第三十七話 ダウトはなかなか終わらない
ダンジョンにはオアシスと呼ばれるものが存在する。
オアシスと言っても、ダンジョンのオアシスは砂漠と違い、巨大な施設であった。内部には食糧庫や宿、娯楽施設がある。
一階層ごとに存在するそこは、サナの魔眼などの例外を除き、モンスターから食料を入手できない冒険者にとっての補給地点であり、憩いの場でもあるのだ。
「しっかし、謎よねえ~」
湯船に全身を沈めたバニエタが、そのままさらに沈んで顔の下半分をお湯に漬け、口からコポコポと泡を出す。サナとその右目であるシルバも一緒だ。
シルバは全力で瞼を閉じようとするが、怪訝に思ったサナにそれを阻害されてしまった。
「謎?」
サナが尋ねると、バニエタは顔を湯面上に浮上させた。シルバは今度は丸い体をひねって目をそらそうと試みるが、サナのほうが優先度が高いらしく、目をそらすこともできない。ガン見である。
「だって、ダンジョンにこんな建物があるのよ? そのまま兵糧攻めにして殺せばいいのに」
諸説あるが、ダンジョンに冒険者が寄ってこなければ魔力を吸収できないから。とシルバは記憶している。
「謎ねぇ~」
バニエタは再び顔の下半分を潜航させる。
ここは宿に付随している温泉である。無人の宿ではなぜか人数分の食事が用意され、人数分の布団が敷いてある。食事は三食分用意されており、一日経ったらオアシスから閉め出されるので、それまでに食糧庫から食料を取り出し、マジックポーチと呼ばれる冒険者御用達の無限収納装置に入れて出発しなければならない。
逆に言えば、一日の間は何をしてもいいのである。
風呂から上がったサナとバニエタは、同じく風呂上がりのエルドとヘックに合流する。
「いや~さっぱりしたなあ~」
「じゃあ、恒例のあれ、やっちゃいますか」
「うん、それがいいわ」
「……あれって?」
「説明するより見た方が早いよ」
ヘックによって案内された宿の一室。そこには、中央がネットによって区切られた台と、亀の卵のような白い球体、うちわを小さくしたような木製の板が用意されていた。
「温泉と言ったら卓球でしょ!」
ヘックはプチうちわを人数分とってきて、サナやほかのメンバーに手渡した。
板の名前はラケットというらしく、これで亀の卵――ではなく、ピンポン玉を打ち合うのだそうだ。
聞いたことのないスポーツは、シルバの興味を引いた。……しかし、今のシルバには手も足もない。大人しく見ていることにした。
サナは床に落としたら負けだの相手のコートに向かって打てだの、卓球のルールを大まかに説明され、実際に卓球を経験する。
「ふふふ、サナちゃん。僕は初心者だからって手加減しないよ……?」
魔法でボールを操作するヘックに勝つ。
「くくくくっ、奴は我々の中でも最弱……。あ、ちょまっ。まだ前口上のとちゅ――」
空中に設置したトラップを利用するバニエタにも勝つ。
「がっはっはっはっはっはっは! くらえ! ファイアースマーッシュ!」
ボールに火を纏わせてきたエルドすらも負かす。
全戦全勝したサナは、無表情ながらもどこか誇らしげだった。
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夜。
夕食を済ませた一行は居間に集まり、トランプに興じていた。
宿は基本的に和風で、今には畳が敷かれている。
「じゅうに」
「じゅうさん!」
「……いち!」
「ダウト」
彼らが競っているのは究極の騙し合い、ダウトである。
ルールは簡単。均等にトランプを分け、一番手はエース、二番手は二、という風にカードを重ねていき、手札がなくなったら勝ち。カードを重ねる際に数字を偽ることもできるのが醍醐味だ。
「ダウト」と宣言されたバニエタが冷や汗をかき、自らの出したカードをめくる。……「三」のカードだった。
「はい残念~」
宣言した張本人であるヘックが、積み重なったカードをバニエタのほうへ寄せる。
嘘を見破られた以上、バニエタは渋々それを受け取った。
「なんでわかったのよ?」
「秘密だよ」
ヘックは得意げに、少し照れくさそうに言った。
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十分前。
バニエタを除いた三人は、急遽押入れの中に集まっていた。
押入れは良い。暗くて狭い所にみんなで入ればワクワクするし、秘密基地間が出る。
『なんで集まったの?』
サナの問いに、エルドはサナちゃんには話してなかったな、と呟いた。
『ヘックはな、バニエタのことが好きなんだよ』
『……そうなの?』
『……うん』
エルドのカミングアウトを、ヘックは顔を赤らめて肯定した。
乙女か! と思った魔眼がいたとかいないとか。
『しかぁし! このヘタレは一回も告白できてねえ』
そこでだ、とエルドは声のトーンをいったん下げる。
『――俺たちが愛のチューパットになってやろうじゃねえか』
……それ吸うやつ。
ヘックはため息をついた。
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「っしゃあ! 上がり!」
「私も」
「あっ!? ダウト! ダウトよ!」
バニエタが苦し紛れに放ったダウト宣言を、サナは自分の出したカードをペラリとめくることで跳ねのける。
「喉乾いたな。水飲んでくるわ」
「私はトイレに行ってくる」
「さ、さあ、これで僕とバニエタの一騎打ちだね」
適当な理由をつけて退出する二人を尻目に、若干緊張した面持ちでバニエタに向かいなおったヘックは、心中で二人に礼を言った。
ほんの数分前のやり取りが思い浮かばれる。
『まず、トランプをやろう』
『トランプ?』
『そう、トランプだ。できれば運要素が少ない奴がいいな。それで俺たち三人で共謀して、俺とサナちゃんが一抜けできるようにするんだ。あとは俺たち二人が適当な理由をつけて出ていけば、お前らは二人きりになる。あとは告白するなりなんなり好きにすればいい』
『さすがエルド。馬鹿だけど頭いい』
『サナちゃん、それ褒めてんのか?』
そして計画通り、自然にバニエタと二人きりになれたヘックだが、一つ大きな誤算があった。
どうしたらいいかわからないのである。
何かきっかけがあれば……!
「はち」
「きゅう」
「じゅう」
「じゅういち」
こうしている間にも黙々とダウトは進行していく。
「じゅうに」
「ダウト」
見破られたバニエタが悔しそうに重ねられたカードを回収する。
「じゅうさん」
「いち」
「ダウト」
言い当てられたバニエタは顔を引き攣らせた。
「なんでわかるの? 私ポーカー得意なのに」
顔にでも出ていたかと、バニエタは顔面をぺたぺた触る。
「ああ、顔には出てないよ」
「じゃあどうして?」
「君は嘘をつくとき、左手をぎゅっと握る癖があるんだ」
指摘されたバニエタは、左手に意識を向ける。左手はグーで固定されていた。
「ほんとだ! ……あれ? なんでそんな事ヘックが知って――」
「知ってるさ。小さなころから毎日見続けていたんだから。いつもいつも、君の横顔を追っていた。たとえミミックが君に化けても、絶対に間違えはしないだろう」
「なっ……!」
押し黙ったバニエタに、ヘックが畳みかける。
「幼いころからずっと君が好きだった。冒険者になった本当の理由は君と離れたくなかったからだ。村を出た君以外を好きになっていくのが許せなかったからだ! ……僕と結婚してほしい」
言ってしまった。
ヘックは自分が何を言ったかよくわかっていなかった。
きっと早口でまくし立ててしまったのだろう。断られるに違いない。
「……いいよ」
「へ?」
「ただし、ダンジョンから出れたらの話だけど」
二人の顔は、赤く染まっていた。
ゲームは続行される。
「に」
「さん」
「よん」
「ダウト」
「なぜわかった」
「よんは四枚全部こっちにあるのよ。スペードもダイヤもクローバーも、ハートもね」
ダウトはなかなか終わらない。
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「yeaaaaaahhhh!!」
「落ち着けヘック! 変換出来てねえぞ!」
時間は進み早五分。部屋からやたら興奮したヘックと、逆に大人しくなったバニエタが出てきた。
「成功したの?」
「モチのロン! hyahhuuuu!↑」
「うるさい」
サナはどこからかハリセンを取り出し、はっちゃけたポーズをとっているヘックに叩き付けた。
「どこから取り出したんだ?」
「今は日常パート。何しても許される」
「?」
……正気を取り戻したヘックは、おやすみなさいとだけ告げて、寝室に入っていった。
「じゃあ、私たちも寝ようか、サナちゃん」
「眠い」
時刻はすでに十時半。一応十二才であるサナは、瞼が重くてたまらなかった。
サナは二つ並んだ布団の内、紫色をした方に潜り込む。
必然的に、バニエタは残されたピンクのほうを使うことになる。ピンクの布団より、紫色のほうが大きい気がした。
「これ絶対逆よね……」
ダンジョンと言えど、冒険者の好みを把握できるわけではないらしい。
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翌朝。
起床したサナたちは、身支度を整えて宿から去り、オアシスを後にする。
寝起きに陽の光を浴びたいところだが、霧で覆いつくされた墓地にはそれを望めない。
陰鬱な雰囲気に満ちた墓地を、一行は晴れやかな心持ちで進んでいく。
ふとサナがオアシスのほうを振り返った。
「サナちゃん?」
「なんでもない」
サナは踵を返し、たたたっ、と走って距離を詰める。
彼らの後ろには、何もないただの墓地が広がっていた。
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