第一話 ……このおっさんが何を言っているのか分からない。
テンプレートな導入部分は一話にまとめてみました。
県立雫浪高校二年演劇部裏方班総合取りまとめ班長。それが俺、反町正道だ。
ちなみにこの色々とおかしい役職は何故か入部してすぐの頃から名字を読み替えて『班長』ってあだ名で呼ばれていた俺のためにただのネタや悪ノリで新しく作られてしまった役職だ。まあ確かに腹式呼吸をマスターするより先に裏方作業全般を覚えるような奴だからネタにしやすいんだろうけど。
ついでに言うと一応裏方全般のまとめ役ではあるが、主にしているのは大道具・小道具の作製作業だ。
そんな感じで俺がネタで裏方の期待の新人みたいに扱われていた一方、同じく一年にして実力で役者のエースの座についた奴もいた。それが美少女天才女優、綾女優奈だ。
本来なら入学式の時点でベタなラノベヒロイン並に話題になっていたであろう美少女でありながらも、人目を避けるでもなく地味な恰好をして隠すでもなく一つ一つの立ち振る舞いで、存在感すら調整してみせる神がかった演技力だけで部活以外の時間を誰に注目させる事もなく過ごしてみせた色々と規格外な奴だ。さすがに部活中は真面目に稽古していたので男子を見蕩れさせたり先輩達の自信を粉砕したりと騒がしくも楽しい事になっていたけど。
ただそんな演劇部内で楽しくやっていられる時間は秋までしか持たなかった。
うちの地区は秋から八月の全国大会に向けて地区大会が始まり(高校演劇の大会は年度をまたぐ謎日程。嘘だと思うなら調べてみればいい)、まずそこで今まで平凡だった雫浪高校演劇部が県大会出場を決めた事で話題になり、そのためちょっとした好奇心で文化祭の公演を全校生徒が一度は観てしまい、そこで本気を出していた綾女の美少女っぷりやら存在感やらが知られてしまい――あとは容易に想像できるような展開が待ち受けていた。
一、二年合わせて12人しかいなかった弱小校でも『演劇は一人じゃできないけど、一人が劇場の空気を変える事はできる』と言わんばかりな綾女の本気に影響されて全員が全力で部活をするようになり、そして本当に地区大会を突破できて、更にその先へ――という大事な時期に綾女目当ての下心丸出しな男子達が中途入部しようと押しかけてきた事もあった。
大会期間中の中途入部なら、という事で入部試験を設けて平和的に追い返しておいた。吹奏楽部と同じく体育会系文化部と称される演劇部の体力トレーニングを甘く見てはいけない、と校庭の片隅で吐いた汚い思い出と共に深く心に刻んでくれた事だろう。
なお根性のある奴や純粋に演劇に興味を持ってくれた人は後日再試験に合格して、今では後輩に指導もできる立派な演劇部員になっている。ただし兼野、水溶性だから重ね塗りするなって何度も念を押したのに『ポスターカラーなんて名前だから大丈夫だな』とかぬかして余裕があったはずの書割作業をデスマーチ化させやがった恨みは卒業しても忘れないから覚悟しろ。
綾女にプロの劇団や芸能事務所からスカウトが来ている、という噂が流れてまた大騒ぎになった事もあった。
ちなみに部員は綾女本人から事の真偽を聞いていた。紛れもない事実だそうだ。というか俺は実際に県大会の時にどこぞの劇団の団長だと名乗った人と接触した事がある。その時は雫浪高校の生徒かどうかを聞かれて綾女目当てだと察したから適当にごまかして逃げたけど。
またスカウトの誘いを断ってまで雫浪高校に、演劇部に残ってくれた事やその理由が綾女曰く『卒業までここでしかできない経験を積み重ねたいから』というものだった事があって部員のボルテージが上昇、その勢いのままにブロック大会まで駆け抜け全国大会への切符を勝ち取ったりもしている。地力ではまだ難しかった全国大会出場という現実を前に、ようやく落ち着いてきた頃に先輩達が輪になって両隣の人の頬を全力で引っ張るという怪しい儀式みたいな事をして現実かどうか確かめていた姿は、実は引退か卒業のタイミングで公開してネタにするつもりでこっそり保存してある。
こうして挙げてみると我ながらかなり充実した部活ライフだと思う。高校生活全般? 部活中以外は部外者の男子から向けられている嫉妬や悪意をスルーして小道具の細部をどうするか煮詰め、その影響か女子からも微妙に避けられているのを気にせず脚本家に確認しておきたい案件を整理する切ない時間ですが何か?
先の入部試験を企画・実施した中心人物が慌ただしかった時期に時間的にも比較的余裕があった俺だったからか、綾女と同じ部というだけでなく裏方のまとめ役として打ち合わせでよく話す事への嫉妬に加えて自分達の青春の幕開けを邪魔したという逆恨みまでされている。一応余裕はあったとはいえ、むしろ邪魔されたのは俺の作業のはずなんだけど。こんなどこぞのラノベ主人公みたいなポジションには役作りに役立てるためにも役者の誰かが入ればいいと思う。主に綾女と共演する事の多いイケメンの天王寺勇輝が。元々帰宅部だったくせに中途入部希望者用の入部試験をクリアしたベタなラノベのハイスペックイケメンキャラを地で行くような奴なんだから、俺より嫉妬されてもいいはずだ。
俺と綾女と天王寺で何故かラノベみたいな配役になっているとはいえ、ラブコメみたいな恋愛感情のあれこれがあるわけでもあるまいし、どうして俺が鈍感系主人公みたいな扱いをされなければならないのか。クラスメイトにまさに鈍感系ラブコメ主人公そのものな神主人公がいるにも関わらず、だ。ラブコメ展開がしたいなら主人公を神主、ライバルを天王寺にして俺とは無関係なところで勝手にやっていてくれ。
* * *
というのが俺の日常――だった。
今日も今日とて部活関係の用件で脚本家も一緒に綾女が訪ねてきて、
クラスの男子から殺意混じりの嫉妬の視線を向けられて、
出入り口をふさぐのはマズいと思い廊下に出ようとして、
何故か同じクラスの演劇部員がこいつしかいない天王寺が特に用もないのにわざわざやってきて、
突然床が奇妙な感じに発光した。
他の誰もが反応できない中、一人だけ半ば無意識に動いて綾女と脚本家を謎の光がない廊下まで突き飛ばした俺は褒められてもよかったと思う。
結果が伴ってさえいたのなら。
後で聞いた話、俺が突き飛ばした二人も分からないと言っていたけど、俺は確かに二人を手加減なしで突き飛ばして光の外に出した。はず、ではなく確実に。
なのに光が動いた。今にも何か事を起こしそうに明滅しているのに、それを中断してまで何かを求めるかのように。そしてそのせいで二人はまた光の内に入ってしまった。もしかしたら他にも巻き込まれた人が廊下にいたのかもしれない。
やがて光が強くなり、誰もが眩しさに目を閉じて――
――次に目を開けた時、見知らぬ場所にいた。
自分の周囲や環境をラノベ的だと感じた事は何度もあるけど、本気で学園物みたいなイベントを求めた事はないし、まして異世界ファンタジー展開なんて望んだ事どころか羨んだ事もない。なのにこのベタすぎるクラス転移な状況は何なのか。
混乱より恐怖より警戒が僅差で勝っている頭で少しでも何か把握できないかと周囲を観察していると、質のよさそうな素材で作られた致命的にダサい服を身にまとう偉そうなおっさんが声を張り上げた。
『よくぞ召喚に応じられた、異界の勇者達よ』
……このおっさんが何を言っているのか分からない。
「召喚!?」
「異界!?」
「勇者!?」
「「「「「異世界転移キタコレ!!」」」」」
一部のクラスメイトが何を言っているのか分かりたくない。
「「「「「ステータスオープン!!」」」」」
一部のクラスメイトが何をやっているのか分かりたくない。
「「「「「……ス、ステータスウィンドウ!!」」」」」
失敗してんじゃねえよ。
『唯一神様に選ばれし勇者である其方達であれば、必ずや彼の邪悪な魔王を討ち滅ぼしてみせてくれるであろう』
国王と思われるおっさんが全員の言葉が途切れた絶妙なタイミングで話を再開する。場の間や空気を読みきる技術の高さ……このおっさん、できる。
ただし何を言っているのかちょっと分からないです。
「――」
『勇者達よ。唯一神様より授かりし力を以て、我らが王国を救い給え』
あえて続けて話さずに間を空けて隙を見せておいて、誰かが声を荒げて異を唱えようと息を吸うタイミングで話を続ける事で出鼻を挫いて相手の気勢を削いだのか。このおっさん演劇部の技術指導に協力してくれないかな? 場を支配できるようにはむしろなられたら困るけど、この相手の間や呼吸を読んで会話する技術を教わる事ができれば全国制覇に手が届くかも――駄目だ教わるべき役者陣が天王寺しかいない! 綾女が無意識でこなしている技術をついに他の部員が修得できる絶好の機会なのに何てもったいない! いやまだ教われると決まったわけではないんだけど!
こうなったら学校に戻れた時に俺が皆に教えられるレベルで修得すれば……いや技術的にできたとしても時間的に無理か。名称はともかく演劇部裏方班総合取りまとめ班長の作業量は伊達ではないのだから。
よし諦めて切り替えよう。
「――べきだと思わないかい?」
切り替えたところで聞こえてきたのは天王寺の御大層な演説の締めだった。おっさんの発言によりクラスメイト達が何やら騒いでいたのは雑音として聞き流していたけど、どうやら天王寺も言葉を発していたらしい。
うん、やっぱりこいつの演技力はまだまだだな。たかが考え事をしていた程度でこの距離にいる俺の気を引く事もできないようだと、来年には綾女の相手役を務められる役者がいなくなる。何のために大会以外のイベントではわざわざ綾女との絡みが多い役にしていると思っているんだこいつは。まさか実力だと勘違いしているとか……ありそうだな。
もしかしたら隠れた実力者がいるのかもしれないけど、俺が知る限りうちの演劇部の男子で一番演技力が高いのは武重部長だ。そして武はもちろん重も尊重のような読み方がある事から分かるように、部長も俺と同じように読替あだ名→役職という流れの経験者だ。むしろ部員が12人しかいないから役者でも手が空いていれば手伝いに回される事も、時には美術部等他の部に協力を求めた日もあったような頃にわざわざ班長なんて新しい役職を作ってまで俺を自分と同じ目に遭わせた変な方向にまで行動力のある人だ。
「――ずや、魔王を倒してみせましょう!」
あ。
余計な事を考えている間に魔王討伐に巻き込まれてしまった。反省してこれからはきちんと話を……無駄か。
『ではこれより先は私の口から説明させていただきます』
現れたのは金髪碧眼細身長身筋肉質爽やかイケメン。状況的に騎士団長か何かだろう。個人的には若干むさ苦しい豪快なタイプの方が実力主義らしく思えてよかったんだけど、外見でとやかく言うのは違うから気にしないようにしよう。他の要素はどうでもいいけど長身なのが気に入らないとかそういう事では断じてない。
『ではまず己の身体の内にあるエネルギーを手のひらに集めるようイメージして、ある程度集まったと感じたところで【リアライズ:ステータスプレート】と唱えて下さい』
……だから何を言っているのか分からない。
「何だそう言えばよかったのか」
「分かってみれば簡単だな」
「お、俺は最初から分かってたすぃっ」
「ならやれよ」
「声上ずってんぞ」
「「「「「【リアライズ:ステータスプレート】!!」」」」」
……しかし何も起こらない。
しばらくしても、誰一人『できた』と声を上げる者は出てこない。俺も言ってみたけど針でちくりと突いたような痛みがしただけで何も起こらなかった。
『ステータスプレートには皆様の名前や職業、ステータス値にスキルが記載されています』
この状況で話しても聞いている奴は少ないだろうに。少しはさっきのおっさんを見習って話してほしいものだ。
『一般人の初期ステータス値は一五程度で、才能のある者でも三〇にも届きません。そして成長しても一流の兵士でさえ最も長けたステータス値が一〇〇〇を超える者はごく僅かしかおりません。
ですが唯一神様に選ばれし勇者である貴方方であれば初期ステータス値の時点で全てのステータスが一〇〇〇を超えていると伝えられておr――』
「っしゃ出たぁ!」
ようやく成功者が現れたらしい。そして話を遮られたみたいだけど気にするな長身。俺も自分の背丈とか身長とか上背とか気にしていないし。
気にしていないし。
「ここから俺の英雄伝説が――って職業が守護者でステータスもVITとRESが二万で他が二〇〇〇程度とかステ振りが完全に盾役じゃねえか! いや必要だけど! 大事だけど! 地味すぎんだろ!」
「はっ、主役の器じゃないお前にはお似合いじゃないか。俺はMAGが三万超えの――職業が付与術師? スキルも味方強化と敵弱体化だけかよ! 攻撃魔法は!?」
いや万単位とか作品によっては最強主人公が物語終了時点で到達するステータス値より数段上なのに何を不満に思うところがあるんだよ。
「え? 私、深ナントカ魔導師って職業で、エムエージーとアールイーエスっていうステータスの数値が五三万、他が一〇万くらいで、スキルもナントカ魔法・極っていうのがずらっと並んでるんだけど」
格差が酷すぎる。元々何の努力もせずにただ与えられただけの力とはいえ、いやむしろ与えられた力だからこそまさに桁の違う圧倒的な差がある事に納得できる奴はそういない。
更に言えば、今までに挙がった職業名とベタな展開から考えると、この後には五三万の魔導師を凌駕する最強の存在である勇者が控えている。もう防御二万の盾役とか後ろで守られるだけの足手まといと化す未来しか見えない。
「そう言えば勇者と聖女はまだ分からないのか?」
「勇者の奴ー? いないなら返事しろー」
そんな馬鹿な言葉に応じるように手を上げる奴が一人。天王寺だ。
「僕が勇者だ。そしてステータスは一億だ」
「「「「「もうお前一人でいいじゃねえかこのクソチート野郎が!!」」」」」
何だこの小学生が適当に設定したかのような意味の分からないパワーバランスは。もう逆に無量大数とか言い出さない事に違和感を覚えそうだ。
『召喚された皆様は必ず言語自動翻訳、鑑定解析、アイテムボックス、オートコントロールといったスキルを授けられていると伝えられております。ステータスプレートの機能に慣れるためにも、実際に操作してみましょう』
もう聞く意味のない雑音を聞き流すのも面倒だから静かにしてくれないかなあの長身。
「よう班長。お前もいたんだな」
そう言いながら近づいてきたのは演劇部で主に音響を担当している親友の仲間朋友。
「おう朋友。俺のクラスが中心みたいだし、それは俺のセリフだと思うぞ?」
「違いねえや。ま、廊下にいたのが運の尽きって事かね」
不謹慎かもしれないけど、こいつもここにいるのはありがたい。いくら親しくても女子に頼りっぱなしにはなれないし、天王寺は頼れないし、演劇部以外だと男子からは敵視、女子もただの知り合い以下の関係だからな。
「ところで班長の職業は何だった? やっぱり班長か? ちなみに俺は射手だ」
「剣と魔法のファンタジーらしき世界でか?」
「言ってくれるな……」
まあそう悲観するなよ親友。俺より酷い奴は多分ここにいないから。
「俺は分からないんだ」
「分からない? ああ確かにまだステータスプレート出せてないみたいだな」
「多分やり方が間違っているんだろうな」
「は? 確かに曖昧な説明だったけど、何度か何となく試せばできるだろ」
「その辺りの諸々を含めての話なんだけどな――」
冷静に。そう努めてどうにか叫び喚きたくなるのを抑えて言葉を絞り出す。
「そもそも異世界語で何を言っているのか分からない」
「……………………は?」
朋友は俺の言葉の意味をまだ呑み込めていないみたいだけど、どうやら周りの奴らは何らかの能力で何かを理解したらしい。嗤う声がうるさい。
普段なら煩わしさの一つも感じそうなものだけど、そんな事より体育会系文化部で鍛えられたはずの俺の身体がただ直立しているだけで疲労を感じはじめているという気持ちの悪い現実の方が重大な問題すぎて気にしている余裕がない。
今、俺の身体は何かがおかしい。
* * *
STATUS
NAME:反町 正道
ROLE:神に反逆せし者
STR:1
VIT:1
MAG:i
RES:0
AGI:1
DEX:1
SKILL:
・武術行動不可
・魔術行動不可
・武器所持不可
・魔道具所持不可
・治癒無効化
・被状態異常効果増大
・痛覚強化極大
・ステータス値完全固定
・スキル完全固定
多分これが一番弱いです。