第四話 この世界はもう駄目かもしれない。
まだ部員が少なかった頃にやらされた脇役通行人のチャラかったり老人だったりの動きを活かして武術行動不可スキルに影響されない動きを研究すること体感で約二時間。朋友がいつの間にか飽きて昼寝している中、その二人はこの薄汚い小部屋に現れた。
どこかの誰かがけしかけた暗殺者――ではなく、綾女と脚本家だ。
「待ちくたびれたぞ二人とも」
「あっ、まっ、まだ休んでいた方がいいんじゃないかなー、反町くん」
「問題ない。武術行動不可スキルの判定検証でピリピリきても平気なくらいだ」
「それ気絶していた人がする事じゃないよね!?」
今話している方が脚本家の客本花恋。演劇部専属ではなく文芸部メインの兼部だけど、貢献度は下手な部員より高い。お前の事だ兼野。
ちなみに名前の読みと容姿のせいでからかわれる事が多い。6割がトイレの花子さんネタで3割が座敷童ネタと幼女妖怪扱いに定評がある。脚本についての打ち合わせで俺と一緒にいるところをコロポックル扱いでからかってきた兼野を同時に繰り出した右ストレートでぶっ飛ばしたのは記憶に新しい。
俺達の身長が平均値に届いていないのは二卵性双生児の馬場姉弟がその長身で平均値を上げているせいです。いいね?
「あとさっきはありがとうな二人とも。助かったわ、命が」
「本当にね。間に合わなかったらどうしてくれようかと思ったよ」
実行犯をどうにかするのは確定事項らしい。
「けど私は大した事はしていないよ。あれは優奈ちゃんの力だし」
「確かに主演は綾女だけど、脚本は客本だろう?」
一年前から演劇部にいる部員くらいしか知らないけど、実は綾女はアドリブが壊滅的に下手だ。いつだったか練習の合間に即興劇をした時にはそのポンコツ具合に何とも言えない空気になったくらい下手だ。なのに舞台上でのミスやトラブルに対するリカバリーではアドリブ対応可能なんだからよく分からない。
「そうじゃよ。カレンは凄いじゃろう? わちも親友として鼻が高いんじゃよ」
「客本が凄い事くらい言われなくても知っているって。そもそも最初に客本に脚本を頼んだのは俺だぞ?」
「だったね」
当時三年にいた部内唯一の自称脚本家は酷すぎた。具体的に言うと演劇の脚本なのに王様登場シーンのト書きで『その姿、戦乙女を携えし天空神の如し!』とか書くぐらいにとにかく酷い。北欧神話の半神を携えるギリシャ神話の主神とか衣装も小道具も演技もどうしろと言うのか。聞いても答えられないなら初めからそんな描写はしないで欲しい。
それに比べて文芸部では「文章が箇条書きみたいで小説らしくない」と散々指摘されていた小説の、そのまま脚本に使えそうな分かりやすさときたら。ネタにするつもりで「なんか小説なのに脚本か何かみたいな文章書いてきた奴がいる」と教えてくれた、まだ綾女が知られていなかった頃は普通に接してくれていた元クラスメイトの文芸部員の夜見泉には感謝している。
今や役者に合わせて自然と役ごとにト書きの書き込みの量を書き分けた脚本を仕上げるほどの、天才女優綾女優奈をして「カレンって実は天才じゃよね?」と言わしめた最高の脚本家の存在を教えてくれたんだから。当の他称天才脚本家様はそんな大それたものではないと否定するけど。
ちなみに天才同士という事もあってか二人の仲はいい。綾女を「優奈ちゃん」なんて下の名前で呼んでいる奴は俺の知る限り他にいないし、綾女が親友と呼ぶ相手も他にいない。それに信頼関係もある。でなければ俺を殺せば聖女が死ぬなんて脅し文句、言わせられないし言えもしない。
さて話を戻すか。
「それで、二人は今までどこで何を?」
「ならまずま……まずは、反町くんが倒れた時の話かな」
「ただそこはまだ大して話す事もないんじゃよ。また阿呆共が騒いだのと、聖女預かりとは言え万が一という事があってはと班長がこの汚い物置に押し込められる事になったくらいじゃろうか?」
「勇者の天王寺くんもこちら側なら……」
つまり現実はあちら側、と。
「けどいつもよりアホになっとる気がするんじゃよ、あれ」
「勇者のスキルで人格が変わったとか?」
「そんな洗脳みたいな事――」
「俺のステータスを思い出してみろ」
どんな理由にせよ異世界に強制召喚しておいて一しかないステータス値とか日常生活にも支障をきたすスキルとか押し付けていいわけがない。なのに俺の現状がある時点で可能性としては充分だ。
「ありえるだろ?」
「ありえるな」
「ありえるね」
「ありえるんじゃよ」
聖女からも信頼のない神様。実に残念な存在だ。自業自得だいい気味だ。
「ところで反町くんを殺す気の連中が何をしてくるか分からないから護衛をつける事にした時に立候補していたはずなのに私達がここに来た時に昼寝していたくせに当たり前のように会話に入ってきたこれはどこのどなたかな?」
「ほんとスンマセンでしたっ!!!!」
ここまで安っぽく見える土下座は漫画でも見た事がない。本人が本気なのは分かるのに何故なのか。あと親友の土下座姿なんて生涯見たくはなかった。朋友の自業自得だけどむしろ俺の気が滅入る。
「自分の怠慢で命の危険に晒した謝罪すべき相手を間違えているこれは――」
「マジでスンマセンでした班長っ!!!!」
止めて俺を巻き込まないで。ポスカラ事件の時に兼野に土下座をさせたのは堪忍袋の緒が弾け飛んだからで、普段から土下座を求めたりしないから。
また話が逸れた。
「それで、朋友が抜けてからは?」
「長机みたいなものが並んでいる部屋に連れていかれて、長話を延々と……」
「人間賛歌に魔族批判と露骨なプロパガンダ。この世界特有の固有名詞だらけな創生神話に勇者神話。下手な扇動を聞かされ続ける拷問じゃったよ。勇者と聖女という事であれとわちだけ特等席というありがた迷惑付きじゃし。演じて取り繕うでもなく平然と聞き続けていたあれは間違いなく正気じゃないじゃろうな」
確かに。天王寺はテンプレかませ勇者的なハイスペックイケメンだけど、演技力は人並みだし性格も正義感に溢れているわけではない。むしろイメージとしては乙女ゲーの攻略対象にいそうな感じか?
だからあいつが自然と勇者のような言動をしているのであれば、それは本人の意思ではない可能性が高い。
「それから無駄話がようやく終わって、スキルの使い方を教えるからと騎士団の訓練場に移動している最中じゃよ」
「はい?」
「だから今はまだ移動中じゃよ。様子を見るためとごり押して少し別行動をとる時間をもぎ取っただけじゃ」
そこまで聞いたところで扉がノックされる。
『聖女様? 様子を見るだけならもう充分でございましょう。背信者の事などお気になさらず、早く勇者様の下へお戻り下さい』
相変わらず何を言っているのか分からないけど、どうせ『我らが神の敵などどうでもいいので早く行きましょう』とかそういう内容だ。
「面倒じゃ……」
「気持ちはよく分かるけど、さすがに聖女不在はマズいからね」
「面倒じゃあ……」
まあ俺のステータスを類を見ない鬼畜設定にしたり天王寺を洗脳したりするような邪神に仕える聖女とかやる気になれるわけもないか。
「大変そうだな」
「全くじゃよ」
「まあ頑張りな!」
「居眠りするほど暇であるなら一緒に来ますかどこかのどなたかさん?」
「もう勘弁して下さい!!!!」
俺も親友の土下座姿を何度も見せられるのは勘弁してほしいです。
二人が出て行ったので武術行動不可スキルに影響されない動きの研究を再開する。
「さすがにまだ大した情報はなさそうだったな」
「どうした今度は話しかけてきたりして。寝る前の本の読み聞かせの催促か?」
「なあ俺に恨みでもあんのか!?」
そろそろこの弄りネタも限界だろう。
「いや、だって大した情報がないって事もなさそうだったし」
「……マジで?」
マジで。
「お前は気にならなかったのか? 『勇者神話』とやらが」
実際に神が色々と余計な事をしてくる世界なのに『勇者伝説』でも『英雄譚』でもなく『勇者神話』なのだから、嫌な可能性はいくらでも思い浮かぶ。
この世界はもう駄目かもしれない。