第二十七話 無自覚無双
『あ……は………アを好…に…る あ…た……ラリ…を…き…なる …なたはテ……』
意識が急速に覚醒し、目覚めた印に体中の細胞を硬直、弛緩させる。筋肉痛に似たような痛みが走った。
部屋を見渡すと昨日シルバが用意したパーティーグッズが散らばっており、ポチとエンターが仲良く伸びていた。
それらを一瞥したところで、頭の上辺りの違和感に気づく。
『……? 何してんだ? テラリア』
こそこそと後退飛行をしているテラリアが、ぎくりと動きを止めた。
『い、いえ。朝の体操をしようかと』
『精霊って体操するのか』
『するんです』
『態々俺の頭の上でか』
『上でです』
別に追及する必要も無いので、これ以上触れないでおこう。
とりあえずポチを叩き起こそうとして、思わず動きを止める。
体中に痺れにも似た痛みを覚えたのだ。
体に走る痛みを筋肉痛と仮定して、原因ははっきりしている。昨夜の馬鹿騒ぎだろう。また酔って暴れてしまったようだ。
『テラリア、筋肉痛がひどいから魔法で寝室まで運んでくれ』
『スライムが筋肉痛になるんですか?』
『なるんだよ』
「そっか。アレックス、体調が悪いんだ」
筋肉痛の体にじゃれ付いてこられてはたまらないので、ラインに経路で不調を訴える。
ラインは一通りあたふたして、落ち着いた後にそう言った。
テラリアには人間のほうのシルバにつけと言ってある。
「困ったな。アレックスが動けないなんて」
ラインが困り顔で呟く。大方「今日は一緒に遊べない」とでも思っているのだろう。
しかしこの予想は大きく外れる事になる。
「どうしよう。さっき帝国が接近してくるって知らせを受けたのに」
「キュ!?」
分裂でできた分身は体力と魔力を共有しない。
ゆえに疲れるのが早いし、一方が疲れてももう一方が活動できる。
体力や魔力は任意で振り分けられるので、一方を使い捨てにしたり、戦闘用と頭脳労働用の肉体を使い分けられる。意外と便利なアビリティだ。
『シルバさん、その体だと元気そうですね』
「別の体なんだからあたりまえだろ」
加えて、この体は体力と魔力を多めに割り振ってある。アレックスよりは丈夫なのだ。他のエルフの目がなければ昨夜の準備も手伝っていただろう。
ここで、分身が驚きの情報を入手した。
「テラリア、今日は戦争だ」
『はい? それって――』
<こちらエルフ軍。繰り返す、こちらエルフ軍。ステビアの森から10km圏内にに帝国軍を確認! 各自役割を全うせよ!>
「いきなりだな!?」
いや、昨夜疲労困憊のときにそのような話を聞いた気がする。
従魔たちにはいちいちそんな事を知らせるはずもない。
シルバ達以外は既に知らされていた事だったのだ。
今度こそ戦争が始まる。
エルフの士気は十分だった。
もともと攻め込む予定だったのだ。戦う覚悟はとっくにできている。
さらに、今は王であるラインがいる。組織のリーダーが先頭に立っているだけでも十分にやる気を刺激された。
「エルフ達よ、聞いてくれ!」
ラインが演説をしている。
「僕達はずっと帝国に侵略されてきた! そのせいで何人の同胞が捕まり、なぶり殺しにされたかわからない! 今度は奴らに地獄を見せる番だ! エルフの力を思い知らせてやれ!」
「「「「うぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉお!!」」」」
エルフ達はラインを悪く思ってはいなかった。
平穏な暮らしを捨ててまでエルフの危機に駆けつけた幼き王が、
前回の襲撃の際に自ら先頭に立ってエルフを率いた気高き王が、
エルフ達の心を掴んだのだ。
「僕達は負けない! 量を質で圧倒するんだ! ここにいるシルバがしたようにっ!」
シルバの出番だ。
ラインの横に立ち、魔力弾を上空に放つ。魔力弾は10m程の高さで爆発し、内包された魔力を散らした。
魔力を色で見ることができる魔法使いやエルフには、この光景は白銀の花火のように見えるはずだ。
上空で輝く膨大な魔力は、エルフ達にいやでも力の差を見せつける。
どよどよと、驚きとも感嘆ともつかない声があちこちで響いた。
『ひゅ~ひゅ~。シルバさんかっこいい~』
『黙ってろ。……でも、魔物ってお手軽だな。敵を倒しさえすれば空気中の魔力を吸収して勝手に強くなるんだから』
現在のシルバの魔力は約5000。国に属していたなら何らかの称号を賜るほどの魔力である。
これを人型になって魔法のカンを取り戻したシルバが使うのだ。そこらの兵に負けることはないだろう。
「行くぞ! 決戦の時だ! 僕に続けえぇぇ!」
「「「「おぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉお!!」」」」
軟弱なエルフとは思えないくらい、大きな雄たけびが上がった。
この戦いにおけるシルバの役割は囮だ。無双して帝国のブラックリストに乗っているであろうシルバに群がった兵を、後方からエルフが一網打尽にする。
もはや無双恐怖症になりつつあるシルバにとって、かなりありがたい役割だ。
そう思いつつ、絨毯のように密集した帝国兵の中につっこんでいく。当然攻撃してくるが、現在のシルバの魔力は一万にも及ぶ。自動結界が展開できるようになったシルバには毛ほどもダメージが入らない。
「風魔法、撃ええええええ!」
身体強化で強化された聴力が声を捉えた瞬間、結界に張り付いていた兵士達が鎧ごと空気の刃で切り裂かれる。致命傷を免れた兵士が、肘から先の無くなった手を見て絶叫を上げた。
飛び散った血も防いでくれる自動結界は優秀だが、グロ画像は防いでくれない。当然臭いも防いでくれない。
まだこの程度なら大丈夫だが、それは我慢しての話だ。ちょっとやそっとの刺激が積み重なり、許容量を超えて爆発するのが数百、数千単位の惨殺を行う無双なのである。
エルフ達の放つ風魔法に恐怖した帝国兵は、的であるシルバから遠ざかろうと踏みとどまろうとするが、後続に押され、射程圏内に入ってしまう。
「第二射、撃えええぇぇぇぇ!」
ここで詠唱が終わり、二度目の魔法一斉射撃が行われる。第一波の威力が高すぎると判断されたのか、今度は少し弱く、放射状に発射された真空の刃だ。
それでも人体を破壊するのには十分である。生者も死者も、臆病な者も勇敢な者も、平等にその体に穴を開け、血肉をばら撒き、脳漿を撒き散らす。その中心にいたシルバが何を思うかは想像に難くない。
即ち、
「気持ち悪っ!」
生理的嫌悪である。
戦闘中に目を瞑り身耳を塞ぐ事はできない以上、耐えるしかない。
『大丈夫ですかシルバさん? 吐くならあっち向いてくださいね』
こんなときでもいつも通りに話しかけてくるテラリアがありがたかった。
そうしている間にも、第三射が放たれ、結界の形を血で紅く浮かび上がらせる。
もはやこうなると囮の意味を成さない。
シルバは無理矢理そう理由付けて、本当にお前は運動音痴なのかとつっこみたくなるような精錬された動きで走り出した。……自陣とは逆方向に。
結界にこびりついた血で何も見えない以上、カンで突き進むしかないのだが、シルバの場合そのカンが見事に間違っているのだ。
「うわああああ! 球が! 球があああぁぁぁ!?」
「助けてくれぇ! 潰されるぅぅ!」
「さすが陛下が一目置いているだけの事はある。自分の役割以上の成果を挙げるとは。……野郎共! 俺達も負けちゃいられんぞ!」
自動結界をバンパー代わりにして、シルバは暴走トラックのように戦場を突き進む。幸いと言っていいのか、エルフに巻き添えを食らったものはいない。
戦場は阿鼻叫喚に包まれた。




