第十四話 冒涜
「おはよう! アレックス!」
朝から元気よく挨拶してくるのはライン。シルバの主人である。シルバのことをアレックスと名付け、可愛がっているかけだしのモンスターマスターだ。
無理やり従魔にされたシルバとしては今すぐにでも出て行ってやりたいところだが、シルバにかけられたテイムの魔法がそれを阻む。ラインの戦力になるしかないのである。
シルバは犬小屋から出て、ラインについていった。これからシルバの朝食を獲りに行くのだ。
世界樹を降り、広場を抜けて森の中へと入っていく。
もうすでに日は上っており、時折木漏れ日がスライムボディに当たる。眩しさにすぼめる目がないので、当たったからどうだという話なのだが。
どんどんと進んでゆく。普段ならこのあたりで魔物と出くわすのだが、今日は一匹も見かけない。シルバはそこに違和感を感じた。
「いないね。魔物」
ラインもシルバと同じことを思ったのか、シルバにそう話しかける。
ラインはもしかしたら不安に思っているのかもしれない。こういう状況では大抵、森の生態系に何かしらの変化が起きている。それは森の主の交代かもしれないし、外部の魔物の侵入かもしれないが、どちらにせよ、警戒の必要がある。
シルバに不安などは一切ない。安全マージンを取るために進化したことを隠してきたのだ。これはラインを守る行動でもあると解釈できるため、テイムの禁止事項である反抗にはならない。
今のシルバならここら一帯の魔物に負けることは絶対にないと確信していた。
ふいに、進行方向にある茂みがガサガサと揺れ、一匹のウルフが飛び出してくる。その白い毛並みは所々赤く染まっており、息も絶え絶えな様子でその場に倒れこんだ。
魔法を使うことができれば助けてやれるのだが、あいにく進化に魔力を持っていかれたばかりだ。シルバにできることは何もない。せめて介錯をしてやろうと、血濡れのウルフにピョンピョンと近づいた。そこでふと、ウルフの頭にきれいな宝玉があることに気づく。シルバがその輝きに気を取られていると、宝玉が光を放ち始めた。
『助けてくれ』
シルバの脳内に声が響く。目の前のウルフが発しているようで、透き通るような声だった。
『我が子が……危ないんだ』
今にも光が消えそうな目で、シルバをじっと見る。
『祠に侵入者が来た』
息がだんだん浅くなっていく。
『頼む……』
やがて呼吸音が聞こえなくなる。瞳孔が開いたその目は、縋るようにシルバを見つめていた。
「アレックス、これ神獣だよ。頭に魔石あるし。祠に何かあったのかな?」
このウルフは神獣らしい。それがやられたということは、祠の侵入者はさらに強いと考えていいだろう。さすがに今のシルバでは勝てない可能性が出てくる。
シルバは息絶えた神獣の上に覆いかぶさると、分裂して作った小さな、本当に小さな分身を口から神獣の体内へ潜り込ませる。テイムによる感覚共有と、分身から得られる情報や、シルバの自前の感覚の処理、さらに二つの体の同時操作はシルバの処理能力を削るが、それでも戦えないわけではない。
「アレックス、どうして食べないの?」
ラインがそう聞いてくるので、適当にごまかす。
「そっか。埋葬してあげたいんだね」
「キュイ!」
肯定の意を表す。
テイムの感覚共有を通じてある程度の意思疎通は可能だ。しかし、「アレックスじゃなくてシルバだ」と伝えようとしても全く上手くいかなかった。もはや呪いではなかろうか。
ラインは魔法で深さ一メートルほどの穴を作りだすと、神獣の死体(とシルバの分身)を中に蹴り込み、ザッザッと足で土を被せた。埋葬と言いながら扱いが雑である。
「じゃあ、帰ろうか」
シルバは慌ててテイムを通じて祠が心配だと伝えた。
「確かにそうだね。様子を見てこよう」
ラインはそう言って、祠がある方角へ進み始めた。シルバはそれに追従する。
道中もやはりモンスターの姿は見かけない。所々に神獣のものと思われる血が付着していた。
シルバは神獣を埋めた位置から十分遠ざかったのを確認して、神獣と一緒に埋められた分身体を動かし始める。
分身体は死体の血管を食い破り、固まり始めた血液を吸収し、その分体積が増加した自分の体に置き換えていく。置き換えは体中の組織液にまで及び、みるみるうちに神獣の水分がスライムに置き換わってゆく。
完全に置き換わると、死体だったはずの神獣がピクリと動いた。
体にかかっていた土が吹き飛び、ぼとぼとと周囲に落下する。
穴からはい出てきたのは、生気のない神獣だった。
オペレートスライム。
生物の体内に侵入し意のままに操ることができる能力を有しており、寄生虫のように体内に潜伏することもできるスライムである。分裂して殺した相手に乗り移ることで増殖する様はゾンビの生態とよく似ており、一部地方ではゾンビスライムなどと呼ばれていたりもする。
スライムの細胞が全身に浸透し、脳含む体内器官を全て制圧する。これにより、記憶の閲覧が可能となった。
分身体を通じて記憶を覗き見たシルバは、侵入者の姿を見てうんざりする。
多数の人間が、祠に押し入っていた。




