第十九話 殿下!
「おじいちゃん、いってきます」
「ああ。達者でな」
中央大陸の南端に位置する港町、アルジュ。郊外にあるみすぼらしい小屋で、ラインは祖父であるチャートとお別れをしていた。もちろん、その傍らにはシルバとポチ、そして精霊であるテラリアがいる。
シルバがつかまってから一ヶ月が経過した。一ヶ月の間にポチが進化し、テラリアが見えるようになったのはうれしい誤算だろう。仲もいいようである。
転移によって南大陸からやってきたライン達にとっては、このアルジュがスタート地点となる。
『なあ、シルバよ。ついに旅だな』
ポチがそう言ってくる。
『ああ。足を引っ張んなよ?』
『誰に向かって言っている。私は誇り高き神獣だぞ?』
神獣(笑)といってやりたいところだが、ポチは一ヶ月でかなり成長した。シルバとしてはそれを否定するわけにはいかない。
『……そうだったな』
『うむ。わかればよいのだ。わかれば。私はスライムなどよりずっと強いのだからな。これからは私がシルバを守ってやろう』
いらっ。
シルバは一切迷うことなく、自慢げに揺れる尻尾を魔力の手でぶっ叩いた。
きゃいん、きゃいんと悲鳴を上げながら、ポチがそこらを跳ね回る。
『調子に乗んな』
そう吐き捨てて、シルバは歩き出したラインにぴょんぴょんと追従する。
『だ、大丈夫ですか!? ポチさん!』
テラリアはシルバとポチの間で右往左往してから、シルバの後を追った。
ライン達はこの旅最初の問題に直面していた。
金が無い。
馬を買う金が足りない。歩こうにもその間の食料を買えない。手持ちの金では宿一拍がいいところだ。
『うお~い、シルバぁ~。腹減ったぞぉ~』
『わかりきったことをぬかすんじゃねえ。こっちまで腹が減るだろ』
きゅぅぅぅ、と言う音を鳴らしながら、ポチがそう訴えてくる。あいにくシルバも空腹状態だ。何もしてやれない。
『頑張ってくださ~い』
テラリアが無責任な声援を送ってくる。精霊の主食は契約者の、または空気中に漂う魔力のため、空腹とは無縁なのだ。
今は夕方。朝路頭に迷ってから何も口にしていない。それはラインも同じで、先ほどから一言も喋らず、幽鬼のようにゆらゆらと歩くばかりである。いつもならひっきりなしに話しかけてくるというのに、喋るエネルギーすらも節約しようというのだろうか。
魔物をつれているラインは奇異の視線を向けられている。そのうちの一人とラインの目が合った。体型からしておそらく女性だろう。フードに隠れてよく見えないその顔は、なぜか驚愕に染まっている。
女性は裏路地のほうに走って行ってしまった。
空腹により、その事はすぐに忘却の彼方に追いやられてしまう。
宿代を前払いで払ってしまったので、ラインの手持ちは銅貨一枚。硬くなったパン一個買えれば良い方だ。
そのような物を腹に詰め込んだところで癒える飢えなど、たかが知れている。
金が要る。
ラインはふと、下に向けていた視線を目の前の建造物へ向けた。
そこにはこう書かれている。
______________________________________________
~冒険者ギルド~
初心者歓迎!
登録無料!
仕事にお困りの方は労働互助会
「冒険者ギルド」へ!
______________________________________________
ところどころ破けたその張り紙は、今のラインにとっては天上へのチケットのように思えた。
先ほどまでの幽鬼歩行は何処へやら、猛スピードで木製のドアに接近すると、ばあんと開け放つ。
ギルドの内部にはテーブルがあり、くつろげるようになっているのだが、そのテーブルを利用している人間、いや、ギルドを利用している人間は一人もいなかった。
「あの! 登録、したいんですけど!」
ギルドにいる唯一の人、受付嬢まではかなり距離があったので、半ば叫ぶようにして言う。
カウンターまで進んでいくと、怪訝な顔をした受付嬢が待っていた。
「ボウヤ、本気?」
受付嬢がそう問うてくる。アルジュは裕福な町だ。ラインくらいの年齢なら親の仕事を手伝う時以外は遊ぶのが当たり前で、ラインのような子供が働いている姿などついぞ見ない。
「本気です」
私情を詮索しないのが冒険者ギルドのマナー。その気があるなら受付嬢は登録をするのみである。
「じゃあ、ここに名前と年齢、得意な事を書いてね。仕事の斡旋に必要だから、しっかりと書くこと」
ラインは渡された用紙に必要事項を記入していく。
「そういえば、どうしてこんなに人が少ないんですか? 仕事を紹介してくれて、登録も無料なのに」
アルジュは確かに裕福だ。しかし、人が集まっている以上必ず失業者などが路頭に迷うはずである。
「あら、あなた知らないでここに来たの?」
「知らないで?」
「色々あったのよ」
受付嬢はどこか遠い目をして、そう言った。
少し気まずくなってしまったところでようやく登録書が仕上がったので、受付嬢に手渡す。
「え~と、どれどれ……。名前、ライン・セントツリー。年齢、十一。特技……モンスターテイム?」
「こういうことです」
ラインはそういって、半歩右に移動した。今までラインの陰になって隠れていたシルバたちが顔を出す。
「魔物……! 」
「わあああ、待って待って! 無害ですから!」
何処からか取り出した巨大なハンマーを構えた受付嬢をあわてて制止し、テイムの紹介を始める。
「まず、テイムというのはですね……」
三十秒経過。
「みてくださいこの艶! きれいでしょう、アレックスは。これは毎日念入りにタオルで……」
三分経過。
「そうだ、知ってます? 魔物って実は核という弱点があって、ここを破壊されると死んじゃうんですよ」
五分経過。
「……とまあ、こういうのがテイムです!」
「へ~、そうなんだ。じゃあ、登録しておくから、今日のところは帰ってくれる?」
脱線しながら行われた説明に何とかついていった受付嬢が、若干疲れた顔をしながらそう言った。
「はい、それでは」
ラインはくるりと踵を返すと、そのまま歩き出す。……が、三歩も歩かないうちに地面にダイブしてしまった。
「ど、どうしたの!?」
「お腹が……減りました」
受付嬢の手料理は、それはそれは美味しかったという。
「この旅の目的を確認しよう」
受付嬢にお礼を言い、宿でゆっくりしていたところ、突然ラインがそう言った。最近開発された白板なるものに字を書いていく。
箇条書きにされる形で書き出されたのは二つ。
・しゅぎょうをつむ
◎もんすたーますたーをひろめる
字を書く機会が少なかったからなのか、ずいぶんと拙い字だ。
◎がついているということは、その分優先度が高いということなんだろう。
「僕らがやらなきゃいけないことは唯一つ。モンスターマスターを広める事だ。でも、一箇所で広めちゃいけない。国が研究に乗り出すからね。だから、旅をしながら広める。皆が同じ力を持っている以上、迫害なんかもされにくい。目標は中央大陸中に広めることだ」
正直言ってシルバには興味が無いのだが、ピョンピョンと飛び跳ね、キュイ! と鳴く事で肯定の意を示しておく。
ラインはうなずくと、部屋に備えられているベッドにもぐりこんだ。
「よし、今日はもう遅いし寝よう。お休み。アレックス」
シルバだ!
心中でそう訂正しつつ、シルバも眠る事にした。テラリアは既にシルバのプルプルボディの上で寝息を立てている。ポチは……シルバの横で丸くなっていた。
おやすみなさい。
しばらくすると、シルバの丸い体は規則正しく上下し始めた。
「殿下。……殿下!」
シルバが聞き覚えの無い声に意識を浮上させると、フード姿の人物がラインの体を揺さぶっていた。しきりにラインの事を長と連呼している。
窓から入ってくる光は非常に弱い。早朝といった所だろうか。
「う~ん………もう少し……」
「で ん か !!」
「はいい!」
鼓膜を揺さぶる大声に面食らったのか、弾かれたように飛び起きたラインは、次いで辺りをキョロキョロと見回した。その金髪は寝癖によって大きく跳ね上がっている。
やがてラインの目がフードの人物に定められた。
「えと……。君、誰?」
当然の疑問に、フードの人物は答える。
「私はミル。お助けください、殿下」
ミルと名乗った人物によってフードが取り払われると、長い耳が顔を出した。




