第二十五話 無双は果たして良いものか?
ベレー将軍は戦慄していた。
今こうしている間にも、味方が次々と葬られていく。
ロナルド帝国は転生者によって栄えてきた。他のどの国よりも早く転生者の獲得に動いたからこそ、今のロナルド帝国があるといってよい。
特異な能力を持ち、異世界の知識を持つ転生者達はまず、銃という兵器を作った。魔力の塊を魔力で飛ばす魔導砲銃はその改良版である。
次に造られたのがバイクだ。異世界人の一人に詳しい者がいたらしい。バイクによって信じられないほど行軍速度が上がり、帝国は戦争では無類の強さを誇る事となった。
そのほかにも転生者たちは様々なものを伝え、文明のレベルを五百年分は向上させた。
にもかかわらず。
ベレー将軍は外に目を向ける。
敵は一人。魔導砲銃並みの威力の魔力弾を雨のように連射し、バイクより早く走れる銀髪の少年だ。
攻撃はすべて結界に阻まれ、防御しようとこちらが張った結界は薄氷のように突き破られる。
逃げようとするとバイクを破壊される。
なすすべがないのだ。
こうしている間にも彼は恐ろしいペースでひき肉を量産している。五千いたはずの部隊は十数分で百あまりにも数を減らし――いや、もう全滅していた。
次に死ぬのはベレーの番だ。
ベレーはせめて一秒でも長生きしようと、張ってあったテントから飛び出した。
奇跡が起きたときのために、撮影した少年の写真を持って。
シルバは最後の一人を魔力弾で滅多打ちにした。その姿に英雄の面影はない。
肉と血を踏んだ靴が歩くたびにグチュグチュと音を立てる。
「う、気持ち悪っ」
何かやわらかいものを踏み潰した感触に、生理的嫌悪感が湧き出てくる。
シルバは、師匠のもっていた本の影響で少数もしくは一人による大群の全滅、つまり無双はもっと高揚感が溢れる者だと思っていた。
しかし、蓋を開けてみればこんなものだ。視界はグロ画像で埋め尽くされ、血の臭いが鼻を刺す。足元からは気持ちの悪い感触が伝わってくるし、時折呻き声が聞こえる。無双中はアドレナリンが出ていたのか、何も感じなかったのだが、今は視界が揺らぐほどにシルバの心を揺さぶっていた。
味覚以外の五感に人間なら決して心地よくは感じない情報を叩き込まれ、気分がとても悪い。
まだ敵の本拠地が残っているが、体調が優れないのでシルバは引き返すことにした。
シルバにトラウマができた瞬間である。
『どうして戻っちゃったんですか! あのまま大将を討ち取れば完全勝利だったのに!』
耳元でテラリアが騒いでいる。念話やテレパシーは脳に直接信号を送るので耳元で話す事に意味はないのだが、気にせず騒ぎ続ける。
「うるせえな。テラリアと違って俺は人殺しに耐性がないんだよ。そんなに討ち取りたいならここから攻撃すればいいだろ?」
単なる反論のつもりだったのだが、テラリアは
『あ、それもそうですね。シルバさんあったまいぃ~』
魔力弾を放ち、大将がいると思われるテントを木っ端微塵に破壊した。
正直、シルバよりテラリアの方が圧倒的に強いと思う。
とりあえず、今はもう機動力は必要ないので、スライムに戻ることにする。
『え~、戻っちゃうんですか!? ……この方がかっこいいのに』
「かっこよかろうと悪かろうと関係ないだろ。人間よりスライムのほうが楽なんだよ」
『そんな事言わずに~。ぜひ!』
「しつこい」
テラリアをあしらい、スライムに戻ろうとしたときだった。
「シルバ!」
前方から、ポチに乗ったラインが現れた。後ろでは従魔に乗った兵士たちが追従している。ポチの力は強いので問題はないのだが、サイズは子犬のままなので、傍から見れば動物虐待しているようにしか見えない。
「ラインか」
「また……会えたね」
「そうだな」
「じゃあ、ロナルド帝国軍を壊滅させたのもシルバなのかい?」
「ああ」
「ありがとう。このまま出撃していればかなりの死者が出ていただろう。礼をしたい。王城に来てくれないかな」
「陛下! 人間を王城に招くなど!」
今まで黙っていた兵士が口を開く。
「彼はエルフの恩人だ。恩には礼で返さないとね。どうだい、来てくれるかな?」
まるで夢見る少年のような目でシルバのほうを見てくる。
シルバはこいつどんだけ感謝してるんだと思いつつ、返答の最適解を模索し始めた。
これから先もシルバは今の姿でラインの前に登場する事になるだろう。その時に気まずくならないためにも、ここはYESだ。
「わかった。案内してくれ」
「改めて御礼を言うよ。本当にありがとう」
「気にする事じゃない。それより乾杯だ」
シルバは王城にて、ラインと食事を取っていた。食堂にはシルバとライン以外には誰一人として存在しない。せいぜいドアの向こうで控えている門番くらいだろう。
「……! 美味い」
「そうでしょ? 凄腕のシェフが作ってるんだ。僕も最初に食べたときは驚いたよ」
ちなみに、エルフは全員ベジタリアンだ。しかし、野菜だけの料理がとても美味しい。
適度な塩加減で味付けされた豆腐ハンバーグに、特製のタレがかかった山菜の天ぷら。
この味なら肉などなくても不満はない。あるはずがない。
「シルバ」
「ん? 何だ?」
「僕と一緒に来てくれないか?」
エルフの料理を腹いっぱい詰め込んだシルバに、ラインはそう頼んだ。
どうするべきだろう。
シルバは今後も人間としても活動するつもりなので、仲間になっておいたほうがいいかもしれない。
問題は「アレックス」だ。スライムとしてもラインと関わっていかなければならない以上、どちらかを犠牲にする必要がある。いっそ死んだフリをしてしまおうか。
まてよ。
シルバは気づく。分裂すればいいのだ。適当に小さな分身を作り、人間を本体として活動する。
色を擬態で変えておき、進化したと誤解させれば小さくなった言い訳になる。完璧だ。
「……わかった。これからもよろしく」
そう返答すると、ラインの顔色がパアア、とよくなった。
「うん! こちらこそ!」
差し出された手を握り返す。
小さな手が、それに呼応してそっと力を入れた。
ロナルド帝国、帝都。
「確かにそいつはそう言ったのか?」
「ああ。間違いない。あいつは――」
ベレー将軍が持っていた写真が、テーブルに乗せられる。
銀髪銀眼の少年が写っていた。
「――俺たちと同じ、転生者だ」
シルバの写真に、ドス、とナイフが突き立てられる。
ナイフの腹に掘り込まれたロナルド帝国の紋章が、鈍く輝いていた。




