第十話 一度目のデッドエンド
シルバ人形が、大挙して重装歩兵隊に押し寄せる。重装歩兵の鎧に密着した瞬間、人形は爆裂した。
部下は余所で戦わせているため、シルバは一人で、黙々と人間軍を迎撃していた。
撃墜数は現在約三百ほど。獣人軍が疲弊しはじめ、全滅する部隊も増えてくる。
リエナは相変わらず上空から攻撃を続けており、撃破数だけならトップクラスだと思われた。
「さーて、次だ」
シルバが前方を見やると、いやにすっきりとした地帯が目に留まった。
いや、すっきりとしているのではない。中心に立つ、見たこともない服装をした少年から一定範囲内にいるありとあらゆる生物が潰れ、地面を赤く汚していた。
その少年を中心としたサークルに、獣人の男が侵入した。人間である少年を討ち取るためだろう。
男は見えない重石に押しつぶされるように、潰れた。
「へぇ」
強敵だ。シルバが止めなければこのまま前線を壊滅させるほどの。
やるしかない。
シルバの頭上にバランスボールほどの巨大火球が出現する。……二十個ほど。
ぎょっとした少年に向かい、それらを一斉に発射した。
閃光。
爆発。
轟音。
周囲を巻き込まないよう集約するように調節されたエネルギーが空白地帯に注ぎ込まれた。シルバに真面目に戦う気などない。
ふう~、と額の汗を拭う仕草をし、一仕事終えた感を出す。何となくやりたくなるものだ。
「危ねえな」
唐突に声をかけられると同時、強大な圧力がシルバを襲った。
「な――――!?」
小規模のクレーターをつくりながら、シルバの体が地面に縫い付けられる。
とっさに身体強化をかけたため潰れずに済んだが、体がピクリとも動かない。
「お前がここのエリアボスって所か。うん、そうに違いない」
えりあぼす……?
意味不明な単語を使うところと言い、不可解な衣装を纏っているところと言い、どこか辺境の出身なのだろうか。
シルバの思考を知ってか知らずか、えりあぼすとやらを無力化できた喜びに、少年はぺらぺらと喋り続ける。
「いやあ、ホント便利だな重力操作って。防御にも攻撃にも移動にも使えるんだから」
近くで見てみるとこの少年からは一切の魔力を感じない。これが何を意味しているのかわからないほど、シルバは馬鹿ではない。
「アビリティか……!」
人間のアビリティは魔法だったはずだ。この少年の正体がわからない。
「ん? 違う違う。これはな、スキルって言うんだ」
「技術だけでこんな事出来るわけないだろ」
「できるんだよ。チートだから」
先ほどから少年の言っている事が半分も理解できない。一部の者だけが知っているような専門用語を聞かされた感覚に近いだろうか。
「後がつかえてるし、名も知らぬエリアボス君には、俺のEXPになってもらおうか。あまりぐずぐずしてると帝国の切り札が手柄を独り占めするしな」
少年は腰に差していた剣を抜き、そのままシルバ目掛けて突き立てる。
しかしながらその切っ先が切り裂いたのは、肉ではなく土だった。
「な!? いない!?」
「転移だ馬鹿が」
少年の胸から、氷でできた刀身が生えた。
倒れ伏した少年を背に、シルバは次の標的を探す。少年が言っていた「切り札」というのが気になるが、この乱戦では考えるだけ無駄だろう。
それにしても不可解な奴だった。見慣れない民族衣装、人間には使えない力……転生までのタイムラグの間で何があったのか。
ふと上を見上げると、リエナが空中で休憩していた。地上より安全なのだろう。
手を振ってやる。
リエナもこちらに気づいたのか、手を振ってくる。
シルバも少し休もうか、そう思った時だった。
手を振っていたリエナの翼を、鉄槍が貫いた。
翼は霧散し、リエナは墜落していく。
「リエナ!」
非常に不味い。
墜落地点は人間軍の隊列の真っ只中。獣人がいないエリアだ。
安全圏から攻撃してくるリエナは敵にとって非常に目障りだったはず。捕虜などと言わず、確実に殺される。
身体強化を全力でかけ、跳躍する。
幸いリエナとの距離はさほど離れていないので、邪魔な人間を跳ね飛ばしながら突き進む。
魔力が猛スピードで消費されていくが、気にしてなどいられない。
墜落地点にたどり着くと、リエナに斧を振りかぶる男が見えた。リエナは腰が抜けて動けないらしい。
斧が振り下ろされる。その刃先は正確にリエナの脳天に向かっていた。
「どけええええええええ!」
ドチュッ。
生生しい音とともに、シルバの胸板が切り裂かれる。
身体強化によって強化された肉体でも、移動にその魔力をほとんど費やしてしまっては、斧の一撃を防ぎきることはできなかった。
自己犠牲の甲斐あってか、リエナには傷一つついていない。シルバの血が一部後ろにも飛んだのか、リエナの赤い髪が、紅く染まっていた。
「シルバァァァァァァァ!」
リエナの悲痛な叫びが、戦闘音でかき消される。
シルバは、倒れそうになるのを踏みとどまり、呪術で斧使いの男の首に切れ目を入れる。
頸動脈を切断された男は、そのままの姿勢で脱力し、動かなくなった。
呪術の代償として持っていかれた小指のほかに、心臓付近が痛む。
心臓には傷はないようだが、動脈を切断されたらしく、絶え間なく血があふれている。このままだとすぐに心臓も止まってしまうだろう。死んでいないのは獣人の生命力故か。
リザレクションは魔力切れで使えないし、妖術に回復手段はない。
「リエナ!」
目に涙を浮かべていたリエナの肩が、びくりと震える。
「この戦争が終わったら、一緒に学園に通おう!」
ぽかんとするリエナ。
死亡フラグは意識して建てると逆の効果になる。前世で師匠からそう聞いたので、実行に移す。
効果はあまり感じられないが。あにめのセリフを丸パクリしたからだろうか。
「返事は!」
「……わかった」
「よし」
シルバは満足して頷くと、周りに目を向ける。
張っておいた結界の罅と、周りを取り囲んでいる人間で見えづらいが、遠くに見慣れない白銀の甲冑を着た集団がいる。おそらくあれが人間の切り札であり、リエナを撃ち落とした犯人なのだろう。
奴らさえいなければ残りの戦力でも十分勝利できる。
向こうから飛んでくるリエルドが見えるので、リエナも助けられるだろう。
彼らと、シルバたちの周りを取り囲んでいる人間たちに向かって、切断の呪いをかける。
代償は腕どころでは済まないだろうが、どうせ死ぬのだ。些細な事である。
白銀の群れの中心に、人間たちの懐に、見慣れた黒い何かが現れる。
父、ガルアから渡された指南書によると、あれは封印された悪魔の一部で、呪術の媒体となっているらしいが、そんなことはもうどうでもいい。
黒い何かは、キラキラ光る鎧に巻き付き、いつものように切断する。
白銀の鎧は瞬く間に血に染まり、中身は絶命する。
その際に、黒い何かに剣を突き刺した者がいたが、シルバが気づくことはなかった。
黒い何かが、いつものような消え方ではなく、はじけ飛ぶような消え方をしたのもだ。
胸の内から何かを抜き取られる感覚とともに、意識が遠くなっていく。
目に涙を浮かべたリエナの顔も、彼女がシルバにかけた言葉も、シルバにはもう届かない。
これにて一章は完結となります。
二章は18時更新となさせていただきますので、応援をよろしくお願いします。




