第四話 婚約者
スッとふすまが開く。
ガルアとともに現れたのは、十八歳くらいの青年だった。赤い髪と全く合わない黒いタキシードに身を包んでいる。
「やあ、シルバ君、覚えているかな? 三歳くらいの時に会ってるはずなんだけど」
シルバの脳裏に一人の男性が思い浮かぶ。
「お久しぶりです、リエルドさん」
「ああ。久しぶり」
「これからよろしくお願いしますね」
鑑定は相手に触れていないと発動できないため、スッと手を差し出した。
リエルドと握手をした瞬間に解析を発動する。
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リエルド・ハルク 231才
種族 不死鳥
魔力 1354
妖気 34
アビリティ
不老
再生
煉獄
称号
族長
火の悪魔
親バカ
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妖狐族以外持っていないはずの妖気を、なぜこの青年(?)が持っているのか。
というか、アビリティが強力そうなものばかりである。
「どうかしたのかい?」
「いえ、なんでもありません」
不審がられてしまったようだ。何かあるたびに熟考する癖は直したほうがいいかもしれない。
「それじゃあ、本日の主役にご登場願おうか」
ガルアがそう切り出すと、リエルドもうなずく。
「「リエナちゃんのご登場でーす!」」
ガルアがふすまを開けると同時に、リエルドがどこからか取り出した紙吹雪を撒く。
ふすまの奥から出てきたのは、赤い髪を肩まで伸ばした、見た目五才の女の子だった。
その整った顔が紙片まみれになるのを気にも留めず、シルバとはテーブルをはさんだ反対側にある座布団に座る。
「どうも、シルバさん。リエナといいます」
「ええ、シルバといいます。こちらこそよろしく」
挨拶を返すと、リエナはにこりと微笑んだ。
シルバが言えたことではないが、リエナはとても五才とは思えなかった。
外見と纏う雰囲気が一致していない。転生した後に五才児と会ったことはないが、転生前に見た限りだと、このように大人びた子供は少なかったはずだった。
「どうかされましたか?」
「い、いえ。なんでも」
リエナに声をかけられ、ハッと我に返る。つい二十秒前に似たようなやり取りを交わした気がする。
「それじゃあ、邪魔者は消えるとしようか」
「ああ、それがいい。……二人とも、ごゆっくり」
大人二人がこそこそと出ていく。今部屋にいるのはシルバとリエナの二人だけだ。
リエナが唐突につぶやいた。
「全く。どうしてこんなガキンチョと婚約しなきゃいけないのよ」
「!?」
リエナの態度が変わった。百八十度反転したと言っていいだろう。
シルバが目の前の少女の突然の変化に戸惑っている間にも、リエナは、
「あんたさあ、私のこと同い年だと思ってるでしょ? 違う違う。私十九才なの。十! 九! 才! あんたよりずっとお姉さんなわけ。親父からの命令じゃなければこんな話、ぜぇったい断ってるわ」
「……え、ええー?」
まずいくつか言わせてほしい。口には出さないけど。
シルバの年齢は転生前と合わせると十八才+五才=二十三才。リエナよりずっとお兄さんである。
そしてシルバにもまじめに婚約するつもりはさらさらない。血に効果があればそのまま逃亡、なければ不慮の事故にあってもらう予定だった。
言わないけど。
「どーせあんた『やったぁ! こんなきれいなお嫁さんがもらえるんだ。うれちぃな』とか思ってたんでしょ。残念でしたあ~。あんたが大人になっても、あたしはちょっと成長したくらいよ。ぶわ~か」
シルバの額に血管が浮かび上がる。所謂怒りマークというやつだ。
目の前の愛くるしい毒吐き少女(?)をキッとにらみつける。
「第一雰囲気がダサいのよ」
「んだとこのクソアマ!! 東京湾に沈めたろか、ああ!!?」
「!?」
今度はリエナが驚く番だった。当然である。事前情報だと、父曰く「とってもいい子」らしかった。しかし、目の前にいる子供に「いい子」要素が存在するとは思えなかったのだ。
「な、なによ! ほんとのことでしょう? っていうか東京湾って何!」
「知るか」
「ええ!?」
実際知らない。師匠製漫画知識である。
「つーか、婚約予定だろ? 俺たち。もう少し仲良くしてもいいんじゃないか?」
「ぐ……」
とりあえずシルバのペースにはなった。別に生意気なのはかまわないが、裏切られたりはしないようにしたい。あと、血の入手成功率を考えると、親密になっておいたほうがいい。
どうやって取り入ってやろうか。
シルバは親密度を上げるための策を練り始めた。
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「あ! そうだ! 羊羹いるか羊羹! うまいぞ!」
「いらない。あたし羊羹嫌いなの。あと、下心見え見え」
「じゃあ栗羊羹! 栗羊羹ならどうだ?」
「聞いてた!? 人の話!」
先ほどから親密度上げの一環として餌付けを行っているが、結果は芳しくない。どんな羊羹を勧めても拒否されるのだ。シルバには羊羹を勧めるという手しかないため、次に勧める羊羹を考え始める。
「わかった。芋羊羹がほしいんだろ?」
「違う!」
本人に悪気はない。いたって真面目である。
そのあと、フェート家の持つ羊羹コレクションすべてを羅列するまで、シルバの羊羹アピールは続いた。
「アルティメット水羊羹でもダメか……まさかチョコレート出すわけにもいかないしなぁ」
シルバが羊羹を仕舞いながらそうつぶやいた瞬間、そっぽを向いていたリエナが、がばっと振り向いた。目が血走っている。……怖い。
先ほどまでの人を見下したような目とは違う、とても真剣な目でこちらを見つめてくる。
リエナがふりかえり、チョコをほしそうなめでこちらをみている。
チョコをあげますか?
>はい
いいえ
「えーと、……いる?」
リエナはただ無言でうなずく。
ゴクリ。
よだれを飲み込む音が聞こえた。
「…………」
シルバは葛藤していた。
フェート家は昔から伝わる伝統をとても大切にしている。
例として挙げられるのは、食事のメニューはそのほとんどがご飯と味噌汁、そして焼き魚ということである。
異世界ならどこに行ってもあるはずのパンは一切食べないし、チョコレートなんて論外だ。今あるチョコレートは、シルバが秘密裏に取り寄せたもので、見つかったら焼却処分されてしまうだろう。
調度品もすべてフェート色で統一されており、床にはカーペットの代わりに畳というイグサを編んだ板状のものが使われている。
庭のほうからししおどしのカコーン、という音が響いてくる。これらフェート独自の品はすべてフェート家の先祖、その側近が考案したものらしい。側近は当時の族長の部下であると同時に恩人であったため、感謝の念を込め、今でも大切にしているのだそうだ。
リエナはめをうるうるさせてこちらをみている。
チョコをあげますか?
はい
>いいえ
当然、チョコは人間が作っているので、獣人の領域である東部にはなかなか出回らない。目玉が飛び出るほど高価な代物だ。その威力たるや、板チョコ一個買うだけで次期族長たるシルバの財布に深刻なダメージが入るほどである。
買いだめている分もあるが、それでも三つ。今あるチョコは、懐に入れている分と合わせて四つだけだ。
リエナはこびるようなめでこちらをみている。
チョコをあげますか?
>はい
いいえ
決断の時間だ。
リエナはどげざしている。
チョコをあげますか?
はい
いいえ
>交渉
「チョコレートはやろう。だから、血を少し分けてくれ」
断られれば目的が露呈し警戒されるが、一気に目的まで近づける手でもある。
チョコなんて後でいくらでも買えばいい。
リエナは土下座を止め、スッと立ち上がる。そしてシルバからチョコレートをひったくり、口に含んだ。
「いやよ変態」
「……」
沈黙が訪れる。チョコレートをポリポリと噛む音だけが静寂を沈黙に押しとどめていた。
無銭飲食。
この四文字が脳裏をよぎる。
プチッ。
唐突に、何かが切れる音がした。
シルバは激怒していた。
怒りで体中から魔力が湧き上がってくる。子供の体と言えど、魔力は一般魔術師レベルに達しているし、扱うのは元魔神殺しの英雄だ。その英雄を怒らせて立っていることはできないだろう。……チョコレートで怒る英雄もどうかと思うが。
「てめえ……よくも……!」
魔力が主の感情と同調し、赤黒く染まっていく。
怒りのままに魔法を撃とうとした瞬間、シルバの視界が暗転した。