて立っていた。
光線の一部を吸収で取り込み、さらに結界を多重展開したにも関わらず、サナの体にはいくつもの火傷があった。
魔眼が自動的にサナの傷を癒し、焼け焦げた異世界の制服も自己修復を始める。
数秒で完全に癒えた体で、サナは跳んだ。
魔眼が展開する結界からヒントを得て、空中に魔力の足場を作り出す技術を確立したサナは、縦横無尽に跳び回り、不規則な動きを繰り返す。
今の攻防ではっきりしたことは、龍の攻撃を一発受けただけでも致命傷を負う恐れがあるということ。
特に、龍のブレスに防御は通用しない。
魔力は互角でも、それを扱う体のスペックが違いすぎるのだ。
だから、スピード勝負に打って出ることにする。
足にさらなる魔力を注ぎ、サナは加速した。
お読みいただきありがとうございます。
やっぱり戦闘描写は難しいですね。




