第四十話 恐怖
パキリ、と高めの音をたてて、リッチーの頭蓋が粉砕された。
シルバは、もはや砕かれて白い粉と化したリッチーの死骸を吸収していく。たいして栄養はないが、それでも魔力の残りかすなどが含まれている。吸う意味はあるのだ。
吸収を終えたシルバは、サナの様子をうかがう。
表情に出ない感情は読み取りづらいが、グレイブ・ディガーの三人と過ごした日々の中で、少しだがサナに感情というものが蘇っていた。
そして、それは寄生によって意識がある程度つながったシルバにも読み取れる。
彼女から感じられるのは深い喪失感と虚無感。迷宮内での理解者を喪ったことによる悲しみだ。
同時に彼女の心は、ともすれば壊れてしまいそうなほど弱っていた。
このままでは取り返しのつかないことになる。正体を明かしてでも、サナを一人にしてはいけない。
そこまで考えたところで、シルバの心の中でもう一人の自分が囁いた。
何をいまさら、と。
シルバは自分の正体を隠すために三人を見捨てたのだ。どうして今になって正体を明かせるというのか。
明かしてしまったなら、それは三人の死が全くの無駄であったということだ。
彼らを見殺しにした以上、シルバは正体を明かしてはいけない。
そんな脅迫観念が、シルバの肩に、重くのしかかった。
バキ、グシャ、と。もはや細かいかけらと化した骨を、サナはなおも踏みつけ、細かく砕いていく。
もはや骨粉となった骨を見て、やっとサナの溜飲は下がったようだ。
サナは壁まで寄っていき、どさりと座って体を休め始めた。
無理もない。彼女はこの三日間、魔眼の吸収の回復作用にものを言わせ、ほとんど睡眠をとっていないのだ。
サナはスイッチが切れたように、夢の世界へ誘われていく。
その時だった。
放置されていた骨粉がゆっくりと宙に持ち上がり、人の骨格を形成したのだ。
形成中の人骨格、肋骨の中央で、砕いた時にはなかった赤い宝玉が、妖しく光っていた。
モンスターは核を破壊されれば死んでしまう。
逆に、核を破壊しなければ死なない種族も存在する。
熟達すれば、斬られる瞬間に核を避難させることもまた可能なのである。
最後に再び闇を纏い、リッチーは白骨化した両掌をばっと左右に広げた。
リッチーの纏う闇がぶわりと広がり、その中から生ける屍たちが次々と姿を現す。
一瞬にして現れたアンデッドの大群が、サナに飛びかかった。
ある者は噛みついてこちら側に引き込もうと、ある者は滅多打ちにして生者への妬みをはらそうと、幼い少女に走り寄る。
『ヒヒヒヒヒヒヒヒヒィッ!! 油断したな小娘ェ!』
生命活動をしていないアンデッドは気配が希薄だ。故にサナは反応が遅れた。
サナの色違いの双眸に、剣を振り上げたスケルトンが映りこむ。
が、スケルトンはその剣を振り下ろすことなく、ピタリと動きを止めた。
そして何を思ったか、隣のアンデッドに斬りかかる。
『な!? 馬鹿な!』
サナ以外目に入っていなかったグールが、肩口から脇腹までを両断されて崩れ落ちた。
<グールを殺害>
次にゾンビが腐った足を断ち切られ転倒し、床でバタバタのたうち回る。
『何じゃ!? 何が起こっておるのじゃ!』
わめくリッチーは突然謀反を起こしたスケルトンに気をとられ、走り寄るサナの存在に気づかなかった。
サナは短刀をリッチーの宝玉に突き立てた。
ギキィ! と嫌な音をたて、宝玉に亀裂が走る。
『ぬう!?』
反撃に放った闇はサナを掠めて教会の壁を破壊した。
ならばとリッチーは魔力を練って右手に集めるが、右手は魔法を放つ前に、何をされたわけでもなくボロボロと崩れた。
リッチーの生み出したアンデッドたちもまた、反乱を起こしたスケルトンを除いて崩れていく。
『くそお! こんなところで……! ──嫌じゃ! 嫌じゃあああぁぁ!』
崩壊していくリッチーの体が地に落ち、肉のない手が空を切る。しまいには、黒い霞となって消えた。
リッチーの最期を冷淡な目で見つめていたサナが、反乱スケルトンを見やる。
奴はサナに襲い掛かるでもなく、ただそこに立っていた。
「……お前は何?」
「………………」
沈黙。
「お前は何?」
「………………」
さらに沈黙。
「お前は何?」
「………………」
やはり、沈黙。
「お前は何?」
「………………」
カチャカチャ。
「何それ?」
以外にも、先に折れたのは奇妙なスケルトンのほうだった。
そこら中に散乱したアンデッドの骨を拾い集め、せっせと並べていく。
直線などを模ったそれは、文字に見えないこともない。
サナは律儀にそれを読み上げた。
「わた……し? は……すけ……ると……ん。……そんなこと知ってる。私が聞いているのはお前が何者かということ」
スケルトンは細く白い手で「わたしはすけるとん」を指した。
「知ってる」
……。
スケルトンはまた骨を並べ始めた。
曰く、「ついていきたい」。
「別にいいよ」
いつでも殺せるし、とサナは言う。
サナはそのままスケルトンを放置して、横になってしまった。
廃教会に、小さな寝息が響く。
その横で、スケルトンは無感情に佇んでいた。
──スケルトンは何も、反乱を起こしたわけではない。むしろその逆である。
従っているのだ。
より上位の存在に。
一挙手一投足まで支配されて。
魔眼(傀儡)を使ったシルバによって。
小さな寝息を立て始めたサナの右目が、ゆっくりと開いた。
サナへの視覚情報を全てシャットアウトし、念の為に魔法で右目周辺に麻酔をかけたシルバである。
サナが起きていないことを確認したシルバは、ほっと一息をつく。……この体に心肺機能があるかはわからないが。
シルバは結局正体を明かすことができなかった。しかし、このままではサナの精神が非常に危ういのもまた事実。そこでとった代替案が、第三者を登場させる、ということだった。
適当な生物を魔眼(傀儡)で支配し、サナの仲間として活躍させる。サナの精神が安定するまでのお人形だ。回復後は適当にそこらへ捨てればいい。
そこまで思考したところで、おあつらえ向きにリッチーがアンデッドの大群を呼んだ。アンデッドの自我は弱い。簡単に傀儡にできる。
傀儡にしたスケルトンは弱く、脆かったが、シルバは身体強化が使える。遠隔で強化すればいい。
そう言えば、サナの遠隔補助魔法は完全な新技術だ。魔法協会がまだ残っていて、まだ誰も思いついていないなら、魔法特許が取得できるだろう。
長いことステータスを確認していなかった。
シルバは解析を発動する。
<ステータスを確認>
------------------------------
シルバ 0才
種族 ワイヤープラー(進化可能)
魔力 16732
妖気 282
アビリティ
転生(転生数3)
魔法
妖術
進化
魔眼(精霊視)
通知
魔眼(吸収)
寄生
魔眼(傀儡)
称号
転生者
ダンジョンモンスター
義眼
臆病者
------------------------------
臆病者。
今のシルバにぴったりの称号だ。
もちろんこのままでいる気はない。
妥協点は決めた。もう出し惜しみはしない。
連日のアンデッド狩りで、ずいぶん魔力が上昇したようで、進化が可能になっている。
もののついでに、シルバはスケルトンにも解析を発動した。
<ステータスを確認>
------------------------------
no name 0才
種族 スケルトン
魔力 22
アビリティ
不眠
不休
亡者
称号
アンデッド
ダンジョンモンスター
シルバの配下
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進化を持っていないのか。かわいそうな奴である。
不眠と不休の効果は言われなくてもわかる。
亡者は……、筋肉のない骨だけになっても動ける原因ではないだろうか。
名前がないらしい。ここはひとつ、シルバが考えてやろう。
……スケルトンをもじってscaryとでもしようか。雑魚魔物の名前が恐ろしいというのも皮肉な話だが。
<スケルトン、ID:98A3G2Eを”スケアリー”として登録>
<配下に名を与えたことで、経路が形成。魔力、アビリティを一部授与、もしくは共有>
<個体名スケアリーの魂魄が変異>
<個体名スケアリーを通知の対象に登録>
突然の通知ラッシュに面食らったシルバが、授与、共有という言葉に反応してステータスを確認する。
<ステータスを確認>
------------------------------
シルバ 0才
種族 ワイヤープラー(進化可能)
魔力 15059
妖気 282
アビリティ
転生(転生数3)
魔法
妖術
進化
魔眼(精霊視)
通知
魔眼(吸収)
寄生
魔眼(傀儡)
不眠
称号
転生者
ダンジョンモンスター
義眼
臆病者
------------------------------
<ステータスを確認>
------------------------------
スケアリー 0才
種族 スケルトン
魔力 1695
アビリティ
不眠
不休
亡者
進化
通知
称号
アンデッド
ダンジョンモンスター
シルバの配下
変異種
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いろいろと増えていた。
お読みいただきありがとうございます。
スケルトン、一時期すごくはやりましたよね。
作者の数少ないこだわりが、「だいぶ前に流行ったものに転生させる」ですので、スケルトンはグレーゾーンなんですよ。
そこで、主人公の転生先ではなく、仲間として登場させてみました。今のとこ操り人形ですけど。
 




