第二十九話 風邪
帝国とエルフの戦争は、新たに従魔を取り入れたエルフが優勢だったが、突如戦場を襲った冷気により中断を余儀なくされた。
冷気の中心にあった氷塊からは帝国の転生者の遺体が発見され、遠巻きに見ていた兵士によると、そこにはエルフ側の転生者シルバがいたという。
犠牲になった転生者カンタはあらゆる攻撃が効かない、帝国トップクラスの実力者だった。
シルバに、ひいては彼が属するエルフに恐れをなした帝国は数日後、和平の使者を送る事となる。
そして何よりもショッキングな出来事があった。
エンターが死んだのだ。
皆の目の前で、帝国兵の炎に焼き尽くされた。
そして、戦闘が困難なレベルの冷気を間近で浴びたシルバはと言うと、
「 ハ ク シ ョ ン ! ! 」
風邪をひいていた。
エンターの葬儀が終わったとたんにバタリだ。
ミミックが風邪をひくのかとか、そもそも生きていられるのかという疑問は置いといて、シルバは今、ベッドにて休養生活を送っていた。
魔法に風邪を治すようなものはないので、自然治癒に任せるしかないのだ。
自身の体を解析(体調管理バージョン)にかけると、こうなった。
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シルバ 零才
種族 ミミック
身長 165cm
体重 50kg
症状
微熱
頭痛
発汗
結論 風邪
食事はお粥のみにして、ベッドで横になって安静にしていましょう。
あと二時間くらいで治ります。間違ってもゲームしたり漫画を読んだりしてはいけません。
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いや、こんなところにねえよ!
漫画は師匠がいるところにしかない。ゲームにいたっては師匠すら入手できていない。
ここでシルバが疑問に思うのが、一体誰がこの文を書いているのだろうということだ。
偶然できた魔法で、師匠にもよくわからない解析。
それでもやはり便利なので使うことにする。
「シルバさ~ん、お粥をお持ちしましたよ~」
そう言って入ってきたテラリアが、ベッドの横の台に木の容器を乗せる。シルバの頭の位置から中身は見えないが、かろうじて湯気が立っているのを視認できた。
テラリアがなぜか人間になってから五日。本人によるといつでも戻れるそうだが、一向にそれをしようとしない。現場の状況からして、シルバを助ける為にそうなったのをわかっているから、楽しそうにしているテラリアにもう戻れなどとも言いづらい。特に害もないので放っている状態だ。
ラインには古くからの友人と説明してある。
害はないのだが、それなりに困った事が一つある。
テラリアは木のスプーンを取り出し、お粥を掬った。
「はい、あ~ん♪」
彼女がやたらと恥ずかしい事をしてくるのだ。
~思い出される記憶の数々~
「始めましてラインさん。私はテラリア。シルバさんの……生涯の相棒のような者ですかね」
「ふふふ。これくらいスキンシップの範囲内ですよ」
「い~じゃないですか、同じ布団で寝たって。いつものことでしょ?」
~回想終了~
意味深な発言はいいほうで、過度なスキンシップをしたり、精霊の頃の感覚で布団に入ったりと、かなり困った行動をとってくる。風邪を引いたシルバに抵抗する術はない。
「シルバさん? 食べないんですか?」
今もそうだ。彼女はシルバに「あ~ん」をしようとしている。
テラリアの行動の理由ははっきりしている。人型になったのをいいことに、シルバにジョークを仕掛けているのだ。
彼女の意味深な言動に惑わされ愛の告白でもしたら最後、彼女はきっとこう言うだろう。
“わ~い、ひっかかった~”
シルバとて男だ。断じてこのような卑劣な罠に乗るわけにはいかない。
そこまで考えたとき、テラリアはスプーンを強引に口へ突っ込んできた。
「どわちゃああ!」
絶叫。
出来立てのお粥はとても熱かった。
「シルバ! 大丈夫かい!?」
ドアをばん、と開け、ラインが顔を出した。手には「エルフ直伝! えりくさー」とかかれた紙袋が握られている。
「テラリア、シルバが嫌がっているじゃないか! シルバの看病は僕がする!」
ラインもシルバの看病をしようとしているらしい。持つべきものは気の許せる仲間か。
……彼に経験があればの話だが。
「ならば! どちらが看病が上手いか勝負です!」
「受けて立とう! 僕のほうが上手いからね!」
とりあえずこれだけは言っておこう。
「あ、二時間くらいで治るんで結構です」
シルバの言い分が通るはずもなく。
「シルバさん、タオル冷やしますね」
「シルバ、お粥できたよ。食べて」
現在、看護バトルが絶賛勃発中である。
早くもシルバは倒れそうになっていた。
まだタオルが一分に一回取り替えられるのはいい。
だが、お粥を一分に一回持ってくるのは止めて欲しい。
代わりばんこに提供される六杯目のお粥を見て、さすがに吐き気を隠せなくなってきた。
食べないという考えは、残されそうになった側から恐ろしい形相でにらまれた時点で消えている。
彼らはシルバの胃袋を使ってロシアンルーレットをしているのだ。
先に爆発したほうが負け。
爆破される側はたまったものではない。
「シルバさんは私のお粥のほうが美味しいって言ってますよ」
「嘘をつかないでくれるかな? 僕のお粥が一番美味しいんだ」
精霊であるテラリアと、基本的に家事を祖父にまかせっきりにしてきたラインには等しく料理経験がない。そんな二人が意外と難しいお粥に挑戦するのだ。結果は見えている。
つまり、両方不味い。テラリアのお粥はなんか焦げてるし、ラインのものは逆にドロドロの液体になっている。これを代わりばんこに胃に詰め込んでいるシルバは相当の猛者であると言っていい。
というか、他にやることはないのか。ラインが持っている薬を使えばいいのでは?
それを口に出す前に、シルバは気絶した。風邪による体力の低下と、極度の疲労によるものである。
目を覚ますと、二人はシルバに覆いかぶさるように寝ていた。窓からは木と、その向こうに夜空が見え、地上に月明かりを注いでいた。ポチと共にじゃれているスライムの体から意識を切り離し、じっと夜空に見入る。もう風邪は治ったようで、きらめく星がやけにクリアだった。
「シルバさん、起きたんですか?」
目線を窓から正面に移すと、テラリアが体を起こし、目をこすっていた。
青い髪が月明かりを吸い込み、夜空と対照的な青空を思わせる。
「ああ。おかげさまで完治したよ」
実際はおかげさまどころか妨害だったが、それは言わぬが吉だろう。
「そうですか。よかった」
その顔は本当に安心していて、なんだかんだでシルバを心配していたのが伝わってくる。
シルバは一瞬ためらった後、思い切って聞いてみた。
「なあ、何で態々あんな事をしたんだ?」
「あんな事?」
「あ~んとかだよ」
テラリアはクスリと笑う。
「秘密です」
「何だそりゃ」
シルバとしてはぜひとも、あんな不毛なジョークを強行した理由を知りたかったのだが、本人が話したくないのに聞き出す必要もあるまい。
「じゃあ、二度寝するわ。お休み」
「おやすみなさい」
シルバはまだ眠かったのか、すぐにスウスウという規則正しい寝息が聞こえてきた。
テラリアは彼の銀色の髪を一撫ですると、口の中で呟いた。
「折角人型になれたんだから、アピールくらいしますよ」
シルバは精霊の姿では振り向いてもくれないだろう。だからこれはめったにないチャンスだったのだ。
しかし、結局シルバはくだらない冗談を言っている友人を見る目でしか見てこなかった。
そろそろ契約を管理する存在に気づかれてもおかしくない。この姿でいられるのも今日が限界だろう。
面と向かって告白する勇気の出なかった自分が恨めしい。
テラリアは名残惜しそうに、再びそっとシルバの髪を撫でた。




