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第一三話 騙す必要はない。

お待たせしまし……た?

そもそも待っていた方がいるんでしょうか……?

いや、たぶん一人くらいはいるかもしれなくもないですね。


というわけで間が空きましたが最新話更新です。

「人間、やればできるもんだな」

 貴重な紙とインクを無駄にし続ける事一時間。ついに指先と手首を固定し肩と肘の絶妙な動きだけで、辛うじて読める程度には原形を留めた平仮名を書く事に成功した。

 ただこれは肩肘への負担が大きすぎるから多用はできそうにない。筋肉痛の件での反省を活かしてあらゆる行動において身体への負担は最重要注意事項として念頭に置いている。体感から推測するにあと三〇分から一時間で肩肘を壊すだろう。野球部のエースでもあるまいに。


 それにしても、こんな状況でなければ面白い実験結果だと思えただろうに。

 小学生の頃から絵を描いていたし、今でも主に大道具・小道具を担当する演劇部の裏方であるだけあって我ながら器用な方だと自負している。そんな俺の字を原形を留めない何かに変えてしまうのがステータス値にして一しかないDEXの、つまり器用さの項目の影響だ。

 しかし今回の試行錯誤の結果、その影響下にあるのはあくまで手先の器用さでしかないと分かった。

 思えば武術行動不可スキルを掻い潜る動きを模索していた時も、スキルの影響はあれどステータス値の低さによる動き辛さは感じなかった。厳密にはSTRの低さによる影響はあったけど。

 とにかく、ステータス値の低さによる影響をステータス外の技術で補える、かもしれないというのは面白い事実だと思う。異世界召喚によるチートに日本での努力が合わさり最強に至る。実に男心をくすぐる熱い展開ではないか。

 ただし今の俺には無関係。

 ……本当にろくでもないなこの世界は。




 小学生の時の一件で演劇に興味を持ち始め、中学生の時に何度が公演を観に行ったり書籍化されているものを読んだりしていたからか、いわゆるテンプレWEB小説はあまり好きではない。特に登場する人間の中身の薄さが。もう少し怪物殺しの神話の英雄が民衆により破滅させられるようなエグい人間味が欲しい。

 もちろん個人的に好きではないだけで非難するつもりはない。中には面白いものもあるから読む事はあるし。

 ただ少し釈然としない事がある。流行廃りはあるにせよ、商業的な事情に影響されず多種多様な作品が投稿できる事がWEB小説の売りなのに、どうして少ないのか。

 よく知らないからだろうか。しかし自称知識チート・策略家と騙る作品のくせに輪裁式農業で一年目から収穫量が急増するという異常事態が起きたり数にして一〇倍以上もいる敵に包囲殲滅陣で挑んだりするものがあるわけだし、たかがよく知らない程度の事で書かれないというのもないだろう。むしろ知識チート物を書きたいならもう少し調べて作者自身の知識にしてから書いた方が感想も炎上しないだろうに。


 話が逸れた。

 冒険者ギルドでの荒稼ぎと並ぶ異世界物での金策手段、知識チートにより異世界商品を市場に流してのぼろ儲け。平凡な主人公でも現代日本では常識、歴史となっている物を作り売るだけだから特別な能力も知恵も不要、という事にされている。主人公様は天才歌手でその美声は異世界でも通用してだからコンサートの一つも行えば何年も遊んで暮らせるほど稼げる、みたいな結局才能が全てだとする身も蓋もない話とは違い、凡人が誰にでもできる方法で成功するからこそ評価される、という事にされている。

 ならば召喚や転生により努力した天才の上をいくチート能力を手に入れるという才能以上に理不尽な不正行為(チート)は何故受け入れられているのか、という疑問もあるが問題はそこではない。


 経済知識もなしに知識チートで経済を回すとはこれいかに。


 俺は別に経済学に詳しいわけではない。ただの裏方担当な演劇馬鹿だ。そんな俺でも聞いたことのある有名な話がある。派生はいくらでもある、いわゆる『コップ一杯の水を一万円で売る方法』だ。

 答えが『水が貴重な砂漠で今にも干涸びそうな相手なら一万でも二万でも出す』という屁理屈のような話だが、要はそういう事なのだ。経済学はよく知らないけど需要と供給くらい高校生でも授業で習っている程度の事だ。

 市場調査もせずに持ち合わせの知識で作れるからとマヨネーズだ味噌だ石鹸だ千歯こきだと需要があるかも分からない商品を取りそろえてどうするのか。

 そもそも原材料調達や生産体制の確立や販路確保に関しては幸運のままに話が進み知識の出番など描写される余地すらない。

 なるほど、知識チートとは『現代知識による不正行為(チート)』ではなく『知識を(かた)るくせにご都合主義が前提というイカサマ(チート)』なのか。凡人どころか天才にすら真似できませんが。


 また話が逸れた……のか?

 要するに、だ。

 どうせ都合よく手に入れたチート能力や都合よく持ち合わせていた戦闘の才能により冒険者ギルドで成り上がるなり、都合よく手に入る原材料や都合よく巡り合う協力者により知識チート商売で成り上がるなりするなら、地球人として生まれた時から持ち合わせていた歌の才能で成り上がるような話があってもおかしくないのではないか、という話だ。

 別に歌に限らない。絵画でもいいし、雫浪高校演劇部の異世界公演なんていうのも男心をくすぐる展開だろう。

 だけどやはり今の俺では役立たず。けっ。

 というわけで、戦闘も生産も現実的ではない俺は芸で稼ぐしかない。

 しかし今の俺のDEXは自称神のせいで一にされているからまともな絵画はもちろん小物も難しい。歌唱力もカラオケで九〇点に届かないし金を取れる代物ではない。

 ならどうするか。

 ここで話を少し戻す。そう、たかがコップ一杯の水でも砂漠なら高い金を払ってでも買う客はいるのだ。供給として大した品を揃えられなくても、需要さえあれば金を稼ぐ事は不可能ではない。ピカソの絵だって落書きとまで言う気はないけどあれを芸術と思える感性は俺にはない。それでも彼の作品は世界的に有名だし、大枚をはたく人がいるのも事実だ。


 ……我ながら詐欺か何かと勘違いされそうな事を考えている気がする。そもそも罪を犯す気はないし犯す必要もない。更に言えば犯罪者になれば処刑不可避だろう事を考えれば割に合わない。

 例えば俺がテンプレ展開ばかりの作品より毒や癖が強い作品の方が好きなように、人にはそれぞれ好みがある。騙す必要はない。アイドルやキャラ物のグッズが外野から見れば馬鹿みたいに高くても詐欺だの安くしろだのと騒ぐファンはいない。納得して喜んで金を出す客を見付ければいいだけの話だ。

 王城内という限定領域内で。

 ……そこなのだ。

 一般大衆向けの品なんて用意できないけど、お偉いさんしかいない上にだいたい熱心な信者という状況ではこの面倒な条件に合う相手が見付かるかどうかは賭けもいいところだ。しかも当然分が悪い。この手の道楽に金を惜しまない類の貴族とかが勇者達に近付ける立場なのか、そんな事が俺に分かるわけがない。

 せめてあいつがいればもう少し条件が緩和されるんだけどな。

 県立雫浪高校演劇部裏方期待の新人、皆河(みながわ)心筆(こふで)がいれば。

 入学前、まだ春休みが始まったばかりの三月から演劇部の部室に不法侵入しては部活に参加。元美術部で裏方、それも大道具・小道具班志望。更に初見ではほぼ全員が小学生と見間違える小柄な体躯。満場一致で俺が面倒を見る事になった心筆は、元美術部なだけあり普通の絵画であれば俺はもちろん部の誰も勝てはしないほどの技術とセンスの持ち主だ。さすがに書割でならまだ負けてやれないけど。そもそもどうしてあれだけ描ける奴が美術部から演劇部の裏方になろうと思えたのやら。天才とまでは言わないけど、今まで何度も入賞した事はあるみたいなのに。やはりあれか、綾女の影響力か。

 あいつの絵なら普通に売り物にできそうだし、能力次第ではあるけど戦力としても数えられただろう。小学生扱いでからかってきた兼野にアイコンタクトすらなくジェットストリームアタックをかけられるくらいには息があうし。俺を踏み台にはさせなかったから兼野は仕留められたし。


 まあ何にしても、今は待つしかない。

 条件に合う相手が見付かる事を祈りながら。

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