第二十六話 歴史
「アレックス~! やったよ! シルバが仲間になったんだよ!」
部屋に戻るなり、ラインがスライム状態のシルバに飛びついてくる。
なんだかんだ言って人間になったシルバは強い。人外のアビリティを使わないと言う前提においても、機動力がある分スライムよりは戦い易いのだ。だからこんなにも喜んでいるのだろう。
『おいポチ。助けてくれ』
『ははは。シルバ、そんなことよりお前がなぜ人間に化けていたのか知りたいのだが?』
『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA』
『ふふ~ん。それは私とシルバさんだけの秘密なんですよ』
『別にそんな事はない』
『え、違うんですか!?』
愉快な仲間たちからの救援は絶望的だ。ちなみにエンターは帝国の偵察をしている。
「ふふふ~♪」
ラインのテンションが一向に下がらない。それどころか現在進行形で上昇している。
「キュゥゥゥゥ」
とりあえず抱きつかれたままだと動きにくいし暑苦しいので、私わかってませんよ離してくださいという意味をこめて鳴く。
「そっかぁ~。祝福してくれるんだね。ありがとうアレックス!」
全く伝わらなかったらしく、抱きしめる力が増した。
いい加減やわらかいスライムなボディーが変形しだしたので、流動化でするりと抜け出す。
「あはは。うれしくって溶けちゃったんだ」
ラインのアゲ↑アゲなテンションについていけない。
シルバは心の中で、がっくりとうなだれた。
シルバは分裂を使うことによってアレックスとシルバ、両方を存在させている。
アレックスは部屋でラインと戯れているが、シルバは何をしているかというと。
「へえ、これが歴史書か」
「左様でございます。二千年前から現在に至るまでの歴史が記載されております」
王城の図書館にて、本を読み漁っていた。
シルバの転生には数百年のタイムラグが生じるため、シルバが眠っていた間の歴史を知る必要がある。
そのもっとも有効な手段が本だ。
「ノース及び中央大陸紀」と金色で書かれた分厚い皮の冊子を開くと、目次として年代別の出来事が記載されていた。
シルバが最初に転生したのは中央暦七百年。その中央暦七百年の欄には、機械的な文字で「英雄カレイドが魔神を討伐」と記載されており、見たところ客観的事実を述べているように思われる。
「始めるか」
中央暦七百年から、シルバが獣人に転生した中央暦九二十年までのめぼしい出来事を中心に、足りない知識を補完していく。
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中央暦七三二年
勇者が現れないことを危惧したハイネ王国は勇者召還技術を開発。
召還された勇者は全員チキュウ人と名乗り、特殊な能力を使用した。
召還勇者の始まりである。
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中央暦七六十年
獣人王リーオ・ビーストによって獣人奴隷が蜂起。
獣人国家ビーストが建国された。
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中央暦八一九年
人間の勢力が拡大し、中央大陸へと侵入した。
北方からの侵攻を恐れ、エルフは本拠地を移動する。
そして現在のステビアの森に移住した。
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中央暦八七四年
史上初の転生者、アキラが出現。
時間を自由自在に操る彼に、ハイネ王国は「時の王」の称号を与えた。
アキラは年をとらなかったという。
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中央暦九三五年
ハイネ王国が獣人国ビーストに進軍。
最初はビースト軍が有利だったが、ハイネ王国の物量には勝てなかった。
九五一年、ビーストは滅び、獣人は散り散りとなった。
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「はあ!?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
自分が命がけで守ったものが、なくなっていた。
不死鳥族令嬢であるリエナも、おそらく生きてはいないだろう。
生きているわけがない。
頬を何かが伝った。
胸の内から押し寄せるのは、圧倒的無力感。
そして、悲しみ。
この悲しみは何処から来るのかはわからない。隣人を失った喪失感が転じたのかもしれないし、無力を嘆いての物なのかもしれない。
「ああ……。リエナ……」
口を突いて出た言葉で確信する。シルバが赤髪の少女をとても大切に思っていた事を。
「司書さん。今日はこれぐらいにしておくから、ラインに礼を伝えておいてくれ」
「かしこまりました。しかし、ご自分でお伝えになったほうがよろしいのでは?」
「気分が優れないんだ」
「左様ですか。では、そのように伝えておきます」
「頼む」
シルバはフラフラと自室へ向かう。
この状態ではスライムを同時に操作するのは困難だ。せめて人間の体を休め、スライムに集中したい。
誰もいなくなった図書館。
本がドサリと落ち、再び開かれる。
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中央暦九六六年
ハイネ王都炎上により、王国滅亡。
生き残りによれば一羽の劫火を吐く鳥の仕業だと言う。
勇者召還技術は生き残りによって各地に伝えられた。
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意識が完全にスライムに切り替わる。
『……バさん。シルバさん! 聞いてますか? シルバさん!』
『……悪い。聞いてなかった。何の話だっけ』
『もう、さっき言いましたよ! エンターさんの歓迎会を開きましょうって』
『あ、ああ。そうだったな』
テラリアは腰に手を当て、頬を膨らませて怒っている。だがそこに愛嬌があるのがテラリアだ。
目の前にふわふわ浮いている精霊を鑑賞しつつ、シルバはほのかな安らぎを感じていた。
『で? 歓迎会って言ったって、具体的に何するんだ?』
『簡単だ。料理を振舞ってやればいい』
ポチが会話に入ってきた。
『料理?』
『その通り。美味しい食事でエンターはハッピー。私たちもハッピーだ』
『私は食べられませんけど、シルバさんの魔力で我慢します』
言いたい事はわかったが、一つ疑問がある。
『じゃあ、誰が料理を用意するんだ? 材料ならともかくお前ら二人に調理はできないだろ』
『『……』』
二人は黙ってシルバを見つめた。
『ま、まさか……』
そのまさかである。
三日後の深夜。殆どのエルフが寝静まった頃。
『エンターの従魔入りを祝って、乾杯だ!』
『乾杯です~』
『み、皆さん……。ありがとうございます!』
王族が出て行ってしまったため、ラインのいる最上階はがらんとしている。
誰もいない空き部屋を借りて、シルバ達はパーティーを開いていた。
いや、「シルバ達」というには語弊があるだろう
シルバはパーティーに参加せず、部屋の隅で溶けているのだから。
『お~いシルバ、ノリが悪いぞ!』
『そうですよ~。一人で準備させたのは謝りますから、一緒に楽しみましょうよ~』
『うるせえ……。少しは休ませろ』
誰のせいでこんな事になっていると思っているのか。
城外に食料の調達に駆り出されて
シルバ一人で大量の食料を運んで
監視の目をかいくぐって料理して
それをまた今度は部屋まで運んで
この工程を二時間で完了させて!
他にもパーティーグッズや各種小道具などの準備を三日前から続けていた。
全く手伝いもしなかったテラリアとポチを怒る体力も残っていない。
疲れのあまり体中がとろりと溶けてしまっている。これでは明日一杯は動けないだろう。
『ポチさん、これなんだかわかります?』
『ん、何だこれ? ボトルジュース?』
『ワインですよ。ワ、イ、ン♪ ぐぐっといっちゃってください。エンターさんもどうぞ』
『ぼ、僕は遠慮します。お酒はハタチになってから、ですので』
『ヒック。なかなかの美酒だな。気に入ったぞ!』
きゃっきゃとはしゃぐテラリアたちを尻目に、シルバは心中でため息を吐いた。
『さ、シルバさんもぐぐっといっちゃってください』
テラリアが飛んできて、シルバにばしゃっと酒を浴びせる。それはぐぐっとは言わないだろと思ったが、シルバは言わない事にした。
体が火照ってくる。
この体でも酔っ払うんだな、とどうでもいいこと考えた瞬間、シルバは理性と意識を手放した。




