第二話 ああ、せめて文字通り全国の舞台に立ちたかったな。
その時何が起きたのか、俺には目で追う事すらできなかった。
ただ結果を見て長身が俺を殺そうと抜刀して接近し、朋友がそれを止めたのだろうと推測する事しかできなかった。
それも余波で倒れて尻もちをついたまま。
……ごめんちょっと待って。ケツが痛すぎる。ケツだけ軽トラではねられたかのような激痛がする。ただ尻もちをついただけなのに。
「おい。何俺の親友殺そうとしてんだ。殺すぞ」
『まだその害悪のステータスを見ておられないのですね。かつて召喚された方々には非戦闘職の方や、中には無職の方もおられたと伝えられております。ですが職業欄に【神に反逆せし者】などという職業でも何でもない称号のようなものが記載されていた者などいないのです』
「神に反逆……何だそれ? だからどうした」
『分からないのですか? 唯一神様がそのようなステータスを与えられたのであれば、つまりあれがそれほどの害悪であるという事なのです!』
「ふざけんな! だったらステータスだ何だとやってねえでその唯一神とやらがあいつを強制送還するなり何なりすればよかっただけの話じゃねえか! それともお前らの言う唯一神ってのは勇者召喚に紛れ込んだ邪魔者一人どうにもできねえ無能か?」
『なっ!? 召喚された勇者様ともあろうお方が唯一神様を侮辱なさるとは! 撤回しなければ、唯一神様の名の下に罰を与えなければならなくなりますよ!』
「侮辱した俺は罰止まりで、何もしてねえあいつは殺そうってか? させるかよ!」
……ごめんちょっと待って。俺の事なのに俺を置き去りにしないで。
「あの野郎、モブ顔モブ体型モブ性格のくせにメインキャラみたいなオサレな真似してカッコよく目立ちやがって」
「俺ならもっとスタイリッシュに決められたな」
「VITが二万(抱腹絶倒)だもんな」
「おいテメエ誰が(笑)どころじゃ済まねえネタステータスだとゴルァア!」
黙れガヤ共。
とりあえずケツのダメージも回復してきたからいいかげん立ち上がろうとして、まだ上手く動けず不意にふらついた――振りをして射線から身を隠す。盾役ならぜひとも役割通りに俺を狙っている何者かから身を隠す盾になってもらおうか。
『殺せ!』
『唯一神様に逆らう背信者を血祭にあげろ!』
『あれが勇者様の仲間なものか!』
『『『『『殺せ! 殺せ! 殺せ!!』』』』』
……駄目だこれは。言葉は分からないのに殺意の質と量だけで分かる。勇者が連中を最速で殲滅でもしない限り刺し違えてでも俺は殺される。そして勇者である天王寺は俺に討たれるべき悪役を見る目を向けている。つまり生き残りようがない。
あるいはここで神託で俺を殺してはならない、なんて話にでもなれば別だけど、そもそもその神様とやらが俺に変なステータスを与えたのが原因みたいだし、神頼みすら断たれている。
ああ、せめて文字通り全国の舞台に立ちたかったな。舞台に合わせた書割の最適な設置とか、役者ではない裏方の俺でも舞台の上での仕事はあるし。
そんな願いも地球に帰るどころか生き残る事もできない状況では――
「殺してはなりません」
生存を諦めていた俺の耳に届いたのは、聞き慣れた少女の声。
騎士やら魔術師やら貴族やらと思われる連中が殺気を垂れ流しながら騒いでいる中でも当然のように誰の耳にも届いた、決して大きな声ではないのにどこの誰にもはっきりと通るその声は、綾女のものだった。
『……はっ!? な、何を仰っているのですか!? いくら勇者様一行の一人とはいえ、神に仇なす背信者への裁きに口を挿むなど!』
どこかで誰かが声を上げた。おそらく反論しているんだろうけど無駄な事だ。
役があり、
筋書があり、
舞台がある。
ならこの場はもう綾女の独壇場だ。
コンマ一秒の間の取り方で、
コンマ一ミリの立ち振る舞いで、
コンマ一ヘルツ、コンマ一デシベルの発声で、
相手のアドリブさえ織り込んだ脚本通りに事を運んでみせるだろう。
それができてしまうのが綾女優奈という天才女優だ。
「私が唯一神様に選ばれし聖女であるとしても、なお私の言葉に耳を貸さぬと?」
静かに告げる言葉だけで、周囲を静かにさせてみせる。
聖女? そう言えば誰かが勇者と聖女云々って言っていたような気がする。
『彼女が聖女様だと?』
『確かにこの気品溢れるオーラ、只者ではあるまい』
『しかし聖女様であるならなおの事あの背信者の処刑に賛同すべきでは……?』
『そ、そうだ。その通りだ』
場がまた少しずつ騒がしくなり始める中、主演女優は舞台の中央で言葉を紡ぎ続ける。
「唯一神様が彼に【神に反逆せし者】などという不名誉な称号が与えられたのは、唯一神様が勇者と聖女をこの地に召喚しようとした際に彼がとった行動が原因です。彼は召喚陣が展開された際、それが危険なものではないかと危惧し、私を助けるべき陣の外へ逃がそうとしました。
確かにそれはこの地より聖女を奪う、唯一神様に仇なす行為かもしれません。
ですが事情を知らぬ者の善意による行為を、どうして悪と断ずる事ができましょう?
この身を救わんとした彼が、それ故に裁かれる事などあってはなりません。
それでも彼を裁くと言うのであれば、私は自らに彼と同じ罪と罰を課しましょう」
その宣言に異世界側だけでなくクラスメイト達も驚き目を見開く。当然だ。聖女が俺を殺すなら自殺するぞと脅しているんだから。しかもハッタリではない、本気なのだと嫌でも認識させられる態度でだ。もしかしたらいけるかもしれない、なんて甘い考えで俺を殺そうとする事ができる奴はまずいない。いたとしても朋友の守りを抜けて俺を殺せるとは思えない。
もちろん広範囲魔法攻撃でも打たれれば別だけど、他の勇者達を巻き込んでまで範囲攻撃を繰り出してくるとは思えない。そんな事をして心証が悪くなれば最悪勇者達による反乱もありえるんだから、勇者達を敵に回さないように注意するのは当然だ。
『……よかろう。特別にその背信者の身柄を聖女預かりとする』
数分程度の話し合いの末、国王らしきおっさんから俺の処遇が告げられた。
いや、だから俺には何を言っているのか分からないんだってば。
「お前の身柄は綾女預かりだとさ。やったな班長」
「お、おう」
そもそも殺されかける方がおかしいから喜べないんだけど。
でも命は助かったみたいで何よりだ。後で二人に礼を言わないとな。
「ありがとうな朋友。お前が助けに入ってくれなかったら初手で殺されていたし」
「いいって事よ。逆の立場ならお前もああしただろ?」
「当然」
「なら礼なんかいらねえよ」
そう言いながら俺の肩に軽く触れる朋友。
それは気が置けない友人同士なら珍しくもない行為のはずだった。
「い゛っ……!?」
「班長!?」
肩を起点に全身を駆け巡る痛み。さっきの尻もちよりはましだけど、全力で殴られたような痛みに思わず声が漏れる。
意味が分からない。尻もちの時も違和感はあったけど、痛みの激しさに対して負傷は特にないのだ。紙装甲とかそういう問題とは思えない。おそらく異世界ファンタジーでよくある痛覚軽減や痛覚遮断の逆、痛覚増幅みたいなバッドステータス的な能力がある。
俺一人だけ言葉が通じないし、身体能力は弱体化させられているし、痛覚は増幅させられているし、命は狙われるし、扱いが酷すぎやしないか。しかもこの先まだ増える気がするし。
様子がおかしい俺を心配して反射的に身体に叩くような素早さで触れた朋友の行為による更なる激痛に耐えかねて薄れゆく意識の中で、何とも言えない漠然とした不安が色濃く広がっていた。