第十七話 精霊
「おじいちゃん、みてよ! アレックスが進化したよ!」
そう興奮気味に叫びながら小屋のドアを蹴り開けたラインは、右脇に抱えるようにして持っているシルバを突き出した。シルバの体は進化によって小さくなっているため、持ち運びがラックラクである。ちなみに、左脇には子犬が抱えられている。子犬にしがみついている精霊も一緒だ。
「おお! ついに進化したか! ……ところでライン。その左脇に抱えているものはなんじゃ?」
「神獣!」
孫の口から元気よく宣言された単語に、チャートは意識が遠のくのを感じた。
「し、神獣じゃと!? ライン、お前祠にいったのか!?」
「うん、人間がいたから倒しておいたんだ」
モンスターの活躍をあたかも自分の功績であるかのように語れるのは、モンスターマスターならではの特権だろう。
「人間!? ロナルド帝国の奴らか!? ……いや、今はいい。そうか、人間から魔力を吸収してアレックスが進化したんじゃな。どれ、見せてみなさい」
ラインは子犬を床に降ろし、シルバを手に乗せて突き出した。
「いや、神獣のほうじゃ」
ラインは進化したシルバを見てもらえなかったのがショックだったのか、ぷくっと頬を膨らました後、子犬を抱え上げてチャートに手渡した。
「ほうほう、こいつは紛れもなく神獣じゃな。きれいな聖石を持っておる。このくらいの魔力ならテイムできるじゃろ」
チャートはそう言いながら子犬を机の上に乗せると、掌を子犬にかざした。
直後、シルバがテイムされた時と同じような魔法陣が展開する。
『な、なんだこれは!? 奴隷化の術式か!? 助けてくれ!』
神獣は知能が高い。多少は魔法の内容を理解できるのだろう、子犬が慌てだした。だが、知識はあってもつい最近まで親に守ってもらっていた子犬に何ができるわけでもない。プルプルと震えるだけである。
不味い。
このままでは子犬が従魔にされてしまう。モンスターマスターの尖兵として戦い、逃げることもできずに命を散らすことを運命づけられてしまう。
死んでも転生できるシルバはいい。しかし子犬の人生は一度しかない。
正直子犬のことはあまり好きではないが、それでもテイムの犠牲者を増やすのは避けたかった。
『待ってろ! 助けてやる!』
念話でそう呼びかけると同時に、魔力の糸を展開する。いくら高位魔法使いと言えど、極細の魔力の糸を感知することはできない。あとは魔法陣を書き換えるだけ。消失させることもできるが、それではもう一度テイムをかけなおして終わりだ。二人にはテイムが通常通り効果を発揮していると思い込んでもらう。
魔法陣は非常に繊細で、少しでもおかしなところがあるともとの魔力に戻ってしまう。だからある程度はテイムの形を保ちつつ、まったく違うものに変更する必要があり、かなり難易度が高い。
しかし、シルバは魔法の頂点にいた男(現在性別不明)である。流れるような手つきで魔法陣の文字を書き換えていく。
テイムが発動した。
子犬に変化はないが、チャートは満足げな顔をしており、ラインは大喜びしている。
シルバは、全身の力が抜けていくのを感じていた。無意識で発動したのか、疲れを表現するかのように体が流動化する。
書き換えた内容は二つ。反抗防止の削除と感覚共有の緩和だ。空間魔法への登録はないと困りそうだったので書き換えないでおいた。
『おお、思ったより自由だ! アレックス、ありがとう!』
さすが子供とはいえ神獣だ。元の術式と実際の効果の違いに気づいたらしい。
『アレックスじゃない、シルバだ』
『あれ? でもさっきアレックスって……』
『シルバだ』
『……ありがとうシルバ! 助かった!』
子犬は溶けて放射状に広がったシルバにただならぬ気迫を感じ、急いで言い直した。その頭に、飛んで避難していた精霊がちょこんと乗っかる。そしてそのまま頭に座ると、手を後ろについて、足を前に放り出してのほほんとした。羽を休ませるためか、二対ある羽が三十度ほど下に垂れ下がっている。かわいい。
「よし、君の名前はポチだ!」
シルバが精霊に癒されていると、唐突にラインがそう宣言した。先程から妙に大人しいと思っていたら、子犬の名前を考えていたらしい。
「うむ。順調に従魔が増えてきたのう。そろそろ旅に出てもよいかもしれん」
「ほんと!? やったあ!」
『ポチか。うん、いい名だ』
二人の会話をよそに、子犬改めポチはまんざらでもない様子で、フリフリとしっぽを振っている。
ポチ。ポチか……。シルバは頭の中でその言葉を反芻する。
『……って待て! 本当にそれでいいのか!?』
『ん? なんだ?』
『なんだじゃねえ! 百歩譲って自分を強制的に従えようとした奴の考えた名前を受け入れるのはいい! でも、元の名前はどうした!? 名前を捨てるつもりか?』
すると、ポチは困惑したような声音で、
『何を言っているんだ? 魔物は強力な個体以外名前を持つことはない。だからこそ、名前を持っているというだけで大きなステータスとなるのだ』
今度はシルバが困惑する番だった。
『え? そなの?』
『そうだ』
シルバは魔法の知識が豊富だが、魔物にはあまり詳しくない。こういうこともあるのだろう。
……シルバとポチは知らない。ポチという名前が犬にとっての田中太郎及びジョン・スミス的な意味合いを持つことを。それをラインは知らずにつけていたということを。
「よ~し、ポチ! 散歩に行こう」
ラインはそういってポチを抱き上げた。そして、暴れるポチを全く意に介さない様子で走り出す。精霊が振り落とされた。
『ぎゃわあああ! 降ろせええ!!』
ポチの叫びがテレパシーを通じて、元の形に戻ったシルバに届いてくる。チートスペックを持っていたシルバすらラインに振り回されたのだ。子供のポチにはたまったものではあるまい。
シルバは心の中でエールを送りつつ、振り落とされた精霊に目を向ける。精霊はしりもちをついたらしく、涙目で尻をさすっていた。かわいい。
「さて、盆栽の手入れでもするかの」
チャートはそう呟いて、外に出ていった。
そういえば精霊に癒される事はあっても会話する事は無かった。折角なので精霊との念話を試みることにする。
『ねえ、そこの君。少し僕とお話しないかい?』
キモッ。
彼を知るものがこれを聞くと、絶対にそう言うだろう。それほどまでにキモかった。
精霊は少し驚いて、シルバのほうを向いた。
『なんですか? おじさん』
『おじさん!?』
精霊は魂を見ることができる。シルバの合計年齢(三十才)を見破ったのだろう。
ざまあである。
『あ~。シルバって呼んでくれ』
早くも取り繕うのが億劫になったのか、普段の口調に戻ったシルバ。「おじさん」でかなりダメージを受けているらしい。
『ではシルバさんと呼ばせていただきますね』
精霊はにこやかに笑ってそういった。
『それで、一体どのようなご用件でしょうか?』
そう言われてみると、特に用件などは無い。かといって話したかっただけなんて言っても気持ち悪がられるだろう。
『あ、世界樹の大精霊って知ってる? つーか、お前だったりするのか?』
『……ち、違いますよ? 何を言っているのか解りかねます』
『そうか』
話題づくりのために質問してみただけである。少し苦しいだろうか。
そこでふと、精霊の名前を聞いていないことを思い出す。
『そうだ、名前を聞いてなかったな。なんて言うんだ?』
『そういえばそうでしたね。私の名前はテラリア。よろしくお願いします』
テラリアと名乗った精霊は、羽を広げ、ぺこりとお辞儀をした。スライムボディーではお辞儀を返す事もできないので、その丸い体をわずかに倒して応じる。
『あの、私、シルバさんに一つお願いがあるのです』
『お願い?』
『私と契約してくれませんか?』
別視点劇場 ~後書きでやるんじゃねえ~
テラリアの場合。
テラリアは興奮していた。
いつものように神獣の子の背中にのっかって遊んでいると、不思議な生物を見つけた。
彼はスライムの体に、とても美しい魂を宿していた。
三つの魂を混ぜ合わせて、濃縮したような、純度の高い魂。魂で美醜を判断する精霊にとって、彼はそれはそれは魅力的に見えたのだ。
テラリアは精霊の眼力で、より詳しい情報を引き出そうとする。
驚いたことに、彼の魂は基本的には人間のものだった。年齢は三十才ほどだ。
魂がスライムの体と全く合致していない。これは肉体年齢と魂の年齢からみても明らかである。
シルバは予想だにしないだろう。テラリアに「おじさん」と言われるなど。




