第二話 一度目の転生先
次にシルバが聞いたのは、自らの産声だった。
おぎゃあ、おぎゃあと一定のリズムで声を上げている。無意識のうちに出ているようで、止めることができない。心臓の鼓動を能動的に止めることができないように、産声を上げるのをやめることはできそうになかった。
周りでは、おめでとうございます、立派な男の子ですよとか、見えるか? これが俺たちの子だとかどこかで見たようなやり取りが繰り広げられていた。
もちろんどういうわけか生まれ変わり、赤子となったシルバはそのやり取りを見たわけではない。生後一時間もたっていないため、目の発達が不十分なのだ。会話は聞こえるのだが。
そんなことより、さっきまで身にまとっていた強大な魔力が消えていることのほうが重大だ。かろうじて感じることはできるが、赤子の域を出ない。そんな魔力では自動結界や身体強化、解析すらできない。いま攻撃を叩き込まれたら一撃で死んでしまうだろう。
「おぎゃあああ!? おぎゃあああああああああああ!!」
彼の絶叫は、おぎゃあ、としか聞こえない。
シルバはそのまま小一時間わめき続け、助産婦さんをおおいに困らせることとなった。
シルバが赤子となってから三日ほど後、驚くべきことが発覚した。
魔力の鍛錬を早期から行うことにより、何とか身体強化できるだけの魔力を手に入れたシルバは、まず焦点の合わない目を強化した。これによりやっと視界を確保できるようになったため、まずは現状の確認を行う。
部屋はちょうど日本でいう和室のような部屋で、シルバは畳に敷かれた布団の上に横になる形で寝かされている。母……いや、乳母かもしれないから母(仮)として、その母(仮)が時折乳を与えたり、おしめを変えにやってくるのだが、それ以外ずっと放置である。いいのかそれでと言いたくなるような放任主義だ。スキンシップをせずに乳だけを与えられた乳幼児がどうなるか実験したところ、子供たちが全員亡くなったという話を聞いたことがあるので、少し不安を覚えている。
問題は母(仮)だ。問題といってもそこまで大したことではない。ケモミミ、しっぽが生えているのを大したことはないと言えたらの話だが。
母(仮)に生えている耳は、ふわふわとしたイヌ科を思わせるようなケモミミで、髪の色と同じ狐色をしていた。ふわふわのしっぽはなんと複数ある。だが、何分ふわふわしているため、まとまってしまうと何本あるか判別することは不可能だ。邪魔ね、と言いながら何本か消してしまったのを見た時点で数えるのを諦めた。最低でも六本はある。
母(仮)が本当にシルバの母なのだとしたら、シルバにもケモミミとしっぽが生えているはずだ。シルバとて獣人の知識はある。だが、獣人はほとんど狩られ、毛皮か奴隷という残酷な末路をたどっていたはずだ。そんな絶滅危惧種が狙われないはずがない。それが不安だった。
「シルバ~。元気?」
考えている間に母(仮)が入ってきて、シルバの横に座った。まだおしめの交換や授乳には早いはずだ。何をしにやってきたのだろうか。
「シルバ。父上が帰ったぞ」
ふすまを開けて父だと名乗ったのは、やはり頭にケモミミをぶら下げた若い男だった。
しっぽはすべてしまっているようで、母(仮)のようにしっぽがつっかえて倒れこむこともない。
ちなみに、シルバという名前はそのままらしい。偶然だろうか。
「どうだ、シルバは。よき長に育ちそうか?」
「ええ。私とあなたの子ですもの」
どうやら、母(仮)はシルバの本当の母親だったようだ。
長。この言葉をシルバはせいぜい村長くらいの意味にとらえていた。あながちそれは間違いではないのだが、もっと大きな話だと分かるのはまだ先の話である。
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人間による度重なる獣人狩りによって、獣人たちはかつてないほどその数を減らしていた。犬、猫、兎などの特殊能力を持たない獣人たちはそのほとんどが捕獲され、奴隷になるか毛皮になるかの二択を迫られる。
そんな中で、生き残った獣人たちは幻獣種など力の強い一族に先導され、ノース大陸の東に国家ビーストを建国した。もう誰にも支配されないために。
勇者カレイドが魔神討伐直後に失踪した六十年後のことである。
これが、五才時点でシルバが集めた情報だ。瞑想などによって魔力を増大させる傍ら、千里眼という魔法でそこらじゅうを覗いた成果である。
幻獣種とは、竜族をはじめとする魔物の獣人で、人間の一部からは魔族と呼ばれている。その内の一種、妖狐族の族長の家系、フェート家の息子として生まれたのがシルバだ。
妖狐族は九つに分かれたしっぽが特徴的な一族で、妖術という魔法とは別の力が使える。しっぽは成長とともに一本ずつ増えるらしい。獣人国建設の際に活躍したようで、重要な国境の守護を任されている。両親が戦っているところは見たことがないが。
ちなみに、獣人のほとんどは魔法を使うことができず、妖狐族も御多分に漏れない。シルバは例外である。
千里眼と併用して解析という魔法を使ったため、ここまで情報が集まった。
解析には二つの能力がある。一つは物体の詳細を見ることができるというもの。もう一つはステータスを参照できるというものだ。ステータスを見ることによってその者の魔力や所属、種族から年齢までわかるため、解析は非常に便利な魔法だ。師匠直伝なので、シルバと師匠以外誰も使えなかったりする。ちなみに、ステータスなどのネーミングはすべて師匠が行っており、ステータスは「状態」という意味だそうだ。
「シルバ~。昼ごはんの時間よ~」
「はい、わかりました~」
母――カミナが呼んでいるので、返事をして瞑想をやめる。
この五年でだいぶ魔力が高まった。瞑想のコツを知っていることと、妖狐族のスペックが合わさり、五歳時点ですでに一般的な魔法使いのレベルに達してしまっている。
ステータスを見ることができようになったことで、シルバに何が起こったのかも概ね分かった。
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シルバ・フェート 5才
種族 妖狐
魔力 83
アビリティ
転生(転生数1)
魔法
称号
転生者
族長候補
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まず目につくのが魔力である。一般の魔法使いレベルだが、前は八桁を軽く超えていたのだ。どうしてもガッカリ感が漂う。まあ、本来獣人は魔力を持たない種族なので、上がりにくいのは当然だが。
次にアビリティ。この項目は前には存在しなかった。転生、というのが関係しているのだろうか。転生数1となっているので、すでに一度転生している、つまり五年前の生まれ変わりが転生ということになるのだろう。神が与えたのはこの転生能力らしい。称号はリセットされている。
「シルバ? 早く来なさい」
カミナが呼んでいる。
シルバは考えるのを止め、居間へ向かった。
食卓には、珍しく父であるガルアがいた。いつもは族長としてそこらじゅう飛び回っているのに。
「父上、珍しいですね。こんな時間に。どうなさったんですか?」
「少し用があってな。それより、早く席につけ。せっかくの料理が冷めてしまう」
急いで自分の料理の前に正座し、手を合わせてから食べ始める。
正座や言葉遣いなどの作法は召使のセレイヌから教わり、今では完璧にこなせる。教えたセレイヌは、シルバの呑み込みの速さに驚愕していたが。
両親も最初は驚いたものの、今では普通になっている。
ある程度食べ進んだところで、ガルアは突然口を開いた。
「シルバ、お前の婚約相手が決まったぞ」
ガチャリ、と箸の落ちる音が響く。あまりのショックに箸を取り落としてしまったらしかった。
嫌だ。シルバの脳内はすでにこの一言で統一されてしまっている。婚約ということはそのうち結婚しなければならないということだ。
結婚。つまり家庭のことを常に頭に入れておかないといけないし、妻子という弱点ができる。転生能力は手に入れたが、不老不死を諦めたわけではない。死ねば|築き上げてきたもの(魔力)がリセットされる。死から逃れるために、余計な手間は省いておきたい。
転生はベターなのであって、ベストではない。シルバには、この世に留まり続けなければならない理由があった。そのために、不老不死が欲しいのである。
不老不死といえば、師匠が持っていた本に不死鳥の本があった。不死鳥の血を飲むと不老不死になるのだったか。そしてそれを人間が取り合う。
話が脱線してしまった。
私はNOといえる日本人です。
師匠がよく言っていた言葉を思い出しながら、NOと言おうとする。
「お相手は不死鳥族の令嬢だ」
「わかりました」