第三十九話 デコ弁
一週間後。
サナが魔眼を解禁した影響で攻略スピードが上がり、現在の階層は二十七階層だ。
道中で見つけたオアシスではまた、温泉に入って卓球をした(布団の色は両方紫だった)。
そして今、サナたちは野宿をしているわけだが。
「~~~~」
誰よりも早く起きたサナが、大きく伸びをする。それに伴ってサナに寄生しているシルバも目覚め、各種身体強化をサナに付与した。
サナが起きてから最初にやることは決まっている。
鬼の短刀を拾い上げ、防具である異世界の制服に着替えたサナは、シュシュシュシュッと素振りを始めた。
魔力を吸収したおかげでシルバの身体強化はさらに精度を増しており、サナの腕が残像を生み出す。
日々強化される力を制御できるように、朝の鍛錬は必須なのだ。
風切り音が強く、鋭くなり、残像の数が増えていく。
ボボボボボボボボボボボ、と鳴り出したあたりで、サナの次に早起きなヘックがバニエタのテントから出てくる。
ヘックは欠伸を数回やって、サナのほうを向いた。
「あ~、サナちゃん。おはよう。いつも早起きだねぇ」
シルバは見た。同時に瞼を思いっきり閉じさせてサナには見せなかった。
ヘックが上半身裸で、同じく裸のバニエタがテントの中で寝ているのを。
今日も一日が始まる。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
宿泊用のテントを畳み、朝食を済ませた一行は、昼食の準備をする。結界を張るためには魔力が必要で、魔力を節約するためには弁当を用意して結界を張らずに手早く食べるのが一番だからだ。
「うお!? なんだそのキラキラした弁当?」
焚火の上に金網に三脚をつけた台を置き、その上で調理をしていたバニエタに、エルドが尋ねた。その視線の先には、色のついた食品を上手いこと盛りつけた弁当がある。絶妙な配置で、ヘックの顔と思しきものが象られていた。
「なにって……デコ弁よ。ヘックの顔を描いてるの」
「へえ。器用なもんだな」
「一応郷土料理なのよ?」
「ほんと、バカップルだな~」
「ふふ、お昼になったらヘックに渡すの」
「なんの話?」
「なんでもなーい」
ヘックの乱入によって、会話は中断される。
バニエタは出来上がった弁当を、大事に腰のポーチに入れた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
朝の出来事でいまだに赤面しているヘックが、結界を消すために呪文を唱える。
現在の技術では結界を張ったまま移動することはできず、結界を解除してから移動することになる。そうなると当然、モンスターと戦わなければならない。いつもの事である。
ただし、今日はその「いつも」には当てはまらなかった。
「左後方と右後方、前方に敵! 右から順に……いや前方にもう一匹いる! 前から順に対処して!」
今日に限って異様に敵が多く、サナたちはアンデッドに取り囲まれていた。
「ヘック! 魔法は!?」
「ごめん! 魔力が尽きた! あと三分かかる!」
「エルド! まだ戦える?」
「おうよ! 何なら斧でジャグリングしてやるぜ!」
「そういうのは後で。サナちゃん、そっちは!」
「まだいける」
アンデッドは生者の発する熱や音、魔力、二酸化炭素などに反応して寄ってくる。
その情報を知っていたシルバだが、彼らはそれに気づいていない。
仮に知っていたとしても、この数ではどうすることもできないだろうが。
「どおっっせええええええい!!」
エルドが片っ端からアンデッドを切っていくが、直ぐに後続が現れる。
ゾンビが怪力でその爪を振るい、エルドの腹に深い爪痕をつけた。
同じくアンデッドを切り刻んでいたサナがそれに気づき、回復薬を投げつける。
ビンが割れ、エルドの傷が癒えていく。
「サンキュー、サナちゃん。……うおっ!? しまった!」
エルドが気を抜いた瞬間を狙って、身軽なスケルトンが前衛の二人を抜く。
しかし次の瞬間、スケルトンはバニエタのトラップで粉々になった。
シルバは考える。どうすればいいか。
もちろん戦闘にはサナのサポートで加担している。グレイブ・ディガーの三人はシルバも気に入っているし、彼らが全滅するということは宿主であるサナが危険にさらされるということだ。それは避けたい。
ではシルバは何について悩んでいるかというと、正体を明かすかどうかという話だ。
現在シルバが使っている能力は吸収と魔法、それも身体強化のみだ。一応サナから命じられればほかの魔法も使うことができるが、正体を明かさないとなるとそれだけしか使えない。シルバはあくまで「魔眼」であるので、魔法も能動的には使いづらい。
仮に正体を明かした場合、シルバは妖術の一つ、幻術を使える。簡単に切り抜けられるだろう。
しかし、それには相応のリスクが生じる。
シルバはモンスターだ。いくら取り繕ってもその事実は変わらない。冒険者ギルドの所有するモンスター表に記載されている邪眼族・ワイヤープラーなのだ。
そして、モンスターに対する世間の反応は厳しい。グレイブ・ディガーの面々だって、身内をモンスターに殺された者がいるだろう。
モンスターは人間に、人種にとって最大の敵であり、見つけ次第討伐するものなのだ。
もしかしたら、助けた人間を返り討ちにする必要が出てくるかもしれない。
エルドの顔に疲れの色が見え始めた。
──サナだけに話すにしても、サナが拒絶しないとも限らない。
二人の間を抜けたアンデッドがバニエタの腿を切り裂いた。
──全員が肯定的なはずがない。
助けに入ろうとしたエルドがアンデッドの波に飲み込まれた。
──最初は友好的な振りをして、寝込みを襲うに違いない。
ヘックがバニエタを守ろうと、小ぶりな短剣を抜いた。
──ましてや守ってくれるなんてありえない。
二人に近づこうとしたサナの周りを大量のアンデッドが囲った。
──絶対に孤立する。
バニエタをかばったヘックの首が、不自然に曲がった。
──助けても意味なんてない。
エルドが立っていた場所にはもう何もなかった。
──生きられる時間が違う!
自失していたバニエタが吹き飛び、彼女のポーチから小箱が落ちた。
サナがアンデッドを片付けて三人の様子を見るが、皆生きているとは思えなかった。
息をしていない三人がうめき声をあげながら起き上がり、ゆっくりとサナに近づいてくる。
その顔に、もう生気はなかった。
サナはよろめく三人に近づいていき、
そっと、
彼らの首を断った。
サナに襲い掛かろうとしたスケルトンが切られた。
三人の死体を喰らおうとしたゾンビがサナの操る魔眼に吸収された。
サナの肉体を奪おうとした人魂が魔力で消し飛ばされた。
サナの短剣が幾度となく振るわれ、固まりかけた黒い血が飛び散る。
顔色を一切変えずに、淡々とアンデッドを屠っていく。
サナ以外立っているものがいなくなった墓地に、新しい墓が三つ加えられた。
サナは墓石の前に、表情が抜け落ちた顔で佇んでいた。
墓に備えられた小箱から、崩れたデコレーション弁当が覗いた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
『ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ。よく来たな愚かな挑戦者よ。儂は三十階層ボス、リッチーじゃ』
三日後。
三十階層、ボス部屋。
廃教会が今回のステージだ。ひび割れたステンドグラスから入ってくる光が、教会全体を薄っすらと照らしている。赤を基調としたステンドグラスを通った光もまた、血のように赤い。
その赤い光を背に浮遊するリッチーは、闇を纏った骸骨そのものだった。
『ヒヒッ。驚いたか。ある程度位の高いモンスターは言葉を話せるのじゃ』
リッチーはどうやっているのか、頭蓋骨を歪めて笑った。
「お前の仕業?」
『あん?』
「あの大量のアンデッドはお前の仕業?」
リッチーは何のことかわかったようで、その頭蓋をさらに歪めた。
『ああ、そうじゃ』
「!!」
『ダンジョンには月に一回大掃除があってのう。それが三日前だったのじゃ』
「……そう」
『お? やる気になったのじゃな。では! 我が古代魔法をとくと味わうが──』
短剣を構えたサナに肉のそげた手をかざしたリッチーは。
次の瞬間には左右に分かれていた。
炎の魔力を帯びた鬼の短刀が、陽炎を生んで揺らめいている。
『ば、馬鹿なっ。それは儂と同じ──』
「死ね」
さらに二等分されたリッチーは、物言わぬ骸骨となって、かしゃんと落ちた。
サナはその骸骨に歩み寄り、足を上げ、
踏み砕く。
また足を上げ、
踏み砕く。
足を砕く。
腰を砕く。
胸を砕く。
腕を砕く。
肩を砕く。
首を砕く。
サナは最後に残った頭蓋に狙いを定め、足を振り下ろした。
死亡フラグをわざわざ回収していくスタイル。
こうすることは三人が登場した当初から決めていたことでした。




