第三十二話 蜘蛛
最新話にはあらすじを入れております。ご要望があれば、今までの話のあらすじも書いて、残しておきますので、感想欄にてお伝えください。設定を変えておきましたので、ユーザーではなくとも書き込むことができます。
アビリティ、寄生。
シルバが以前もっていたアビリティである操作と似た能力であるが、寄生には操作にない能力が備わっている。その最たるものとして挙げられるのが、宿主との順応である。
シルバは、宿主の少女の記憶の一端を覗き見ていた。
『お母様~』
『うふふ。サナったら。甘えん坊なんだから』
『おいおい、そんなんで公爵家令嬢としてやっていけるのか~?』
幸せな幼少期。
『きゃあああ! お父様、蜘蛛が!』
『のわああああ!?』
『あなた、そんな事に魔眼使わないでください。散らかるでしょう。サナもよ。蜘蛛くらいでいちいち騒ぐんじゃありません』
『はあい』
『サナは繊細なだけだよ』
日常の一ページ。
『サラの魔眼がいつになっても目覚めないの。どうしましょう』
『大丈夫。サナは聡明な子だ。魔眼が無くてもきっと、やっていけるよ』
将来への不安。
『お父様、お母様は何処?』
『サナ。お前の母様はもう……』
悲しい記憶。
『サナ! 今日からお前の母になるラティーだ。仲良くしてくれ』
『サナちゃん、よろしくね』
『よろしくお願いします。お継母様』
新しい家族。
『お継母様、ダンジョンの視察も楽しいものですね』
『そうね。あなたさえいなければ』
『え?』
『魔眼も使えないあなたが公爵家なんて片腹痛いわ』
『これは!? 結界?』
『代々伝わる魔眼あっての公爵家に、あなたみたいなのは要らないの。私の子だけが実権を握ればいいのよ』
裏切り、そして今。
少女は血の海の中に沈んでいる。
死の恐怖が少女の心を変貌させていく。
精神を守るために、精神そのものを作り変えていく。
サナ・グランハートは飛び起きる。
奇妙な夢だった。今までの人生を圧縮したような内容。あれではまるで走馬灯のようでは……。
いや、きっと走馬灯だったのだろう。体を切り刻まれ、死のふちに立っていたのだから。
そこまで思い至ったところで、体に何の痛みも無いことに気づく。
服に血こそ残っているものの、体に傷は一切見当たらない。
潰された右目も元通りだ。
しかし、ここは封鎖中のダンジョンである。何者かが助け出したわけでもないだろう。
考えてもわからないことはわからないので、サナは状況の把握に努めた。
今は生き延びて、ダンジョンから出ることを考えていればいい。
この時点で、サナの精神は作り換わっていた。
普通の少女なら錯乱しパニックに陥るのだが、この十二歳の少女は冷静に生存方法を模索している。
貴族生活で身についた礼儀作法や言葉遣いは、無駄であると切って捨てた。
まずここはダンジョンの地下二階。モンスターが多すぎる故に一階以外の階層が封鎖されたダンジョンのはずなのだが、どういうわけか周辺にモンスターはいない。
一刻も早く脱出したい所である。
しかしながら、サナはダンジョンを出る方法を二つしか知らない。
すなわち。
入り口から出るか、攻略するかだ。
階段には強力な結界が張られているので下に進むしかないわけだが、下への階段の位置がわからないため、道を一つ一つ潰していく事になる。
階段前の十字路を右に曲がると、その先は行き止まりだった。
ならばと左に曲がると、今度は小部屋に出る。
部屋の奥には宝箱が設置されていた。
これはありがたい。
ダンジョンを素手でうろつくなど自殺行為なので、宝箱から武器などが出れば万々歳である。
サナが宝箱を開こうとしたときだった。
ガシャン! という音が背後から響く。
見れば、小部屋の入り口に鉄格子がはまっていた。
同時に、黒いもやが一つ、小部屋に出現する。
もやは見る見るうちに一体の生物を形作り、動き出した。
戦えと言う事らしい。
トラップだ。
おもに宝箱に仕掛けられ、かかったものを強制的に戦わせる。
今回の相手はゴブリン。子供が好物の、醜悪な小人である。
手にはナイフが握られており、目の前の少女を掻っ捌いて食ってやろうと言わんばかりだ。
そんな相手に、丸腰のサナは……。
「はあっ!」
気合の掛け声と共にまっすぐに飛び掛った。そこに一切の迷いも見られない。
公爵家の象徴である魔眼が宿らなかったサナは、他人の数倍にも及ぶ努力をしてきた。
その一つが淑女の嗜み、体術である。
もともとは自分と大切な者を守るためだった技術が、攻撃のための技術に転じる。
サナはゴブリンが突き出したナイフをサイドステップで回避。
突き出された腕を掴むと、そのまま流れるように背負い投げを行う。
地面に叩きつけられたゴブリンの手が緩んだ隙を狙ってナイフを奪い取ると、すばやく首に突き刺した。
痛みと苦しみに、ゴブリンの目が見開かれる。
さらに、念のために目を切り裂いた後、無感情にナイフを何回も、何回も心臓に突き刺し、ようやく死亡確認に入る。モンスターの生命力をなめてはいけない。
ゴブリンが死んでいる事を確認したサナは、宝箱に向き直る。ボロ布を真っ赤に染めた無表情の少女に、心なしか宝箱がビクッとなった気がした。
宝箱を開くと、そこには長剣が入っていた。
宝箱をよく観察すると、牙だの舌だのがあるのがわかるが、恐怖で仕事を放棄した彼を一体誰が責められるというのだろう。
サナは宝箱に化けたミミックの葛藤も知らず、戦利品を検分する。
まず、ゴブリンのナイフ。品質は低いが、武器にはなる。
次に、宝箱から入手した長剣だ。
新品同様に輝く刀身は、その切れ味の高さを如実に表している。
傷一つ無いそれは、まるで鏡のようである。
その鏡面に、自分の顔が映った。
右目の虹彩が、銀色に染まっている。
虹彩の変化は、魔眼が宿った証である。
少し遅すぎた。
あと一日でも早く宿っていてくれたなら、今頃は邸宅で優雅なランチタイムをしていたものを。
魔眼の能力が流れ込んでくる。
経験の無いサナでは、これが妖術の念話によるものだとは理解できない。
魔眼が、ゴブリンを吸い込んだ。
サナの魔眼は自立魔眼。サナとは別に魔法を使ったり出来るようだ。
敵対しているものや不要なものには勝手に発動するらしい。便利なものである。
魔石だけは吸収できず、ころりと転がる。
サナはそれを手に取り、粉砕した。
「脆い」
ぼそりと呟く。
ふと下に視線を向けると、七センチほどの大きな蜘蛛がいた。
サナはそれを、ためらい無く踏み潰した。
長剣をオークの腸に突き刺し、そのまま横にスライドさせて引き裂く。もとのサナの力ではこんな事は不可能だったはずなのだが、魔眼が発現してから筋力が大幅に上がっている。身体強化による恩恵は大きい。
体を半ばから大きく切り裂かれた事によって、オークの上半身は後ろに倒れ、下半身がそれに引っ張られて倒れる。もともと吸収されて弱っていたのだ。これなら確認するまでも無く絶命するだろう。
吸収され残った魔石をポンポンと手玉にとり、通路の向こう側に見えたゴブリンに思いきり投げつける。
ダンジョン特産の貴重なエネルギー源は、放物線を描く暇も無く直線的に飛んでいき、ゴブリンを道ずれにして爆散した。
魔石不足に苦しんでる職人さんに謝って来い、と言う者は誰もいない。
正確には一人いるが、こんなくだらない事で正体を明かしたくない。
ダンジョンに閉じ込められてから十日。サナはすっかりとダンジョンに順応していた。
魔物を吸収している限り食事の必要は無く、睡眠中も結界を張ってくれる魔眼あってこそである。
ダンジョンの攻略は順調に進んでおり、現在九階層。十階層ごとにボスがいるので、ボス戦が近い。
そういっている間に、下に続く階段を発見した。ご丁寧に、「この先ボス部屋」と書かれている。
だが正直、少し疲れた。休む事にしよう。
サナは魔法で返り血を洗い流し、壁にもたれかかった。
お読みいただきありがとうございます。




