第十六話 さらに進化
神社の内部は何らかの魔導機械によって埋め尽くされていた。その一つ一つに見覚えの無い模様が刻まれている。「円とそれに各頂点が触れ合う五芒星」だ。ロナルド帝国の紋章である。
機械と魔力貯蓄装置を接続するコードが張り巡らされており、モニタにはよく解らない数値が並んでいる。
英雄時代は魔導具や魔法科学があまり発達していなかったため、シルバにはそれらが何なのかよく理解できない。
それらを無視して奥へ進んでいくと、地下に続く階段が姿を現す。おそらくこの先が祠なのだろう。そこに精霊珠という宝玉が祀られているはずだ。
階段の幅は狭く、いろいろなものを吸収して巨大化したシルバが通るためには、二つに分裂して一匹ずつ通る必要があった。
一列に並び、暗い階段を下りてゆく。一定間隔に並べられた松明の灯りだけが、ぼんやりとシルバの半透明な体を照らし、光と同じオレンジ色の薄い影を作った。
ふいに、ラインから心配だという趣旨の念が届く。テイムの経路では従魔が主人の感覚を共有できても、主人が従魔の感覚を共有することはできない。故に心配になったらしい。
大丈夫だと返し、先に進んでゆく。
シルバは思う。
彼には少し悪いことをしたかもしれない。ラインが出した指示とはいえ、一人でおいてきてしまったわけだ。残党なんかが残っていたら危ない。
まあ、戻らないが。
「すばらしい! これさえあれば隷属魔法などに頼らずとも中央大陸を制圧できる!」
階段を下りた先の小部屋で、痩せた男が興奮して叫んだ。その視線は目の前の宝玉に固定されており、背後に立つ?シルバには気づいていない。宝玉の真下には解析によく似た術式の魔法陣が描かれており、魔法陣の隣にある魔導具に解析結果が表示されている。部屋の隅には小さな子犬が一匹、檻に入れられて震えていた。
なんというか、とてもおいしそうな宝玉である。
男はぎょろりとした目をさらに開き、両手を広げる。
「ひゃははははは! 精霊珠さえあれば精霊の力が思いのままだ! 帝国に栄華を! 皇帝陛下万歳!」
シルバは興奮している男に気づかれないように体の一部分だけを宝玉――精霊珠に伸ばし、しゅわっと吸収した。うん、ソーダ味。
「ははははははははは! は?」
男が我に返って精霊珠を見ると、そこにはスライムがいた。
「……食った?」
……コクリ
「マジで?」
……コクコク
「「………………」」
「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!……」
男の絶叫は途中でかき消されてしまった。
男の死体を吸収し終わったシルバは、子犬が入れられた檻の前に移動した。
子犬の額には小さいながらも聖石がくっついており、神獣であることをシルバに認識させる。
『よくも精霊珠を! 許さない!』
しおらしくしていた先ほどとは打って変わって、子犬は猛烈に暴れている。解放したら飛びかかってきそうだ。
『まあまあ、あいつらに持っていかれるよりはずっといいだろ?』
『!?』
妖術の念話で話しかけると、子犬はびくっと肩を揺らした。知性の低いスライムに念話ができるとは思っていなかったらしく、驚きで黙り込んでしまった。
一瞬だが子犬が暴れなくなったので、これ幸いと檻を溶かしてしまう。
『……なぜテレパシーが使えるんだ。神獣でもないのに』
妖術である念話は神獣たちにとってのテレパシーというものに酷似しているらしく、子犬がそう聞いてくる。
シルバはそれを無視し、心配しているラインに経路を通じて殲滅完了と伝えた。
『無視をするんじゃない! 私を誰だと思っている!』
『うるっさいなあ! 今忙しいんだよ!』
これから精霊珠が持ち去られたように証拠を捏造しなければならない。せっかく逃がしたのだから、子犬には時間稼ぎでもしてもらいたいところである。
とりあえず祠の中を荒らしまわって、いかにも家探しされましたよという雰囲気を出したところで、経路を通じてラインが祠へ続く階段を見つけたのが伝わってくる。
死体はすべて分身体によって消化吸収された後だが、それでも飛び散った血などで不安感を募らせている様子である。
『おい、今から俺の主人が来る! 精霊珠の事話すなよ!』
『何を言っているんだ? テレパシーが人間に効かないなどということは常識だろう?』
テレパシーは思ったよりポンコツだったようである。シルバにとっては幸運だが。
「アレックス、もう終わった?」
ラインが祠の入り口から顔を覗かせた。ここに来るまでの薄暗い階段がよほど怖かったのか、顔が若干引き攣っている。
ピョンピョンと飛び跳ねて肯定の意を示すと、ラインはほっとしたように駆け寄ってきた。
そこでようやく檻から出た子犬の姿を発見したのか、ラインの興味がそちらに傾く。
「わあ、神獣の子供だ! かわいい~」
ラインはそう言って子犬を抱き上げる。子犬は抵抗するが、人間たちによって与えられたダメージで大した抵抗もできない。それに全く気付かないラインは鈍感の化身と言えるだろう。
『おい、スライム! 助けてくれ! こいつ傷口に手を当てている! あ痛っ!』
『じゃあ精霊珠の事許してくれ』
『わかった! わかったから! あだだだだだ!』
以外にもあっさりOKしてくれたので、シルバはラインから子犬をを引き離しにかかる。
やり方は簡単。もっとラインの気を引くことをすれば良い。
シルバの体が光を放ち始める。そう、進化の前触れだ。
通常、モンスターは頻繁に進化することはない。進化には大量の魔力を必要とするためだ。それに、進化中は無防備になる。進化光に引き寄せられてやってきたほかのモンスターにやられてしまう恐れがあるため、野生のモンスターが進化することはほとんどない。
だからこそ、進化が目立つ。
一応進化前のステータスを確認しておこう。
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シルバ 零才
種族 オペレートスライム(進化可能)
魔力 4753
妖気 74
アビリティ
転生(転生数2)
魔法
妖術
分裂
合体
進化
流動
操作
称号
転生者
サウス北部の主
従魔
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解析が終わったところで、進化光の輝きがピークに達する。
進化後のシルバの巨躯は縮んで元通りに。その体表は虹色に輝いていた。
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シルバ 零才
種族 スピリットスライム
魔力 753
妖気 74
アビリティ
転生(転生数2)
魔法
妖術
分裂
合体
進化
流動
操作
魔眼(精霊視)
称号
転生者
サウス北部の主
従魔
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いつものように魔眼とやらの使い方を理解したシルバは、早速精霊視であたりを見渡してみる。すると、子犬の頭の上に何か小さい人型の生物が乗っているのを見つけた。見た目は少女なのだが、とにかく小さい。子犬の小さな頭に寝転べるくらいに。そして羽が生えている。鱗粉のようにキラキラした粉を纏う、髪の色と同じ、綺麗なクリアブルーの羽だ。
小さな少女はシルバのほうに振り向くと、その小さな小さな手のひらをシルバに向け、はにかむように微笑んだ。その動作だけでシルバの疲れが癒されていく。
だが、それだけだ。
精霊が話しかけてくるわけでも、精霊を召喚できるわけでもない。ただ、見えるだけ。本当に見えるだけだ。この進化にはおそらく精霊珠が関係していると思われるが、仮にも祀られていたものなら、もう少しすごい能力でもよかったのではないかとシルバは思う。
初めて見る進化に興奮したラインに降ろされた子犬が、ぶるぶると体を震わせる。ポテンと可愛く地面に落下した精霊を見て、シルバはまた癒されるのであった。
案外、悪くない。
 




