第六話 その中にはもちろん俺も含まれている。
間が空いた割にいつもより短い。
年末にもう少し書き溜められていれば……
あれからもう二回気絶した。そろそろ気絶しない程度には慣れてきたけど、肝心の筋肉痛はまだまだ痛みにより存在感を示している。
その二回の内の一回目の間にまた二人が来ていたらしい。聖女の綾女が使い方を覚えたばかりの回復魔法を試してみたけど案の定俺のスキルに無効化されたようで、俺の周りと扉に結界を張って引き上げたそうだ。さすが聖女様。
朋友は俺にその話をした後すぐに寝た。途中の失態を除けば一人で警戒し続けていたわけだし、身体的にも精神的にも疲弊しているだろうから文句はない。文句はないけど、心情としては自分だけ平和そうに寝やがって、と思わないでもない。俺は寝たくても痛みで寝付けやしないのに。
寝付けない中でぼんやりと考えるのは今後の事。綾女からの伝言によると、当代の勇者達は初代勇者以来の超大なステータスの持ち主だからと早期戦線投入が予定されているらしい。具体的には一週間にも満たない座学教育の後に敵幹部が待ち受ける砦に仕掛ける計画なんだとか。
初代を除けば歴代勇者でもステータス値は一万程度、それも召喚時点ではなく成長しての最終値でそれなのだから、ネタ枠だと思われていた奴でも特化したステータス値は万単位な当代勇者達は確かに規格外だ。数値だけなら俺以外で適当にくじ引きでパーティーを組んでも魔王討伐できる可能性はある。だからこその早期実戦投入なんだろう。
馬鹿か?
いくらオートリミット(くしゃみ一つで王城に穴を開けられそうなチート集団が平穏な日常生活を送る為の出力自動制御スキルらしい)があるとはいえ、当代の強力無比な勇者達では訓練中に何が起こるか分かったものではない。実際訓練をしようとはしたけど、最初に例のDEF二万が防御系のスキルを試したら余波的な何かで周囲の兵士が吹き飛ばされたとか。防御系スキルなのに。それに職業の力により歴戦の兵士さながらの動きができるという事もあり、実戦でその力を確かめればいいという判断らしい。
一応周囲への被害も考慮して味方もいる最前線どころかその更に先、敵の拠点の一つに送り込んで万が一にも人間側の領土に被害が出ないようにしているから問題ないと考えているとか。
何度でも言おう。馬鹿か?
ステータス値一億とか某名作漫画の戦闘力で言えば本気を出せば星を一つ破壊できるほどの攻撃が繰り出せるレベルだ。もちろん数値が同じでも数値の重みまで同じとは限らないので、天王寺が星を破壊できるかどうかは分からない。ただ史上最強クラスの勇者という事を踏まえて考えると、少なくとも地形が変わるレベルの破壊力はあると思う。
どう考えてもぶっつけ本番で試させていい破壊力ではない。
まあ王都で試していい破壊力でもないだろうけど、だとしてもステータス値一億の勇者をはじめ規格外の連中が自分達の攻撃の威力も何も知らずに戦場に立つとか何一つ安心できる要素がない。特に調子に乗りそうな奴らが何も考えずに大技を繰り出しての同士討ち。これがありそうで恐ろしい。
下手したら遠距離から勇者の広範囲殲滅攻撃による一撃で辺り一帯を焦土と化すのが一番の安全策かもしれない。蛮族丸出しのごり押し戦法なのに。
ちなみにこの手の展開でよくある命を奪う事への忌避については、少なくともクラスメイト達に関しては問題にならないと思っている。神に仇なす云々でこの世界側の誰もが殺気立っていたあの時、いくら殺気の矛先が俺とは言え、クラスメイト達はあまりにも反応が無さすぎた。
嫌いな奴が殺されるならちょうどいいと調子に乗るでもなく、
人が殺される場面を見せられたくないと嫌悪感を抱くでもなく、
どんな相手でも殺すのはよくないと正義感を振りかざすでもなく、
現代日本の高校生としてはありえないほどに、殺気にも人の生き死ににも反応する事なく普段通りでありすぎた。あんなものを見せられて精神干渉を疑わない方がどうかしている。虫も殺せない奴でも平然とリアルモンスターハントに精を出せるように魔改造されている事だろう。ここの神ならやる。
……日本に戻れたとして、あいつらは元に戻れるのだろうか。
……元に戻れるのだろうか、か……
他人事みたいに考えているけど、これは召喚された全員に言える事だ。その中にはもちろん俺も含まれている。
お約束。
ご都合主義。
主人公補正。
テンプレ……は、少し違うか。
とにかく異世界転移系ファンタジーにおいて、前提とも言える設定はいくつか存在する。俺の前には当然のものとして立ち塞がっている言語の壁、これが当然のようにないものとして扱われているのもその一つだ。転移した主人公が自動翻訳系の能力を持っているのはまだいいけど、国も違えば種族も違うヒロイン達がどうして普通に会話できるのか。だいたいの作品で人類と魔族は戦争しているのに言語は世界共通なのか? 嫌にならないのか怨敵と同じ言語を使う事が。
……話が逸れた。
例えば物語ではよく華奢な美少女が筋骨隆々な男をパワーで圧倒する、という場面が見かけられる。その結果自体にはステータスによるものという適当な理由付けで納得してもいい。けどそれだけだと疑問が残るのだ。男の筋肉はどこから現れたのか、という疑問が。地球のように筋トレにより筋肉が鍛えられるという仮定では、鍛錬を怠らない美男美女の騎士といったキャラが華奢なままでいられる理由が説明できない。
……また話が逸れ始めている。
要するに、だ。
仮にこの世界にも酸素原子が存在するとしても、大気中の酸素濃度が地球のそれと違えば命に関わるというのに俺達が当然のように呼吸できている事。
筋肉とは無関係にステータス値により超人的なパワーを発揮できる世界で俺が今まさに筋肉痛という状態に悩まされている事。
物語であれば「そういうものだから」という一言で一蹴されてしまうような疑問が現実のものとなっている今、
俺は、俺達は、いったい何にされてしまったのか。
地球人ではない何かだろうか。
異世界人とも違う何かだろうか。
この世界のどの生物とも違う何かだろうか。
情報が足りなさすぎて推測する事もできはしない。その漠然とした恐怖が、闇夜より深く暗くまとわりついてくる。
冷たい。
怖い。
恐ろしい。
暗殺者か何かだろうか、綾女が張った扉の結界を壊そうとする音がしていなければ精神がどうにかなっていたかもしれない。何とも妙な話だ。
2018/02/10 誤字修正、追記