第二十話 まだまだ進化
「へえ、ミルって名前なんだ。僕はライン。よろしくね」
早朝。ミルと名乗る少女に叩き起こされたラインは、とりあえずミルから情報を引き出していた。
「まず聞きたいんだけど、殿下って何? なんで僕が殿下なの?」
「ああ、その説明をしておりませんでしたね。あなたにはわれわれエルフの王家の血が流れています」
「ええ!?」
その事にも驚きだが、シルバはむしろラインがエルフであった事に驚いた。スライムの低い目線では長い尖った耳を視認する事はできなかったのだ。
「きっかけは情報収集をしていたときです」
ミルがその経緯を話しだす。
「私は偶然殿下が歩いていたのを見てしまいました。殿下からエルフ王家の証である黄金の魔力が溢れているのも。あなたは行方不明になったライン様なのでしょうそれ以外にありえません。だから殿下です」
確かに、と一拍おいてから、ラインが反論する。
「僕はおじいちゃんの本当の孫じゃない。何処からどう見てもエルフだし、魔力は金色だ。君の言う事を信じるならエルフの王族ということになるんだろう。でも、エルフの王族が行方不明になった僕一人なんてことは無いはずだ。僕を殿下なんて呼ぶ必要は無いんじゃないかい?」
ラインの問いかけに、ミルは首を横に振って答えた。
「いいえ、あなた一人なのです。生き残ったのは」
「生き残った?」
「エルフの国は壊滅状態です。戦争の過程で皇帝は暗殺され、皇太子様方は討ち死になさいました。皇女様の中には亡命した方もいらしたようですが、亡命した以上権力はすべて失っています」
「……戦争の相手は?」
「ロナルド帝国です」
「……まあ、同族の危機だし手伝える事があれば手伝うけど」
ここで断ったら旗印を見出せなかったエルフが滅ぶ。そうなるとエルフの地位が低下し、ラインの旅にも支障が出るだろう。日夜奴隷狩りに付け狙われてはたまったものではない。
「ああ! ありがとうございます! 既に準備はできております。ついて来てください」
ミルはそう言うなり立ち上がり、部屋の外へと出て行った。そしてラインは――悠長に荷物を纏め始めた。
シルバとポチ、そしてテラリアはテイムの機能の一つである亜空間の部屋に入る。従魔ではないテラリアが入る事ができるのは、おそらく精霊契約のお陰だろう。
亜空間の中は基本的に何でも持込が可能で、なかなかに設備が充実している。
シルバは部屋においてあるソファーに向かってダイブすると、その丸い体をごろごろと転がした。
『シルバさん、結局私達はどうするんですか?』
『決まってるだろ? ラインと一緒に戦うのさ。エルフには少し思うところがあるしな』
じつのところ、テラリアにテイムを解いてもらう事もできる。それをしないのは、現状目的が何も無いのと、ラインに情が移ってしまったからだ。
『契約者であるあなたが決めたのなら、依存はありませんよ』
『ありがとう』
しばらくすると、ミルがラインに早くするように催促する声が聞こえてきた。かなり悠長に準備していたらしい。亜空間の中からは外の様子が伺える。亜空間はあまり利用した事が無いが、シルバはこの眺めが気に入っていた。
視界が移動し、質素な馬車が映し出される。諜報活動中ということで、できるだけ目立たないように工夫された馬車は、王族の護送にも役に立った。
町の門番は魔法で作った幻影で騙せるので、難なく突破できた。
ラインたちを乗せた馬車はアルジュを出てエルフ領、つまり西に向かって進んでいく。時折大きくがたんと揺れる馬車は、ラインの尻に深刻なダメージを与えていた。
「あたたたた」
「殿下、もう少しで休憩です。耐えてください」
ミルは慣れているのか、全く動じずにラインを励まし続ける。
そこで、今までで最大の揺れが起こると、馬車は道のど真ん中で停止した。
「や、やっと着いた……?」
「いいえ。どうやらそうではないようです」
ミルがそういうと同時、馬車の周りを武装した集団が囲った。盗賊である。
こちら側の人数はミルとライン、そして御者の三人に対し、盗賊の数は軽く十人を越えていた。
盗人達はじりじりと包囲の輪を縮めてくる。
「殿下はここで待っていてください」
「いいや、僕が行く」
杖を持って馬車から降りようとしたミルを、ラインが引き止めた。
おかしい。
盗賊の頭であるギレイは、包囲されているにもかかわらずいまだに何のアクションも起こさない獲物に苛立ちを覚えていた。普通盗賊に囲まれでもしたら護衛をけしかけるなり、投降するなりするはずだ。実際、これまでの獲物もそうだった。
痺れを切らしたギレイは、馬車を包囲している仲間たちに合図を出そうと、手を振り上げる。
が、合図を出す前に馬車から飛び出た何かによって、首を飛ばされてしまった。
「殿下、一体何をしたんですか?」
ラインが開いたゲートから飛び出していった何かを目で捉えられなかったミルは、半ば問い詰めるように聞いた。
「そういえば言っていなかったね。僕はモンスターマスター。魔物と一緒に戦えるんだ」
そういって、ラインは魔物――ポチを呼び寄せる。基本気まぐれのポチだが、今回は従ってラインの足に寄り添った。
ミルは一瞬呆けた後、その顔を喜色に染めた。
「すごいです殿下! その力があればロナルド帝国など敵ではありません!」
「任せといてよ。エルフは僕が救ってみせる!」
若干クサイ台詞をためらい無く言うあたり、ラインには英雄の資質があるのかもしれない。
それを見ていたシルバとしては、イラッとするばかりだったが。
まあ、盗賊の死体を与えたのが幸いして、シルバの機嫌は元通りになったので、良しとしよう。
障害が無くなった馬車が、再び動き出す。
盗賊を吸収したとき魔力が満ちたのを感じていたシルバは、自らのステータスを確認した。
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シルバ 零才
種族 スピリットスライム(進化可能)
魔力 5280
妖気 156
アビリティ
転生(転生数2)
魔法
妖術
分裂
合体
進化
流動
操作
魔眼(精霊視)
称号
転生者
サウス北部の主
従魔
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スライム種以外からの魔力吸収は効率が悪いが、それでも進化に必要な分は溜まった。
比較のために、盗賊を瞬殺したポチのステータスを記載しておこう。
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ポチ 一才
種族 神獣(幼生)
魔力 381
アビリティ
神聖
閃光
称号
神獣
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シルバに比べると見劣りするが、ステータスに身体能力は現れない。身体能力込では五分と五分である。
現在シルバは食事を終えて亜空間内にいる。比較的安全なそこは外敵の心配が無く、進化に適していると言えるだろう。
進化が、始まる。
七色に光る体から、溢れんばかりの進化光が放たれる。ポチが、『目が! 目がああああ!!』と叫んでいるが、そんな事は関係ない。光の中でシルバの肉体が確実に変貌していく。
光が消え去ると、虹色……ではなく、灰色のスライムが姿を表した。
何となく違和感を覚えながら、シルバは自分自身を解析する。
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シルバ 零才
種族 ミミック
魔力 80
妖気 156
アビリティ
転生(転生数2)
魔法
妖術
分裂
合体
進化
流動
操作
魔眼(精霊視)
擬態
称号
転生者
サウス北部の主
従魔
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撤回しよう、スライムではなかった。




