第二十一話 陛下!
スライムが進化してミミックになった。
常識を超える事態に、シルバは非常に困惑していた。
魔物の進化には一定の法則があることがわかっている。ゴブリンの進化先は殆どの場合ホブゴブリンであり、変異でソードゴブリン(呼んで字の如く、剣を操るゴブリン)になることはあっても、コボルトになることは無い。進化先が豊富なスライムですらも、スライム種以外に進化することはできない。
だからこそ、ありえないのだ。スライムが全く別の種族であるミミックに進化することなど。
「殿下、着きましたよ。今夜はここで野宿しましょう」
「わかった。アレックスたちも出していい?」
「もちろんです」
どうやら休憩地点に到着したらしく、馬車が停止する。
『シルバさん、どうなさるんですか。それ』
未だに目が! とか言っているポチとは違い、最初から目をつぶって被害を最小限にとどめたテラリアが聞いてくる。
それとは進化によって変わった体表の色を言っているのだろう。
シルバは異常な頻度で進化してきた。魔物の強さは進化の回数で決まると言われているため、シルバが進化したと知れると面倒ごとに駆り出される。今自由に動けないと少々困るのだ。
『心配するな。考えがあるんだ。』
シルバが使うのは新しく手に入れたミミックの能力、擬態である。
擬態は一度見たものに姿かたちを似せられる能力だ。妖術の変化と似通っているが相違点が二つある。
相違点一。変化は自分以外にも使えるが、擬態は自分にしか使えない。
相違点二。変化は使用中体力を使うが、擬態は消耗が一切無い。つまりずっと使い続けられる。
何かに化けると言う点では擬態のほうが優れているため、今回使うのは擬態である。
頭の中にインプットされた擬態の方法を再現し、シルバの体色が変わっていく。
数秒後には、元通りの虹色があった。
『わあ、すごいです! それなら大丈夫ですね』
野営の準備のために出て行ったが、進化がばれる事は無かった。
それから二日。ロナルド帝国領とエルフ領の国境を突破して、ライン達は遂にエルフの本拠地である大森林に足を踏み入れようとしていた。
「そういえば、この森の名前、聞いてなかったね。なんて名前なの?」
「そういえばそうです。われわれの拠点となる場所の名前をお伝えしていないとは。失礼致しました。内部にあるエルフの都市自体に名称はありませんが、この大森林はステビアの森と呼ばれております。何でも、森の守り神の名前だとか」
「へー。そうなんだ」
何気ない会話。ただ友好を深め合うだけの会話は、亜空間でそれを聞いていたシルバにはまた別の効果を与えていた。
「……」
『どうしたんですかシルバさん。いつになく嬉しそうですね』
『おわあ!?』
突然声をかけてきたテラリアに驚き、スライムなボディーが跳ねる。ピチャッという水音と共に着地すると、恨めしそうな顔?でテラリアを睨んだ。
『急に話しかけるなよ』
『あはは、すいません』
テラリアはそういってペコリとお辞儀する。
かわいいから許す。シルバはテラリアの疑問に答えてやることにした。
『知らないところに行くと思ってたら、実家に向かってたって感じかな』
『? どういう意味ですか?』
テラリアはコテン、と首をかしげる。やはりかわいらしい。
『そういう意味だよ』
『あ~! 説明する気無いでしょ!』
背中の羽を広げて威嚇し、プンスカと怒るテラリア。愛嬌が勝って全く怖くない。
『はっはっは。かわいいなテラリアは』
『!?』
シルバは笑って煙に巻こうとするが、ふとテラリアのほうを見ると、なにやら様子がおかしい。下を向いたまま動かないのだ。
『……テラリア?』
『ひゃい!?』
……顔が真っ赤だ。初心すぎるだろと心中で大爆笑しつつ、かわいいのでもう少しからかってやろう、と思い立つ。
『すきだ!』
『なな、何を言っているんですかシルバさん種族が違うんですよいやでも魂を見る限りすごくかっこいいしいいかもいややっぱりだめ私達は主従関係なんですよでも……』
『はい、鍬』
そういってシルバがスライムアームで手渡したのは、畑とかでよく見る農具「鍬」だった。
つくり方は簡単。ポチが遊具として持ってきていた木の枝に変化をかけるだけ。本人は寝ているため、無許可での貸し出しである。余り妖気をこめなかったので、後十数秒で元に戻るだろう。
先ほどまで悶絶していた精霊少女は、
『オヤジが……!』
大激怒していた。
『私が本気で考えていたのに、オヤジギャグですって? 薄ら寒いんですよ! 消えろ!』
『うん、消していいと思うぞ、私は』
いつの間にか目覚めたポチが、うんうんと頷いている。
シルバにそれを聞く余裕はない。擬態で体を変幻自在に変形させて、テラリアの魔法を必死に避けているからだ。
『悪かった! 悪かったよ! だからぐふう!?』
1COMBO。
『ゆ、ゆるしほぐう!?』
5COMBO。
『ぐはあ!?』
12COMBO。
『あばばばばばば!?』
32COMBO。
『た、助けぐべら!?』
64COMBO。
『……』
『私に勝とうなんて、十年早いんですよ』
飛沫になってそこら中に飛び散ったシルバを背に、テラリアは決め台詞を言い放った。
ポチはガクブルと振るえており、まともに聞いていなかったのだが。
「すごい……! これがエルフの町か」
「ええ。われわれの自慢です」
シルバとテラリアが仲直りしている頃、ラインは馬車から見るエルフの町に感動していた。
枯れ枝を魔法で接合、補強して造った木造住宅が森の景観を壊さない程度に並ぶ。中央の大木をくりぬくようにして造られた建造物を中心に清水が流れるさまは、芸術としか言いようがなかった。
そこに文明を見出せるものは一切ない。馬車が一番目立つほどに、エルフ達は自然と共に暮らしていた。
だが、エルフたちの魔力はなにぶん高い。あまり不自由はしていないのだろう。
ふとしたことに気づいたラインは、ミルに尋ねた。
「ねえ、町の規模の割に人が少ないように思うんだけど」
「ロナルド帝国との戦争に駆り出されたのです。多くの者が戦死しました」
それを聞いて、ラインは表情を硬くした。
「戦争を、終わらせよう」
「はい……!」
幾つもの町を通った馬車は、遂にステビアの森の奥地に到達した。ここがエルフたちにとっての首都になる。
町の中には世界中よりもさらに一回り大きな巨木が、どっしりと佇んでいた。巨木の周りには光る球体がいくつも浮遊しており、辺り一帯を照らしている。
馬車が止まり、童話御用達の赤いカーペットが敷かれた。その脇では首都にいるエルフというエルフが集まり、歓声を上げている。
「ミル、なにこれ」
「何処からか民に殿下の情報が漏れたらしいですね。先にパレードをやってしまいましょう」
「待って! まだ心の準備が」
ラインがカーペットの上を歩いて良いものかと戸惑っていると、更なる追い討ちがかけられた。
「皆の者! 今日はよくぞ集まってくれた! 大臣である私としても大変うれしい」
大臣と名乗るエルフが口上を述べだしたのである。
犯人はお前かと、ラインは呪わずにはいられなかった。
歓声がひときわ大きくなったのを確認してから、大臣は続ける。
「ライン様のお力があれば、憎きロザンツを屠ることもできよう! 今こそ、戦いの時だ!」
『ぷぷ。ラインのお力だってよ』
『ああ、面白いな。シルバ』
『ふふふ、ラインさん戸惑ってますね』
亜空間から見物していたシルバたちが、面白がって感想を述べる。完全に見物人モードだ。
「ライン殿下がいる限り、われわれに敗北の二文字はない!」
ラインは赤くなって下を向いている。
亜空間が爆笑の渦に包まれた。
大臣は腰に差していた杖を掲げ、叫ぶ。
「ライン国王陛下万歳!」
ひときわ大きな歓声が上がった。
対照的に亜空間内が静まり返る。
『はい……?』
それが誰の呟きかはわからなかった。




