第二十二話 懐旧
亜空間内。つい先ほどもたらされた事実により、皆開いた口がふさがらなかった。
『……知ってた?』
シルバの問いに、テラリアとポチは首をフルフルと横に振る。
「「「「ライン国王陛下万歳!」」」」
外ではいまだに国王陛下コールが続いている。
そう、「国王」陛下だ。
『殿下って言ってなかったっけ?』
『言ってた』
ポチがうんうんと頷く。
『殿下の階級は?』
『えーと、王子様?』
テラリアが苦し紛れにひねり出す。
『国王陛下ねぇ……』
シルバの呟きは亜空間内に響き、消えてゆく。
『一段飛んでない?』
『『…………』』
そのとき、外からミルの声が聞こえてきた。事情が変わったとか、国王のほうがやりやすいとか聞こえてくる。
『ま、まあ、だからどうしたって話だな』
『そ、そうですよね。対して変わりませんし』
『王子でも驚きだからな!』
シルバの言葉に、皆口々に賛同する。
そんな軽いノリでいいのかと思わないこともない。
パレードが終わり、首都の中心部にある巨木に案内された。この樹はエルフにとっての王城なのだろう。
外から見ると木を切り抜いて作ったような印象だが、ここに来るものは皆、間近で見る事でその考えを改める。これらの樹は宅樹と呼ばれるもので、もとから家の形をしている優れものだ。この巨木はそれが異常成長したものである。
切断面も継ぎ目も全く存在しない、人の手など加えられていない壁をものめずらしそうに眺めていたラインの目が、ふとある一点に留まる。
「ねえミル。あれは何?」
ラインが指差したのは、硬く閉ざされた銀の扉だった。金属の類が存在しないエルフの生活圏において、その存在は非常によく目立つ。
ミルは扉に視線を向けた後、困った顔をして言った。
「それが、よくわかっていないのです。間取りから考えて地下に続いている階段があることはわかっているのですが、扉に強力な防御魔法が何重にもかけられていて。ここが見つかった当時からあるようですが」
「そうなんだ。ありがとう」
次の瞬間には、ラインの関心は一階と最上階を繋ぐ魔導エレベータへと移り変わっていた。
割り当てられた一室。一国の主にふさわしい豪華絢爛な部屋で、ラインはベッドで仰向けになっていた。自然の恵みを生かした夕食はとても美味しく、心地よい満腹感と眠気がラインの体を包んでいる。
その傍らではシルバとポチ、そしてテラリアが寛いでいた。もっとも、ラインにテラリアは見えていないようだったが。
「エルフの王、かあ……」
無自覚な独り言が、ラインの口から漏れる。シルバたちがビクッとなったのは言うまでもない。
自分が孤児だということはチャートから聞かされていた。ラインの両親に何があったのかはラインにはわからない。ただ、心優しい義理の祖父に恩を返そうと必死だった。チャートがテイムを提唱したときには必死に覚えたし、サウス大陸にも無理をしてついていった。
魔法の制御は別として、魔力には自信があった。それもエルフの王家ゆえのことだったのだろう。
「でも、僕の目標は変わらない。モンスターマスターを増やすんだ」
ラインが規則正しく胸を上下させ始めたのは、すぐ後のことだった。
草木も眠る丑三つ時。
……というほどではないが、見張り番以外は寝静まった頃。シルバは静かに起き上がり、擬態で変身する。
銀髪の少年――英雄シルバ・カレイドの姿になったシルバは、ラインたちを起こさないようにゆっくりと部屋を出て行った。
一階直通のエレベータは使わない。前で陣取っている見張り達を気絶させてもいいが、後々面倒な事になる。ここはやはり階段だろう。
階段に見張りはいないらしく、すんなりと一階まで到達できた。だがその長い道のりに少し辟易したのも事実だ。巨木はシルバの記憶あるものよりも成長していたらしく、八階から十一階になっていた。運動音痴なシルバにはきつい。
見張りをことごとくすり抜けてたどり着いたのは、例の銀の扉だった。
重厚な扉を前にして、シルバは多少の懐かしさを覚える。多少汚れてしまったが、シルバがかけた防御魔法は当時のままだ。技術を学ぶ前だったので、ちゃちな術式を膨大な魔力で強化する形になっている。魔力が強大すぎて、世界中のどんな魔法使いでも、パスワードがない限り扉を開けることは出来ない。
シルバは手を扉にかざし、何百年も前に定めたパスワードを口にする。
懐かしさと悲しさが乗った声が、誰もいない廊下に響いた。
明かりも点いていない階段を、一歩、また一歩と下りてゆく。
魔法で保護してあるので風化している様子はないが、どこか埃っぽい廊下を歩いてゆくと、少し開けた場所に出た。
「懐かしいな」
部屋の中は生活空間となっており、少し欠けたテーブルも、ところどころに焦げ後のついたキッチンも当時のままだ。
シルバが入ってきたほうとは別の扉を開け、また進んで行く。
ここに来るのは何年ぶりになるのだろうか。シルバの体感では二十年ほどだが、転生のタイムラグを含めれば三百年以上経っているだろう。
「着いた」
シルバがたどり着いたそこは、球状になった部屋だった。
天井から柱のように垂れ下がった幾つもの根が、その半ばで何かを包むような球体を形作っている。
球体を中心に、どこから栄養をもらっているのか沢山の花が咲き乱れており、シルバはそれらを踏まないよう、慎重に花のない場所を歩いていく。
球体を象る根を掻き分けると、濃厚な魔力があふれ出した。
懐かしい魔力。まだそこにいることの証。
シルバは慈しむように中にいる人影に触れる。
「俺は絶対に不老不死になってやる。だから、安心して眠っててくれ。……その時でいい。もし、かなうなら俺は……」
語りかけるようにして呟いたシルバの足元に胡蝶蘭が新しく芽生え、桃色の花を咲かせた。
ピイイイイイイイイイイィィィィィィィッ!
最上階に着いたシルバの耳に、敵襲を知らせる笛の音が届いた。同時に、三人の黒服がシルバの前に躍り出る。黒服の衣装には見覚えがあった。師匠の漫画に出てきたニンジャである。
なぜこんなところに、と思いつつも、現状を考察する。
既に最上階に到達していると言う事は、ラインのところにもいる可能性が高い。
そう思って千里眼の魔法で覗くと、黒服に圧倒されるポチが見えた。テラリアは近くに契約者がいないために力を発揮できないようだ。
「糞ッ!」
ミミックになっても魔法の適正は変わらず、一部の無属性魔法しか使えない。
現在の魔力でも使える魔法の内、戦闘に使えそうな魔法は身体強化、魔力弾、魔力の手、簡易結界の四つ。
その他アビリティを駆使して戦うしかない。
久しぶりに妖術で狐火を放ちつつ、魔力弾をマシンガンのように連射する。
あたりは真っ暗だ。黒服達の意識は暗闇の中で光を放つ狐火に集中し、透明な魔力弾には向かない。
ドドドドドドド! と、鈍い音が断続的に響いた。
日本刀で狐火のみを切り裂いた黒服が、続く魔力弾にタコ殴りにされていく。
かろうじて生きてはいる黒服たちを足蹴にし、ラインのいる寝室へと急ぐ。
寝室にいる人影は二つ。一つはラインのもの。もう一つは黒服の暗殺者のものだ。
「君たち。何しに来たの?」
ラインが震え声で、わかりきった質問をする。
ポチは既に満身創痍でたっているのがやっとだし、テラリアは主の不在で力を振るう事ができない。ラインの相棒であるアレックスにいたっては、寝ている間にいなくなっていた。
「簡単だよ……。国王陛下の首を貰いに来たのさ」
黒服の言葉に、ラインはミルの言っていたことを思い出す。
エルフの皇帝は暗殺されたのだ。同じことが起こっても不思議ではない。
「なるほど、ロナルド帝国の人だね?」
「教える義理はないな」
黒服は目元以外を覆い隠すように黒い布を巻いている。口布は喋りにくいのではないかと思うのだが、あまり気にならないらしい。抜き身の短刀が、月明かりを受けてギラリと光った。
「死ね」
ライン自体に戦う力はない。数瞬後には卑劣な暗殺者によって命を刈り取られてしまうだろう。
まだ、死にたくない。
「助けて……」
短刀が、振り下ろされる。
「誰か……!」
鋼が眼前に迫り、ラインは目を閉じる。
……。
…………。
………………?
覚悟していた痛みが一向にやってこない。
ラインは恐る恐る目を開けた。
刃は、誰かの掌で受け止められていた。
ラインのものより少し大きい手。
刃との接線から滴る血。
銀髪の少年がそこにいた。
会話文と地の文との間の余白を増やしました。
読みやすくなったでしょうか。
 




