第十三話 他力本願
シルバは今、木造住宅で謎の老人に抱かれている。
広場にあった大木は世界樹というらしく、大精霊が宿っているらしい。
転移で来たので直接見たわけではないが、老人の話によると、この家は世界樹の枝の上に立っているんだとか。
「スライムちゃん。少し儂の話し相手になってくれんかの? 話し相手が孫しかいないんじゃ」
椅子に腰かけた老人は、でれでれとした表情でそう言った。
くれんかのも糞も拉致られている以上それ以外の選択肢はないのだが、あえてそれは言わないことにする。
「キュ!」
少しあざとく返事を返すと、老人はさらにでれっとした顔になった。
「そうかそうか。では話すとしようか」
老人の名前はチャート。ロナルド帝国の魔法使いだった。
ロナルド帝国は中央大陸にある国で、中央大陸唯一の人間の国家である。二百年ほど前に隷属魔法という魔法を開発しており、その魔法を以って他人種を隷属させている国でもあった。
反乱を封じられた奴隷たちは戦場に駆り出され、また多くの奴隷を生み出す。
そうして栄えてきた国だった。
十年前、魔導士の中でも魔法研究員と呼ばれる職種についていたチャートは、隷属魔法の改良中にある魔法を発見してしまう。それが見つかると戦争が起きると考えたチャートは、研究資料を持ってまだ幼い孫とともにサウス大陸へと渡った。
魔法の名はテイム。魔物を隷属させる魔法である。
しかし、強い魔力を持つ魔物には効かず、弱い魔物を捕まえて育てるというのがセオリーとなりつつあった。例えば、スライムのような……
気づけば、シルバの周りにいくつもの魔法陣が展開されていた。チャートはニコニコとその光景を見つめている。
「キュィィィィ!」
抗議の声をあげてみても、目の前の老人はやはりニコニコとしているだけだ。
「君は孫の初めての従魔にぴったりだ。孫とともにモンスターマスターを広めておくれ。戦争にならないように、いっぺんに」
魔法陣から赤く発光する蔦が伸びてくる。やはりシルバの知らない魔法だったが、内容は把握できた。経路の形成と反抗の禁止、そして空間魔法の登録である。
だが、内容を把握したところでどうにかなるものでもない。
蔦がシルバの透明な体に巻き付き、溶けるように消えていく。それと同時に、視覚や聴覚に並ぶ第六の感覚とでもいうものが、シルバの中に芽生えた。
第六の感覚は、五感全てを無理やり纏めたようなもので、その中の視覚に当たる部分は此処ではない森の中を映し出していた。シルバがそれに気づくと同時に、シルバの中に自分の物ではない感情が流れ込んでくる。その内容は、驚きと期待、そして興奮だ。
もう一つの視界が急速に切り替わり、景色が後ろに流れていく。やがて大木の上に立っている小屋に辿り着くと、小屋に一つだけ取り付けられているドアに突進した。
「おじいちゃん! 僕の従魔見つかったの!?」
バン、という音とともに入ってきたのは、十才くらいの少年だった。輝くような金髪と、清流のように澄んだ碧眼、長い耳が特徴的である。少年はとてとてとシルバに歩み寄り、そのまま抱き寄せた。
「う~ん! やわらか~い!」
ぶち殺してやろうかこのクソガキ。そう思った瞬間に、シルバの頭?に凄まじい激痛が走る。テイムの効果の一つである反抗防止が発動したのだ。
あまりの激痛に形を保てなくなったのか、それとも防衛本能が働いたのかはわからないが、シルバは流動体になってしまい、少年の手から零れ落ちて床にビチャビチャと落下した。
「ああああああ!? 溶けたああああああ!?」
少年は大パニックを起こし、同じくあたふたしているチャートに縋りつく。
「おじいちゃん、どうしよう! 僕のアレックスが溶けたよ!」
俺はシルバだ!
そう叫ぼうとしても、口のないスライムでは体細胞を振動させないと声が出せないため流動体では叫べないし、そもそも現時点では「キュィィ」としか話せない。
シルバはとりあえず小屋内の混乱を収めることにして、流動を解いた。
シルバが元に戻ることで騒動が収まったので、現在シルバは休憩中だ。そのシルバを抱きかかえるようにして椅子に座っている少年の名前はライン。チャートの孫であり、モンスターを従える「テイム」の使い手である。もっとも彼の場合、使役は得意でも捕獲は苦手とするようだが。
シルバがリキッドスライムという珍しい種であると分かってから、ラインの機嫌はますます良くなった。対照的にシルバの機嫌が悪くなっていく。
「ふふふ~。かわいいな」
「ラインの初めての従魔じゃからな。これでお前も晴れてモンスターマスターじゃ」
彼らはテイムでモンスターを無理やり従わせ、戦わせるもののことを魔物使いと呼んでいる。剣士の最高位であるソードマスターや、槍士の最高位であるランスマスターに張り合っているのだろうか。くだらない。
「アレックス、これからよろしくね」
もはやラインはシルバの呼び名をアレックスで決定しようとしている。当然シルバがそれを受け入れるはずもなく、呼ばれるたびに暴れているのだが、ラインはそれを見て何を思ったのかジョウロで水をかけてきた。
今も不満を表明するためにピョンピョンと飛び跳ね、筋肉のあまりついていないラインの膝にプレス攻撃を仕掛けているのだが、ラインの反応は
「ふふふ、こんなに喜んで。よっぽどその名前が気に入ったんだね」
ポジティブ思考にまみれていた。
もしかしたら、従魔が人間に逆らうわけがないという自信の表れかもしれない。
シルバはとても不愉快だった。しかし何もできない。テイムが発動しているからだ。
先ほど模倣したテイムを改造した隷属魔法をかけてやりたい。しかしできない。テイムがあるからだ。
魔力弾で全身を粉々にしてやりたい。しかしできない。テイムがあるからだ。
流動を使って体内に侵入してやりたい。しかしできない。テイムが…………
「よーし。がんばれアレックス!」
世界樹の森。それがシルバやライン、チャートが住んでいる森の名前である。深部には世界樹が、そのさらに奥には世界樹の精霊を祭る祠があり、祠は神獣によって守られている。
その森で、シルバは毎日毎日野生の魔物相手に戦闘訓練をさせられていた。確実に殺すために流動を使って体内に入り込み、中から消化液を散布するのだ。
全く面白みに欠ける戦いだ。
フォレストウルフを消化しきったシルバは、もぞもぞとラインの下に戻りながらそんなことを考える。全く成長している気がしないので、徒労感が凄まじいのだ。
それでも魔力を吸収すれば成長するのが魔物である。遂にシルバに二度目の進化が訪れようとしていた。
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シルバ 零才
種族 リキッドスライム(進化可能)
魔力 1095
妖気 32
アビリティ
転生(転生数2)
魔法
妖術
分裂
合体
進化
流動
称号
転生者
草原の主
従魔
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称号に従魔の称号が増えているのは屈辱としか言いようがない。
「よ~し。じゃあ、帰ろう!」
一日のノルマが達成されたようで、ラインがそう言ってくる。
シルバはピョンピョンと跳ねてそれに応じた。
草木も眠る丑三つ時。
このような表現を聞いたことがある。確か真夜中という意味だったはずだ。とにかく、それほどの真夜中に、シルバはこそこそと小屋を出ていった。犬小屋には身代わりとして狐火と変化で作ったシルバ人形(スライムver.)を置いてある。目指すは世界樹の根元。大樹の根元は小屋からは死角になっているし、「逃亡」にも当てはまらない。進化するには最適の位置になっている。
シルバは周りを見渡し、誰もいないのを確認してから魔力の手で穴を掘り始めた。進化する際の眩い光を覆い隠すためだ。幾つもの手がスコップのように地面を切削してゆく。
シルバは深さ三メートルほどになった穴に流動化して飛び込み、着地と同時に入り口を塞ぐ。あとはまた魔力の手を使い、底の部分を広げて圧縮すれば地下室の出来上がりである。室内に光は全くないが、スライムは目でものを見ているわけではないため、視界は確保されている。
時間は無限ではないので、シルバは早速進化を始めることにした。
一度目と同じような強烈な閃光がシルバから発射され、ごつごつした地下室の壁を照らす。ただでさえ強い光はさらに強さを増していき、それがピークに達すると、急激に光が弱まっていく。進化が終わったらしい。
そこには、予想通り無色のスライムがいた。
今回も見た目上の変化は皆無と言っていい。色が変わったとか、宙に浮いているとか、棘が生えたとかの変化が一切ないのだ。
結局、ステータスを見る以外の方法で現状を確認することはできなさそうである。
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シルバ 零才
種族 オペレートスライム
魔力 95
妖気 32
アビリティ
転生(転生数2)
魔法
妖術
分裂
合体
進化
流動
操作
称号
転生者
草原の主
従魔
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今回も操作という単語をキーワードに、シルバの頭の中に使用法が流れ込む。進化というやつはご都合主義の塊なのだろう。
操作が何たるかを理解したシルバは、ニヤリと――――口はないので心の中でニヤリと笑う。
「キュッハッハッハッハッハッハッハ!」
バリエーションが増えた鳴き声で、シルバは高笑いする。聞く者の誰もいない笑いが、暗い地下に木霊していた。
てってれー♪
シルバ が なかま に なった !




