第三十話 二度目のデッドエンド
シルバの風邪が完治したことにより、エルフの国を出ることになった。
もともと話はついていたらしく、二十年以内に王として戻ってくることになっているそうだ。二十年なんて、年をとらないエルフにとってはあっという間のようで、エルフたちは快く送り出してくれた。彼らにとっては、海外視察のような感覚なのだろう。
ラインが戻ってくるまでは大臣が代理の王を勤めるらしい。
既に重臣達との別れは済ませ、今まさに馬車から降りている最中だ。
ちなみに、テラリアはもう精霊に戻っている。
ある朝起きたら元通りだったようで、特に人型になる気配もない。
下りた先に広がるのは、港町アルジュ。ラインの出発点。
乗ってきた馬車が引き返していく。
「やっぱり、ここから始めないとね」
ラインの冒険はここから始まるのだ。ここからつぶれそうな冒険者ギルドを建て直し、法に裁けぬ悪を裁き、モンスターマスターを広めていく。
まずはその第一歩として、宿屋に泊まろう。
シルバは買出しに駆り出されていた。
これから旅をするにあたって必要な野営グッズや保存食を旅専門百貨店、通称「旅屋」にてお買い求めなければならない。そしてその後で、あまった金でこっそりと甘いものを買うのだ。他のメンバーは宿で待機中である。
旅屋の看板が見えてきた。颯爽と中に入る。
ドッ、と、中から出てきた男にぶつかった。
「ぁ……」
あ、すいません。
……? 機嫌がいいので珍しく謝ろうとするが、口からはかすれた声しか出ない。
じわり、と、身体強化による痛覚の抑制を上回る痛みが、胸から発せられた。
見れば、ナイフのものと思われる柄が、胸に突き立っている。
柄の下部分を伝って、青い血が滴り落ちた。
自動結界を確認すると、何かしらされたのだろう、前後にきれいな穴が開いていた。
「この魔物め! 町の人々は騙せても、僕の神眼は騙せないぞ!」
後ろで何か言っているが、そんな事を気にする暇はない。魔物の弱点、核を破壊された。
リザレクションなどで回復を試みるが、完全に破壊されており、修復は不可能だ。
延命のためにできる事と言えば、痛覚だけでも鈍化させて、ショック死を防ぐくらいのものだろう。
核を破壊された以上、宿で待機しているアレックスも死ぬ。もう一緒に旅をする事はできないだろう。これはどうしようもないことであり、もう決まってしまったことだ。
ならばせめて、置き土産くらいは用意しておこう。
アレックスがもぞもぞと動き、丸い球体になる。
その状態から、自身に鍛冶魔法をかける。物体を武器や防具に変える魔法は、死に体だからか、抵抗していないからか、すんなりとかかった。
付与するのはミミックの擬態能力。生きたまま武器にする事によって、その特性が最大限に発揮される。
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アレックス
武器種 擬態武器
強度 B
攻撃 ?
魔力 S
アビリティ
擬態
再生
作成者
シルバ
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解析すると、かなりの出来に仕上がった事がわかる。
この武器の能力は、あらゆる武器に擬態できる事だ。能力もコピーする。……80%だけ。
もうこの生に思い残す事はない。
「止めだ!」
剣が振り抜かれる。
青い血が舞った。
「あ、お客さん。知ってます? この辺にモンスターが出たんですって」
「へえー。そうなんですか。シルバ、大丈夫かな」
「お兄さん?」
「ええ、まあ。そんなところです」
『シルバさん! どうしちゃったんですか! 返事してください!』
『どうしたのだテラリア。シルバがどうかしたのか』
『ポチさん……! シルバさんが! シルバさんがっ!』
『……っ!』
……。
再び意識が覚醒すると、そこは茶室だった。あにめで出てくる和風の部屋そのものだ。
知らない間に正座させられていたようで、足から座布団のふかふかした感触が伝わってくる。
正面には、いつもの神が座っていた。お茶をしゃかしゃかやっている。
「今度はずいぶん早く死んだようじゃな。時間にして三ヶ月といったところか」
「うるせえ。通り魔に遭うなんて誰が予想できるんだよ」
すると神はむかつくポーズでやれやれと首を振った後、
「あれは天然ものの勇者じゃよ。神眼という能力でお前の正体を見切った」
シルバは神から出された茶を口に含んだ。まろやかな味だ。美味い。
「勇者か。異世界人といい、敵にするとほんと邪魔だなあいつら」
それを聞いて、神は何かを思い出したようだ。
「そうそう。二人目の異世界人を駆除したお前にボーナスをやろう。奴らは老化しないからなかなか死なないんじゃ。助かった」
「いや、あれテラリアがやったんだぞ?」
「彼女には褒美は渡せまい。下界に下りるなら別じゃがの」
神の掌には、ぼんやりした光球があった。
光球は吸い込まれるようにしてシルバの体に消えていった。
「アビリティ、通知じゃ。お前の変化を逐一通知してくれる。重宝するぞ」
「ありがとよ」
「そっけないのう」
神はそういいながらも、気にした様子もなくほっほっほ、と笑った。
「さて、次の生の準備をするとしよう」
「準備?」
「率直に言うとな、おぬしのアビリティは多すぎるんじゃよ。それでは転生に魂が耐えられん。風船のようなものじゃ。空気を詰め込みすぎると割れる可能性が生まれ、詰め込めば詰め込むほどその危険は高まっていく」
神がしわのよった指をぱちんと鳴らすと、シルバの前に解析に似た画面が現れる。
「お前には捨てるアビリティを選んでもらうぞ。そうじゃな……おぬしの魂なら通知を除いて五個といったところか。……ああ、捨てたアビリティは無駄にはならんからの。お前の魂の糧になるのじゃ。魂が成長すれば容量も増える」
それを知っていて余分なアビリティを渡したのか。なんという嫌な奴だろう。
しかし、割れると言われてしまえば逆らう気もない。
「はいはい。じゃあ、さくっと選びますか」
シルバはウィンドウのアビリティ部分を見た。
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アビリティ
転生(転生数2)
魔法
妖術
分裂
合体
進化
流動
操作
魔眼(精霊視)
擬態
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まず転生は必須だ。これがなければ始まらない。
魔法もだ。シルバが一番使いやすいし、レパートリーも豊富である。
残り三つ。優先順位が高いものとしては、
妖術
進化
流動
操作
魔眼(精霊視)
この中で最も有用なのは妖術だろう。
魔法とは体系が違うので感知される心配が少なく、レパートリーも豊富。消耗が激しいのを補って余りある力だ。擬態の代わりとして変化も使える。
魔眼(精霊視)も重要だ。
テラリアと結んだ精霊契約が生きていた場合、その姿を見ることが出来ないのは不都合である。
残り一つは……
進化にしよう。通常は進化できない生物が進化するとどうなるか、少し興味がある。
選んだ五つのアビリティを神に伝えた瞬間、唐突に畳が抜け落ちた。ちょうどシルバの真下の畳である。
「唐突だなあぁぁぁぁぁ!?」
シルバの叫びは、現世と神界の狭間に消えていった。
「任務完了いたしました。魔王様」
「して? どうだったのだエンターよ。エルフどもの様子は?」
「はい、帝国に勝利した後も従魔を取り入れた戦闘法を模索しているようです」
「ほう、ではさらなるスパイを送って様子を見るか……。よくやった。これからも諜報、期待しておるぞ」
「ありがたき幸せ」
謁見の間の重々しい扉が閉じ、エンターはパタパタと自室に向かって飛んだ。
エンターは魔王城のまがまがしい回廊を歩く。
そこにいるのは蝙蝠ではなく、人型の生物だった。
「さて。シルバ君も死んだわけだし、次の転生までの二百年、何をしようかな」
ソレは美しい顔で醜く笑い、霞のように溶けて消えた。
死ぬぞ? 死ぬぞ? ああ死んだ。っていうのは普通ないですよね。死は唐突で平等なものです。
これにて二章は終了となります。
三章をお楽しみに。




