第三十八話 精霊の希望
今回は視点が変わります。
視点変更がしやすいのは、三人称一元視点の利点ですね。
彼が死んで二百年ほどになるだろうか。
テラリアはラインがエルフの王となり、秘書のミルと式を挙げたのを見届け、サウス大陸の世界樹の元で眠っていた。
シルバが死んだ後も精霊契約が切れることはなかった。だからラインとポチとともに世界中を巡ることができたのだが、シルバが死に、ラインが落ち着いた以上、自由は虚しいだけだ。
世界樹の根元、さらに地下に、世界樹の根が集まって空洞ができている。
そこがテラリアの住みかだ。
テラリアは空洞の中央に、水死体のようにぷかぷかと浮いているだけ。精霊の義務として、精霊王から世界樹への魔力の供給を任されているテラリアだったが、もうすでに五百年分の魔力が世界樹に集まっていた。
生活空間兼、魔力供給装置であるこの空洞にずっといたからだろう。
どうして人は死ぬのだろう。なぜ精霊は死なず、せいぜい一週間行動不能になる程度なのだろう。
どうしてシルバは死んでしまったのだろう。
シルバを殺した糞勇者は氷のオブジェに変えてやったが、シルバが戻ってきたわけではない。
人間どもは彼が勇者最後の末裔だったとほざいていたが、あの程度の強さの勇者がのさばっているようではもう人間は終わりだろう。
テラリアは本日五十三回目の寝返りをうつ。
そこへ、招かれざる客が現れた。
「南の大精霊テラリア! 貴様を勇者殺害の容疑で処刑する!」
『またですかー。もう二百年になりますよ? グチグチ言い過ぎでしょ。敵討ちが伝統芸能なんですか?』
わざわざ神聖な世界樹の内部に侵入してきた無礼者は、ロナルド帝国の装備をしている。
全員の目に特殊な片眼鏡がかけられており、その恩恵で通常では見えないはずの精霊が視認できるようだ。
その数は十五人。空洞内に押し入って武器を構える近接部隊と、出入り口その他から魔法を打ち込もうとする魔法部隊に分かれる。
『いや、シルバさん殺されたから怒って勇者とその祖国に報復したのは悪いと思ってますけど。しつこいですよ。王都の魔法図書館を粉々にしたのは謝りますから』
「問答無用! さっさと世界樹を明け渡せ!」
『あれ? そっちが本音ですか? じゃあ私全く悪くありませんね。安らかに死んでください』
テラリアがぱちんと指を鳴らすと、前衛の兵士たちは一人残らず首を残して氷漬けとなる。
「ぐっ……。古代魔法か」
『私にとっては現代魔法ですけどね。さようなら』
またぱちんと指を鳴らすと、氷はその中身ごと爆散する。
飛び散った血は世界樹が吸い上げ、養分にするため、すぐに消えてしまった。
「う、わあああああああああああ!!?」
誰かが叫ぶ。よくもまあここまで無計画に侵入してきたものだ。
後衛の魔法使いたちは必死で魔法を詠唱するが、そんなものが間に合うわけがない。
『魔法使いも弱くなりましたね』
その原因はテラリアが数度にわたって当時人間の中では最先端だった魔法図書館を、風魔法で中にいる人間ごと細切れにしたことによる衰退なのだが、彼女はそれに罪悪感など抱いてはいない。
人口精霊を作り出すだの、魔神殺しの英雄を復活させるだのという危ない研究は潰しておくに限る。根源となる理由がシルバを殺された恨みだったとしてもだ。
テラリアは魔法使いを二人残して全滅させると、残った二人の首から下を氷漬けにして、言った。
『さて、帝国兵の方。どうしてここを襲ってきたんですか? 先に話したほうを氷から解放してあげます』
「ひっ……。誰が話すものか!」
「せっ、世界樹の調査だ。ついでに、魔力の塊である精霊の殺害、肉体の収集令も出ている。勇者云々は建前だ」
「貴様ぁぁぁぁ! 裏切っ──」
『ご協力ありがとうございまーす』
答えなかった方の男が爆発し、冷えた血をまき散らす。
安堵しているのは答えた方の男。氷から解放した後、風魔法で細切れにした。
ぽかんとした表情の首が、床で小さくバウンドし、再び着地する前に細かく切り刻まれる。
世界樹が肉の断片を吸収しているのを確認した後、テラリアは空洞から出る。
世界樹の根元まで上がると、久々に太陽の光を浴びる。
テラリアは世界樹の方へ向き直ると、強固な結界を張った。これで誰も侵入できない。
──さて、どう報復してあげましょうか
また魔法図書館をつぶすのは芸がない。いっそ王城を完膚なきまでに破壊しつくしてやろうか。
そこまで考えた時だった。
その存在を、確かに感じた。
精霊契約を通じて、片割れの存在を感じたのだ。
つまり。
『シルバ、さん?』
シルバの存在を感じるのは北西。中央大陸から西にあるウェスト大陸の方だ。
距離が離れすぎているために思念は届かない。
でも、確かにそこにいる。
精霊契約が切れていなかったのも、これがあるからだったのかもしれない。
西大陸には言ったことがあるので、転移が使える。
視界が暗転すると、そこはもうシルバのいるウェスト大陸だ。
方向をしっかりを感知できる以上、すぐにたどり着くだろう。
問題は位置を知ることができるのが精霊側のみであること。
シルバはテラリアがどこにいるかもわからないだろう。
この方角は……ダンジョンの方だ。
二百年ほど前、シルバと旅をしたあたりから音信不通になった西の大精霊の住みかである。
そんな得体のしれないところに、シルバはいる。
『シルバさん、待っていてください。今、行きます』
帝国のことなど二の次だ。
テラリアはその羽でもって、空を切って進んでいった。
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