第十五話 寄生生物ではありません、スライムです
シルバとラインの目の前に、木造の巨大な神社とでもいうべき建造物がそびえていた。
赤く塗られた鳥居の下で、筒のようなものを持った人間が立っている。奥の神社にはやはり大勢の人間の姿がチラチラと見え隠れしていた。
「なんで人間がっ……ここはサウス大陸でしょ!?」
ラインが嘆きに近い声を上げる。
サウス大陸周辺の海には海魔という強力な悪魔が生息しており、船で渡ることは不可能だ。故にサウス大陸にくる方法は空を飛ぶか転移するかしかないのだが、どちらも高等な魔法のため、できる人間は限られている。だから、国防を考えると大勢の高位魔導士をサウス大陸に割けるはずがないため、人間がここへ攻めてくることはない。
チャートにそう教えられていたラインは、目の前の光景を否定したかった。
しかし、人間は此処にいる。見つかると厄介なことになるため、口封じはしておかなければならない。
ましてやここは大精霊を祭る祠である。神聖な場に土足で踏み入った人間を、許しておけるはずがない。
ラインはシルバにテイムの経路を通じて指示を出す。
『敵を殺せ』と。
シルバは祠のにいる人間たちをどう全滅させてやろうかと、思考を巡らせていた。
分身の操作に処理能力を奪われている今、魔法の類で全滅させることはできないし、出来てもそれをやってしまうと不審がられてしまう。シルバは今まで魔法を使っているところをラインに見せていなかったのだから。使ったのはラインが寝てしまった真夜中くらいだろう。
あとは直接近づいて叩くくらいだが、兵士の持っている筒は神獣の記憶によると何らかの兵器らしい。
強靭な肉体をもつ神獣ですら深手を負ったのだ。進化を重ねたとはいえただのスライムが受けたら体が吹き飛んでしまうだろう。
神獣に取りつかせた分身が到着するまであと数分はかかるようである。シルバは単独で突撃を行うことに決めた。
普通に行っても殺されるだけなので、トイレで集団から離れた兵士を狙う。
用を足し、ほっと一息をつく。一息をついて開いた口から流動化して体内に潜り込んだ。
声が出せないよう口を塞いだ上で体中に浸透していく。兵士はもがき苦しむが、やがて動かなくなった。
浸透が完了すると同時に記憶を漁り、兵士――ビブリア一等兵の振る舞い方をマスターする。このビブリア一等兵は剣術に秀でているらしい。操作によって最強クラスに引き上げられた身体能力なら、十全に技術を活かすことができる。
シルバはビブリア一等兵を操作し、何事もなかったかのように兵士の集団の中に戻っていく。
「おいビブリア。用足したんならこっち手伝ってくれ」
そう言って声をかけてきたのはビブリアの上司、ザックマン隊長である。
「わかったっす。すぐ行きます」
シルバはビブリアのふりをしてザックマンに近づいていき、すれ違いざまにナイフで頸動脈を切断する。
「がっ!?」
頸動脈と一緒に声帯まで切り裂かれたザックマンは、それ以上の声を発することもなく絶命した。
「おい、何やって……!?」
近づいてきた兵士の喉笛を掻っ切る。さすがに気づかれたようで、兵士がわらわらと寄ってきた。
「なんのつもりだ。ビブリア一等兵! 我々を裏切るつもりか!?」
精霊珠採取作戦の指揮を務めるクライ将軍が、そう聞いてくる。
「ああ。その通り……だっ!」
返答と同時に筒――魔導砲銃を構え、躊躇なく引き金を引いた。
クライ将軍は魔導砲銃を構えると同時に回避行動をとっていたが、兵士全員がそのような反応をとれるわけではない。クライ将軍の後ろにいた兵士の右肩と顔の右半分にわたって円形の穴が空き、さらに後ろにいた兵士の額から下の顔面を消失させる。
回避で転がったことによってできた隙を、ビブリアの目は見落とさない。
一発しか放てない魔導砲銃を捨て、再びナイフを振るう。
鋭くクライ将軍の眼球を狙うナイフは、むなしく空を切った。
ビブリアは背後から繰り出される将軍の剣戟をもう一本のナイフでなんとかいなし、バックステップで距離をとった。移動先にいる兵士の首を切り裂くことも忘れない。
シルバは正直高揚していた。近接戦闘がこんなにスリルがあって楽しいものだとは思わなかったのだ。
それだけに、ビブリアの体を失うと同時に技術も失われてしまうのが辛い。オペレートスライムのスペックでは記憶は持ち越せても、体に染みついた技術までは保持し続けることができないのだ。
その一瞬の思考の間に、周りの兵士たちが魔導砲銃でシルバを狙い撃つ。
シルバは再びビブリアの技術でそれを紙一重でかわしていく。ナイフを投擲して兵士の数を減らしながら。
しかし、一斉に放たれた弾を全て躱すのは物理的に不可能であり、手足が削られ身体機能が大幅に低下した。
そこに追い打ちをかけるようにクライ将軍が肉迫する。
回避するために動かそうとした足は、魔導砲銃の砲撃でただの棒となり果てていた。
直後、ビブリアの首が宙を舞う。
念の為言っておくが、シルバの本体はあくまでスライムである。ビブリアの首を切断されたところで流動化している本体にダメージは入らない。しかし、なんの影響も受けないというわけではなく、体内を循環していた流動体が血液の代わりに傷口から外に出てしまう。透明な体液が。
「その血……ゾンビスライムか!?」
クライ将軍はそれに気づいたようで、シルバの種族、その俗称を言い当てた。
「魔法で消し去ってやる……!」
将軍は己の使える最上級の魔法を詠唱し始める。確実にシルバを葬るためだろう。発動する魔法はヘルフレイム。圧倒的な魔法知識を持つシルバなら無詠唱で放てる。
シルバに戦闘狂の血が流れているなんて思いもしなかったため、少し遊びすぎてしまった。その結果がこの窮地である。
「くらえ! ヘルフレイむぐう!?」
最後の詠唱が終わり、魔法名を叫んだ将軍が、鉛直上向きに吹き飛んでいく。
先ほどまで将軍が立っていた位置にいたのは、神獣を操るシルバの分身体だった。
シルバは分身体が入った神獣を操作して残りの兵士を引き裂き、突き刺し、叩き潰しながら、ビブリア一等兵の体からはい出てくる。
流動を解いて元の姿に戻るころには、表に出ていた兵士は全滅していた。シルバの目の前には落下して潰れたクライ将軍の死体が転がっている。
シルバは神獣から分身体を脱出させると、そのまま合体で取り込んだ。神獣の血液を吸収しただけあって、分身体に蓄えられていた魔力はなかなかのものだ。体内に溢れんばかりの魔力の奔流を感じる。
今度こそ神獣を全て吸収したシルバは、奥にそびえる神社の中へ入っていく。




